パッケージに込められたシャネルの美学。デザイナーが語るその裏側とは?
Beauty 2024.08.20
シャネルのエスプリが凝縮されたリップスティック、トランテアン ル ルージュがセンセーショナルなデビューを遂げてから、およそ1年。この革新的なパッケージをクリエイトしたのは、1993年からシャネル社のパッケージ・グラフィックデザイン制作責任者を務めるシルヴィ・ルガストゥロワだ。この秋、トランテアン ル ルージュにまったく新しい仕上がりのルミナス マット フィニッシュ12色が誕生するのを機に、その革新の裏側について聞いた。
ー 色、質感、仕上がり、奥に秘められたストーリー。そして何より、まるでジュエリーのような、圧倒的な美しさ、存在感。いままで見たことのない革新的な口紅に、私たちは夢中になりました。
シャネルがこの上なくプレシャスで、この上なくラグジュアリーな口紅を創ると決めた時、プレシャスでラグジュアリーな「オブジェ」にしたいという思いを抱きました。それは、時代が変わっても世代が変わっても、ずっと愛し続けられる、まさに宝石みたいなもの。それでいて、環境に配慮したリフィラブルなもの。そこで、ガラスとメタルを使うことはできないかと考え、一からチャレンジしました。シャネルは、「内側も外側も、両方美しい」ということを常に目指しているメゾン。トランスペアレントなパッケージで、内側も見てもらいたいと思ったのです。私はずっと、フレグランスのフラコン(ボトル)を創ってきたので、その経験が役に立っていると思いますね。
オブジェのように美しく佇むトランテアン ル ルージュに、新質感ルミナス マット フィニッシュの12色が仲間入り。
ー シャネルの本店ブティックの住所、カンボン通り31番地が製品名の由来だそうですね?
ここにはブティックのほか、アトリエやサロン、ガブリエル・シャネルが暮らしたアパルトマンがあり、このガラスケースは、ブティックとアパルトマンを繋ぐ鏡張りの螺旋階段がインスピレーションソース。まるでダイヤモンドのようなファセットの美しさは、精密にカッティングされた透明なガラスとアルミ製のリフィルのシルバー、ゴールドメタルのダブルリングという、シンプルさを極めたマッチングで生まれました。ただ、サイズが大きすぎたり、ガラスに厚みがあったりすると、フレグランスの携帯ボトルのようにも見えますよね? だからこそ、できるだけ軽くコンパクトにするために、何度も何度も試行錯誤を重ねました。
また、ダブルリングのマグネットが互いに吸い寄せ合う時の、本能に静かに届く「音」にもこだわり、調整にとことん時間をかけました。じつは、この難関を突破できたのは、日本の職人の方々のおかげ。ディテールを重んじる日本の文化や、丁寧で繊細な匠の技なくしては、決して完成させることができませんでした。完成するまでにかかった年月は、なんと4年。完璧なクリエイションを追求するために時間をかけることを「シャネル時間」と私たちは呼びますが、伝統工芸を重んじる日本の方々はきっと、その価値をよく理解してくださると思います。シンプルなものほど、欠点が目につきやすいもの。究極のシンプルを追求するシャネルは、自ずと難易度の高いものにチャレンジしているのです。
カンボン通り31番地、ブティックとアパルトマンを繋ぐ鏡張りの螺旋階段が、ガラスケースのデザインへと反映された。
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ー シルヴィさんはシャネル N°5のボトルのデザイン変更を始め、プレシジョン、アリュール、チャンス、エゴイスト、ルージュ アリュールと数々の大型プロジェクトを手がけてきたと聞きました。シャネルのクリエイションをリードしてきたのですね。
たとえば、ガブリエル シャネル。これは、専属調香師であるオリヴィエ・ポルジュ氏に「太陽のようなフレグランスを創りたい」と言われ、私は太陽からインスパイアされ、それとともに女性が輝くというイメージをボトルに込めました。内なる美しさがボトルからあふれ、見た人が美しいと感じるように。一方で、たとえば、ココ ヌワールのように、こういうボトルを創りたいと私から提案して、そのボトルからインスパイアされた香りが生まれることもあります。どんなケースでも、デザイナーとパフューマ―は密接に関わりながら、クリエイティブなディスカッションを重ねます。互いにリスペクトし合っているからこそ、そこに未知なるものが生まれると思うのです。
同時に、謙虚さも必要。私はつねに、「我々、デザイナーがシャネルをつくるのではなく、シャネルが我々をつくる」と胸に留めています。シャネルは私が生まれる前から既に存在していて、私がいなくなってもずっと存在し続けるメゾン。私たちデザイナーがメゾンを支えているというよりむしろ、支えるピースを少しずつ加えている感覚なんです。美しいクリエイションがあれば、それこそがシャネルの象徴。デザイナーが前面に出るのでなく、リスペクトと謙虚さを持ち続けること、それが革新を生み続けるためには不可欠だと感じています。
シルヴィがデザインを手がけてきた製品の数々。「トランテアン ル ルージュのボックスには、宝石箱を開ける時のような特別感が出るよう考慮しました」
ー ガブリエル シャネルには7年。トランテアン ル ルージュには4年。変わらないシャネルと変わるシャネルをかけ合わせた美しさは、想像を遥かに超える時間を費やして、完成したのですね。伝統と革新、タイムレスとモダニズム、相反する側面をどのように両立させているのですか?
