推し香水を語る会 vol.3 人とは違う香りを纏いたい。「ニッチフレグランス」の世界とは?
Beauty 2024.10.16
フレグランスにまつわるよもやま話を、ゲストとともに編集部美容班が繰り広げる「推し香水を語る会」。第3回は、香り好きの間で注目度が高まる「ニッチフレグランス」がテーマ。ゲストにお迎えしたのは、フレグランスブランド「エディット」の創設者であり、世界のニッチ香水事情に詳しい葛和建太郎さん。日本初上陸の香りも含めたフレグランスを試しながら、奥深き世界に迫ります。
葛和建太郎
大手レコード会社のプロモーター、ディレクターを務めた後、世界50カ国以上をめぐる旅に。帰国後、家業を継ぎ2013年より創業1905年の印章商品ブランド「日光印」の6代目に就任する。日光印の香料を用いた伝統的な練り朱肉に着想を得てエディットを立ち上げ、日本の伝統と音楽ディレクターとしての経験や感性を組み合わせたフレグランスを提案。海外のバイヤーの間でも高い評価を得ている。
https://edithtokyo.com
<フィガロ編集部美容班>
編集SK、編集TI、美容ライターNU
いま、なぜニッチな香りが注目されるのか?
NU 大手メゾンの名作香水の一方で、いま小規模なメゾンのこだわりの作り手が提案する「ニッチフレグランス」が注目されていますよね。
SK 理由のひとつに、最近フレグランスの選び方が変わったことがあると思うんです。90~00年代ってアイコン的なトレンドの香りがあって、「私、この香りをつけてます!」と周囲にアピールするような面があった。でもいまって「私自身が心地よければいい」という視点で、香りを選ぶ人が増えている気がします。
TI コロナ禍を経て「自分自身がリラックスできる香り」が重視されるようになりましたよね。
NU 葛和さんは、世界のニッチ香水事情に精通されていますが、海外ではどうでしょう?
葛和 まず大前提として、欧州は香水文化が非常に成熟しています。ヨーロッパでは、小さな街にも香水専門店がありますし、人々の生活の一部、身だしなみとして定着している。だからこそ「人と差別化したい」「自分だけの香りを纏いたい」という想いが強く、ニッチ香水のニーズに繋がるんだと思います。
TI でも、パリジェンヌに取材すると、意外に有名ブランドの愛用者が多い印象も......?
葛和 フランスは香水自体の歴史が長く、老舗の大手メゾンも多いので、そうなるんでしょうね。ニッチフレグランスの総本山といえるのが、実はイタリア。「Pitti Fragranze」と「Esxence」という世界的なニッチフレグランスの展示会があって、そこに世界中の名物バイヤーが集まってくるんですよ。そして「俺が選んだ香りはコレだ!」みたいに、目利き度を競っている(笑)。
NU エディットも参加されているんですか?
葛和 2018年のブランドデビュー時から、欧州の展示会や香水イベントに参加しています。そこで出合ったフレグランスブランドを今度は日本の香水ラバーに知ってもらいたいと思って、今年から輸入代理業も始めることになりました。今日は、伊勢丹新宿店を皮切りに開催される「サロン ド パルファン」で初お披露目する香りも含め、珠玉のニッチ香水を持ってきましたので、ぜひ試していただけたら。
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目の前に「異国の風景」が広がる感動体験
NU ではせっかくなので、香りをテイスティングしながらお話を。私、今回お持ちいただいた海外メゾン、ほとんど知らないです......!
