初めて見たギリシャの風景、風が運んだ香り......調香師の感動の記憶が生んだエルメスの《シテールの庭》

Beauty 2023.04.20

4月26日 、エルメスの〈庭園のフレグランス〉コレクションから、7つめの香りが登場する。《シテールの庭》 は、ギリシャの風景から生まれた香り。発表に先駆けて、香りを手がけた香水クリエーション・ディレクターのクリスティーヌ・ナジェルに話を聞いた。

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© Paul Rousteau

「この庭園の香りについてお話しできるのは本当にうれしいわ」。
クリスティーヌ・ナジェルは、笑顔でそう話し始めた。引っ越したばかりという新しいアトリエは、建物の最上階。大きなガラス窓からパリの風景をぐるりと見渡す広く明るい空間で、春になれば、パリ中の屋上庭園が風景を彩ってくれそうだ。4月にローンチとなる新しい香りは、《シテールの庭》。エルメスの〈庭園のフレグランス〉コレクションの7作めである。

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Christine Nagel スイス・ジュネーヴ出身。2014年からエルメスの香水クリエーション・ディレクター。

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――インスピレーションになったのはシテール島への初めての旅だそうですね?

20年以上前、ヴァカンスでギリシャを初めて訪れた時に感じたのは、「ギリシャは庭だ」ということでした。この時、船からアクセスしたシテール島の風景は、丘にオリーブ畑が広がり、木々の下にはススキのような草が風に揺れる黄金の草原が見えて、とても美しかった。後に、ギリシャにはこんな風景がたくさんあると知り、このイメージをいつか形にしよう、と思っていました。

――その思い出は視覚的であると同時に香りの記憶でもあったのですか?

その通りです。船からシテール島に上陸し、実際にそのオリーブ畑に行きました。散策する時は普段、自分からかがみこんで花や植物の香りを嗅ぐのですが、この時は風が起こって、思いがけず、穀物にも似た草の香りを運んできたのです。その驚きと喜びの瞬間が記憶に残っていました。
調香師は、心に触れた何かを記憶にとどめます。しかるべき時がくると、その記憶が出発点となってクリエイションに繋がるのです。そのためには良いタイミングが必要です。2年半ほど前、「そろそろ庭園のことを考える時期だね」とメゾンから話があり、すぐに「あのギリシャの庭、シテール島で昔感じた感動を再現したい」と思いました。

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パッケージのイラストレーションを担当したのは、ギリシャ人アーティストのエリアス・カフロス。海、オリーブ畑、ピンク色のピスタチオ、そして黄金の草原。まさにクリスティーヌ・ナジェルの記憶に刻まれたシテール島の風景がここに。©Elias Kafouros

――ちょうどパンデミックの時期にクリエイトされていたわけですね。

そうです。普段なら、イメージするその庭に実際に足を運び、インスピレーションを汲み取って、庭の中で仕事を始めます。ですが今回は旅ができなかった。これは大変な問題でした。プロジェクトを延期することもできたでしょうが、記憶を働かせてやってみることにしたのです。画家にたとえれば、野外に出て目の前の風景を描くのではなく、風景を見つめ、自分の中に取り込み、アトリエに帰って描く。風景を正確に再現しないかもしれないが、キャンバスにはより自分自身が反映されます。自分の嗅覚の記憶だけを信じて仕事をしたのは初めてでした。伝統的なクリエイションの垣根を全部取り去り、記憶と心と直感に従いました。

――具体的にはどんな風にアプローチされたのですか。

私にとって、ギリシャは青、白、ブロンドです。海と青空のブルー、家々の白い壁、そして、あちこちに生えているススキのようなブロンド色の草。この退行的な香りが好きだったので、まず草の香りから始めました。香り作りに必要な背骨は、オリーブの木のウッディな力強さ。そして、香水を魅力的にするには、肉づけや皮膚、テクスチャーが必要です。それが、ある日、エルメスのアーティスティックディレクターのピエール=アレクシィ・デュマが持ってきてくれたフレッシュピスタチオでした。生のピスタチオはピンク色で、とても柔らかく、苦みがなく、香りよりもそのテクスチャーに驚かされます。
今年のエルメスの年間テーマは「驚きの発見 」です。私にとってこの香りは驚きの庭。庭というと人はまず植物や花、グリーンを思います。乾いた草を選ぶことがまず驚きですが、とてもギリシャ的でもあります。

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シテールの庭を構成する原料。乾いた草の香り、オリーブの木の力強さ、そして、ギリシャ人なら誰もが知るフレッシュなピスタチオのピンク色の実。クリスティーヌ・ナジェルにとって、フレッシュなピスタチオのテクスチャーは驚きの発見だったという。© Thomas de Monaco

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――エルメスの庭園の香りのコレクションにはどんな哲学があるのでしょう?

