チャンス オー スプランディドが紡ぐシャネルの美学を、調香師オリヴィエ・ポルジュに聞く。
Beauty 2025.04.28
「チャンス、それは私の魂」。ガブリエル シャネルの言葉に導かれて生まれた、明るく弾けるフローラルな香りで人気のフレグランス「チャンス」。その5つ目となる新作「チャンス オー スプランディド」が誕生。来日したシャネル専属調香師、オリヴィエ・ポルジュに創作秘話について語ってもらった。

シャネル専属調香師。美術史を専門に勉強した後、グラースで調香師としてのトレーニングを受け、ニューヨークのIFF(インターナショナル フレーバー アンド フレグランス社)在籍時に国際的な評価を得た。2015年にシャネル4代目専属調香師に就任。
ー 「チャンス オー スプランディド」は、チャンスの香りとしては10年ぶりの新作となります。この香りで表現したかったことを教えてください。
2003年にチャンスが生まれてから、この香りで5つ目となります。これらの香りには共通するエスプリが存在しています。そのエスプリを息づかせながら、新たな香料とアプローチで再表現したいと思いました。調香の出発点はトップノートから心をつかむような香りを創作することでした。チャンスらしく溌剌としてフレッシュで、煌めくような香りを求める中でラズベリーアコードに出合い、そこから調香の旅が始まりました。
ー フルーティな可愛らしさとともに、大人でも纏える包容力のある香りですね。ラズベリーをはじめ、香りの鍵となったアコードについて教えてください。
このラズベリーは、馥郁とした果実味もありながら、ヴァイオレット(スミレ)やローズも感じられる表情豊かで非常に興味深い原料です。そして、ラズベリーのフローラル感を引き出すローズ ゼラニウムに辿り着きました。ゼラニウムの中でもローズの香りが強く、ミントっぽいハーブ感が際立つ特別なゼラニウムを選びました。甘ったるくない爽やかなゼラニウムが、ハートノートの印象をフレッシュに形作っています。そして、ラストノートにはセダーを採用しました。蒸留を繰り返すことで雑味を取り除いた、フレッシュでクリアな香りが特徴。チャンスのエスプリである明るくフレッシュなアコードに一点の曇りもないようにするため、ウッディ ノートを構成するセダーのエッセンスは非常に重要でした。

ー セダーと同様に、ローズ ゼラニウムの原料選びにもこだわったと聞いています。
ゼラニウムも、とても大切な原料のひとつです。ゼラニウムが興味深いのは、花ではなく葉からローズのような香りがするというところ。いろいろなゼラニウムを試した中で、もっともローズの存在感が強い品種を私たちのグラースの農園で栽培しています。原材料の選定は、調香師にとって非常に重要な仕事です。なぜならフレグランスのアイデンティティは原材料のアイデンティティによって作られるからです。植物の選定、栽培、エッセンスの抽出まで自社で行うことで、私たちは繊細で独自性がある、理想のフレグランスを作ることができるのです。
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ー この香りのクリエイションにあたり、もっとも挑戦的だったことは?
挑戦と言っていいかわかりませんが、チャンスには4つの作品がすでにあるので、それらと明確な繋がり、共通項がありながらも、異なる香りを作らなくてはならない。そこが難しいところです。でも最初から簡単にできてしまうのは私にとってクリエイションではありません。 難題があれば工夫して乗り越え、理想に辿り着いた時にクリエイションができると思っています。

ー カラフルなジュースの色と香水名は、チャンスの世界観をつくる大事な要素です。決まるまでのいきさつを教えてください。
調香をすべて終えて「この香りを色で表現するならどんな色だろう?」と考えた時に、迷いなく浮かんだのがヴァイオレットでした。ローズ ゼラニウムやラズベリーの香り全体から受ける印象でしたが、実際このフレグランスにはヴァイオレットの色合いが非常に合っています。また、「オー スプレンディド」の"Splendide"は、フランス語で「素晴らしい」を意味しますが、魅惑的でサプライズ感がある言葉のニュアンスも含んでいます。香水にとって名前は、香りの真髄を捉えたメッセージのようなものだと思いますが、まさに"Splendide"はこの香りを見事に表現しています。ちなみに、今回ヴァイオレットの色が先で、その後に名前が決まったのですが、これは順番としては珍しいことでした。
ー お父様もシャネルの専属調香師を務められ、オリヴィエさん自身も"香りの都"グラースのご出身と伺っています。そのことは調香師としてのクリエイションに関係していますか?
生まれた場所はグラースなのですが、私は実際はパリ育ちなのです。でも父方の実家があるグラースには夏のヴァカンスでよく訪れていたので、子ども時代にグラースで得た香りの経験もあります。さまざまな芳香植物、地中海、田舎の夏......。すばらしい香りの中で育ってきたことは間違いありません。ただ、言葉にするのがちょっと難しいのですが、調香というのはあくまでも自分自身の感性でフレグランスを作る、とても主観的なクリエイションだと思っています。自然の要素は確かに香りの構成に重要な役割を果たしますが、調香師として香りをつくる時に自然を再現しようと考えることはありません。ガブリエル シャネルが「シャネル N° 5」を生み出した時に「女性そのものを感じさせる、女性のための香水を創ってほしい」と言ったのは有名な話ですが、それはシャネルのすべてのフレグランスに共通します。彼女はクチュリエですので、デザインもパターンもすべてゼロからクリエイションすることに自負を抱いていました。調香も一緒で、バラやジャスミンを自然のまま香水に再現するのではなく、そこにクリエイティブ=人工的な手を加えてこそクリエイションが完成します。
ー 最後に。2003年に初代チャンスが発売されてから20年以上が経ちますが、チャンスという香りの概念が、時代とともに変化あるいは進化したと感じますか?
たしかに世界は変化していて、新しい表現方法も生まれていますし、私たちは常に時代の風を取り込んでいる部分もあります。ですが、世の中の、そして私自身のチャンスの印象や概念が大きく変わったとは思いません。「ファッションは、移り変わるが、スタイルは永遠」というガブリエル・シャネルの言葉があるのですが、私たちがつくるフレグランスもそれと同じだと思っています。
シャネル カスタマー ケア センター
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interview & text: Naho Sasaki