葛和 まだあまり知られていない魅力的なメゾンが、本当にたくさんあるんです。まずは「ハイラム グリーン」。2013年にオランダで設立され、天然成分にこだわったブランドです。クラシックモダンな作品が、先ほどの目利きバイヤーたちから高い評価を得ています。
TI ジュースの色がキレイですね。
葛和 これ全部天然成分なんですよ。すごくないですか? 中でも「ハイド」は世界的に権威ある香水アワード「THE Art & Olfaction」の受賞歴がある作品です。
NU 木を感じますね。スモーキーで......薪みたいな感じ? 奥にレザーもいる。
SK ヨーロッパによくある、暖炉の近くにレザーのソファがあるみたいな光景が思い浮かびます。
葛和 日本にはなかなかない香りですよね。SKさんの言う"ヨーロッパの光景"という意味では、「ソン ヴェーン」が、まさに北欧という感じです。2016年にノルウェーで設立されたメゾンで、スカンジナビア半島の雄大な自然にインスパイアされています。
TI ウッディとかアンバーの香水って、深みのあるものが多いけど、「サンタルスーパー」はトップが軽くて、あとからウッディが出てきますね。「アンバースーパー」も透き通っていて、クールな雰囲気が印象的です。
SK 研ぎ澄まされているというか、北欧のモノトーン感が漂いますね。ヨーロッパを旅した時に感じる香りかも。
葛和 北欧のメゾンって、デザインも含め、研ぎ澄まされたスタイリッシュなところが多いんです。ソン ヴェーンの創設者であるダグ・ラスカは、デザイン系のキャリアを持つ、本人もスタイリッシュな人物です。
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個性の理由は、調香する国の「香料」事情
NU ニッチ香水は、"お国柄"が出やすいのかもしれませんね。香りを通して、ここではないどこかへ連れていってくれるような感覚があります。
葛和 確かに、国の個性が出やすいですね。なぜかというと、たとえばフランスで調香する場合、香料会社がたくさんあるので、使える香料の選択肢も多い。一方、香料会社が少ない国で調香する場合、限られた香料の中で作ることになる。その制限がいい意味で個性的な香りを生むんですね。その代表例ともいえるのが、リトアニア発の「ファム パルファン」です。
SK リトアニアってバルト三国のひとつですよね。私、この「ブラー」好き。肌の香りというか、自身の肌と一体化してすごく落ち着く。
TI ミドルノートは「へディオン モレキュール」って書いてありますが、なんでしょうね。
葛和 僕、リトアニアの香料会社を案内してもらったことがあるんですが、バルト三国のみでビジネス展開しているような小さな会社なんですよ。ファム パルファンの香りを嗅いでいると、おそらく、ほかの国ににあまり流通していない香料も使っているんだろうなと感じます。
NU 「ラルティスト」は、最初はキラキラしてて、フローラルの華やかさもあるし、お酒っぽさもある。ミドルノートの「ゼラニウム・バーボン」も、あまり聞かないノートですね。
葛和 「ラルティスト」は英語でアーティストの意味ですが、個人的には創設者のアイスティス・ミツカビツィオスのイメージに重なります。彼はリトアニアで著名なアーティストであり、俳優、映画監督でもあって。クリエイターの個性が反映されやすいのも、ニッチ香水の魅力かもしれません。
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まるで絵画のよう。香りで表現するアートの世界
SK 何かにハマると、いろいろ知りたくなるじゃないですか。ワインだったらブドウの品種とか、産地はどこか、醸造家は誰なのかとか。ニッチフレグランスも近しいものがあって、それこそ「調香師は誰なのか」とか「香料は何を使ってるのか」とか。深掘りする材料がいっぱいあるから、ハマるのも理解できる。
TI あと物語性がありますよね。映画や小説、アートにも通じるものがある。
葛和 それでいうと「トバ パルファン」の調香師、ジャスパー・リーは元画家なんです。視覚芸術を嗅覚による表現に置き換えているんですね。2021年にデビューした香港発のメゾンですが、生産はすべてフランスで、「オンブル ヴェルト」は実にフランスっぽい香りです。
TI オンブル ヴェルト、フランス語で「緑のグラデーション」ですかね。グリーンがキーンとするくらい、すっきり香り立つのが印象的です。「フォース」は木を焼いた感じ? ヒノキですかね。あ、甘みが出てきた。香りが刻々と変化して、これもグラデーションのよう。