庭園のシリーズでは、調香師はその場所の魂をキャッチしようとします。旅の世界です。場所の魂を求めて歩みますから、もちろん、その場所は誰かに課せられたテーマではなく、自分が選んだ、心に響くものでなくてはなりません。人がそこで、「あ、ギリシャだ」と感じてくれたら成功です。

――場所の記憶に結びつく香りとは、その場所の香りを再現すること? それともその場所に誘ってくれる香りなのでしょうか?

香り作りで私が追求しているのはエモーションです。心を震えさせたその瞬間の感覚をもう一度感じたい。もちろん、自然をフラコンに封じ込めたいという思いもありますが、具象的なコピーを作りたいわけではありません。ピエール=アレクシィ・デュマは「自分のギリシャの家にいるようだ」と言い、ビューティ部門のクリエイティブ・ディレクターでギリシャ人のグレゴリスも「大好き!僕の国だ」と言ってくれました。この香りに、太陽の光を感じる人も、草の香りを嗅ぐ人もいます。人はそれぞれ、そこに自分の見たいものを見ています。大事なのは、その香りが心に響くこと。香りによって感動を呼び起こしたいのです。

――エルメスの香りをエルメスたらしめるものとは何でしょう。

メゾン固有の価値観を尊重することです。それはまず素材。私には、自分の望むところに素材を探しに行く自由があります。たとえば《シテールの庭》に使っているベルガモットは普通とは違います。熟す直前に収穫したやや青いベルガモットの、よりビビッドで明確な香りが欲しかったので、このために特別に作ってもらったものです。次にディテールへのこだわり。そして自由。テーマも時間も自由で、制限がありません。そして、ピュアに削ぎ落とす精神。前任者同様、私も、調合する原料の数を少なくしています。シンプルなものを作るのは、実はとても難しい。どんなディテールも見えてしまうので、隅々まで正確でなくてはいけません。
こうしたエルメスの美しい価値観のもとで仕事をするのは、幸せなことです。私は世界でいちばん美しいメゾンの、いちばん美しい職業に就いていると思っています。調香するのは大好き。調合して、その結果を香り、自分自身も驚かされることは、自分へのプレゼントです。調香師という仕事自体も私をインスパイアしてくれます。

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「この香りをクリエイトするのは本当の喜びでした。暗い時期を、太陽のように明るくしてくれた。今度はそれをみなさんと分かち合いたい」というクリスティーヌ・ナジェル。彼女がパンデミック後に初めて向かった旅は、ギリシャだった。それは、人生の中で最高の瞬間のひとつだったという。
「そこに、私の《シテールの庭》がありました。この草の香り、この力強さ。記憶を元に作り上げた香りだけれど、間違っていなかった。もし実際に旅をして作ったとしても、同じものになっていただろうと思います。しかも、この香りには私の全霊がこもっています」

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太陽のようなブロンド色の光をたたえたフラコン。 30ml、50ml、100mlの3サイズがあり、200ml入りレフィルも。シテールの庭 30ml ¥9,460 、50ml ¥13,970 、100ml ¥19,580 、レフィル200ml ¥28,050 (以上4/26発売) /エルメスジャポン ※4/21オープンのパフューム&ビューティを扱うエルメス・イン・カラー GINZA SIXにて先行発売© Studio des fleurs

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エルメスのアゴラで、ギリシャの空気を堪能。

「シテールの庭」の発表会は、ギリシャの現代アートと民族アートを展示するヴォーレス美術館で行われた。太陽のようなイエローをイメージカラーに、エルメスが選んだギリシャの手仕事を紹介するスタンドが並ぶ「エルメスのアゴラ(広場)」が特設されてゲストを迎えた。ハチミツやオリーブオイル、ピスタチオから海綿や大理石まで、ギリシャの島々の人と自然が育んだスペシャリティの数々が、エーゲ海の香りと味を体感させる。柑橘風味のルクームやワインクッキーをいただきながらスタンドを巡るゲストたちの前に、やがて、クラクションを鳴らしながら、フレグランスのボトルを積んだ黄色いトラックが登場。クリスティーヌ・ナジェルとギリシャの出合いの物語に耳を傾けながら、「シテールの庭」の香りを発見する、粋な演出となった。

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アテネのローンチイベントにて説明するクリスティーヌ・ナジェル。photography: Denis Boulze

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シテール島の草花のスタンド。ドライフラワーのように乾いた表情だが、大地に根付いている時も同様の風情だという。photography: Denis Boulze

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オリーブオイルとオリーブの木の工芸品。photography: Denis Boulze

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ピスタチオのスタンドも。フレッシュピスタチオのシーズンは夏の終わり。photography: Denis Boulze

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まるで収穫したての果物よろしく、木箱に入った「シテールの庭」が三輪トラックで登場。photography: Denis Boulze

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photography: Denis Boulze

●問い合わせ先:
エルメスジャポン 
tel:03-3569-3300 
www.hermes.com/jp

interview & text: Masae Takata(Paris Office)

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