すべてに陰と陽があるように、シャネルにはコントラストがあります。脈々と受け継がれてきたヘリテージ、揺るぎない強固なDNAはありつつも、ガブリエル・シャネルは常に、前衛的であろうとし続けました。たとえばシャネル Nº5。ご存じのとおり、1921年に誕生し、100年の時を超えてなお愛され続ける、シャネルの屋台骨ともいえる存在ですが、じつは時代とともにマイナーチェンジをしていることをご存じでしょうか? 常に、ボトルが「いま」にマッチしているか。それを見極めるのも私の仕事。シャネルは、一度世に出したクリエイションは、決してやめることなく、作り続けます。過去を尊重するのです。だからこそ、同時に、過去に甘んじてはいけない。私たちもガブリエルのように、時代の息吹を感じながら前衛的であり続けることを心がけています。トランテアン ル ルージュも、まさにそうして生まれた革新に違いありません。また、いまという時代、企業としての社会的責任も求められます。それを「仕方なく受け入れよう」ではなく、「だからこそ、さあ、何ができる?」と前進し、進化する。それもシャネルをシャネルたらしめる所以だと思います。
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ー 「内側も外側も、両方美しい」を形にしたトランテアン ル ルージュ。それはまさに、ファッションから哲学まで、シャネルのあり方そのものと言えますね。
そのとおりです。デザインについて、言葉にすることはあまりありませんが、私個人としてはトランテアン ル ルージュはまさに、内なる美しさを表現しています。ガラスは透明だから、中身が美しくなかったら、オブジェとして成立しない。内なる美しさがなければ、美しいとは言えないのです。一方で、「エココンセプション」を掲げるブランドとして、トランスペアレントなパッケージは、「私たちは何も隠すことがない」という公明正大さの証明でもあると言えるのではないでしょうか? そう、内なる美しさは紛れもなく、シャネルのコードです。
見た目の美しさだけでなく手触り、音......時間をかけ、細部にまでこだわって開発。
シルヴィが手がけたデッサン。内装やデコレーションの経験が、グラフィックや線描にも生かされているという。
ー パッケージに込めた、シルヴィさんの思いを教えてください。
個人的なことなのですが、私が17歳の時、アルバイトで得たお金で初めて手に入れたのが、シャネルの小さなコンパクトケースだったんです。当時は、服やバッグを買うことはおろか、ブティックに行くことさえ考えられなかったけれど、コンパクトケースを持っただけで、美しいメゾンの仲間入りをしたかのような気持ちになりました。できることなら、女性たちが使ってみたいと憧れるプロダクトを創りたい。それを手に入れたり、実際に使ったりすることで、自分が美しくなったと感じてもらえるようなプロダクトを創りたい。そのような思いを感じてもらえるようなクリエイションをこれからも続けていきたいと思います。
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<NEWS>
ルミナス マット フィニッシュの新色が登場!
トランテアン ル ルージュが示す、シャネルのエスプリ。
ガブリエル・シャネルがリップスティックを初めて発表したのは1924年。彼女が「エレガンスの象徴」と位置づけたリップスティックの誕生から100年を経たいま、トランテアン ル ルージュはメゾンの創造的なエスプリの真髄をあらためて提示する。新シェードにはエレガントな織り模様とシャネルのロゴが刻まれ、ガーデニア オイルが配合されたテクスチャーとともに、唇に纏うたびにときめきを与えてくれる。シャネルの歴史にインスパイアされた12色から、ぜひあなたのお気に入りのカラーを見つけて。
トランテアン ル ルージュ 各¥25,300 リフィル 各¥11,550(9/13店舗限定発売)
photography: © CHANEL, interview & text: Chitose Matsumoto