葛和 油絵の色彩を多層的に重ねていく技法に着想を得て、「オンブル ヴェルト」は野生の植物と木々をグラデーションのように演出しています。こういう表現は、彼が画家であった影響が大きいでしょうね。このトバ パルファンが絵画的だとしたら、僕たちのブランド「エディット」は、音楽的な発想を取り入れています。
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既存のルールを飛び越えた「リミックス」発想
葛和 僕が音楽業界にいたこともあって、エディットではオリジナルの作品に新たな解釈を加える「リミックス」の手法を取り入れているんです。ファーストコレクションと呼んでいる5種は日本人調香師が作成し、セカンドコレクションと呼んでいる5種は、ファーストコレクションのレシピを開示したうえで、フランス人調香師に作成を依頼しました。
SK ファーストコレクションには、日本の素材も使われているんですね。「ユズキ」の北陸産の柚子果皮は、フレッシュでビター。柚子湯みたいに香ります。この香りをイメージして、カクテル作ったらおいしそう(笑)。
葛和 それ、いいですね(笑)。ユズキをリミックスしたのが、セカンドコレクションの「グリーン ベルベット」です。トップノートはジンジャーとピーマンで、共通するのは苦み、ビターな味わいです。ファーストを作るにあたり、調香師に伝えたのは「とにかく既存のセオリーにとらわれないでほしい」ということでした。調香の世界では、香料の組み合わせに王道の比率があったりしますが、そういうのを全部ぶっ壊してほしいと。
NU グリーン ベルベット、確かにピーマンが感じられますね......! ほかにはないというか、個性的だけど、ビターでいい香り。
葛和 そうなんですよ。最終的に「いい香りなら、いいんじゃない?」というのが、僕は最も大切だと思っていて。いい香りになるなら、香料をオーバードーズさせてもいいし、極端に減らしてもいい。こういう振りきった調香への考え方は、大手メゾンにはなかなかできないでしょうね。ニッチ香水の魅力のひとつではないかと思います。
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ニッチな香りと出合い、上手につき合うために
TI 今回沢山のニッチ香水を試させて頂いて、どれも個性的でしたね。お酒みたいに味わいたい香りもあれば、肌に纏って一日中一緒にいたい香り、部屋に香らせてホッとしたい香りも......。選ぶのに迷ってしまいます。
葛和 とにかくまずは「肌で」試していただきたいです。ムエットと香り立ちが全然違いますし、大胆に香調が変わるものもある。フレグランスのセレクトショップや、サロン ド パルファンのようなイベントで体験していただくのがひとつの方法かと思います。
NU 試してみてハマる香りが見つかったら、「沼る」予感がビシビシしますね(笑)。
葛和 僕はもっと皆さんに香りを楽しんでいただきたくて。日本は人との距離感を気にするので、香水を使うのもせいぜい2~3プッシュという話をよく聞きます。夕方に香りが消えてきても、タッチアップし直す方も少ないようです。でも、もっとジャブジャブ使うことも提案したい。そして香水が生活に根付いて市場が成熟すると、日本のマーケットが世界から認知される。そうすると小規模なメゾンもちゃんとビジネスになって育ちますし、さらに香りの世界が広がると思っています。
TI 確かに、使うことで経験値が高まるから、自分がどんな香りが好きで、その香りを纏った時にどんな気分になるのかを理解するきっかけにもなりますね。
SK ニッチフレグランスって味覚と通じるところがあるなって思います。大手メゾンの香りは分かりやすいし「味わいやすい」。ニッチ香水は「初めて食べるもの」に近いというか。こだわりの料理人が作ったひと皿みたいな感じで、新しい世界を広げてくれる気がします。
葛和 今回ご紹介したもの以外にも、サロン ド パルファンではさまざまな香水との出合いを楽しんでいただけるので、ぜひ遊びに来てください。
日時:2024年10月16日(水)〜21日(月) 10:00〜20:00(最終日は18:00終了)
※16日(水)はエムアイカード会員さま特別招待日
※メンズ館の会期は10月16日(水)〜29日(火)
https://meeco.mistore.jp/contents/magazine/salondeparfum/index.html
サロン ド パルファンの企画品やお買いあげプレゼント、イベント情報などは公式サイトで順次公開されます。
text: Namiko Uno