出口夏希とJURIN(XG)とともに、シャネル N°5が生まれる南仏グラースの畑へ。
Beauty 2025.11.19
N°5の作り手たちの想いに触れると、愛と誇りを持って仕事をすることの大切さを実感する。類いまれなサヴォワールフェール――その故郷はプロヴァンス地方のグラースにある。俳優の出口夏希、ガールズグループXGのJURINとともに、花々が栽培される畑を訪れた。
出口夏希はグラースの畑でジャスミンを収穫。その芳しさを体験。

ガブリエル・シャネルが調香師エルネスト・ボーに、「女性そのものを感じさせる、女性のための香りを創ってほしい」「最高の素材を使ってほしい」と依頼し、グラース産のジャスミンを軸に創られた香り、シャネル N° 5。グラース産のネロリやコモロ諸島のイランイランの花の香りとアルデヒドが絡み合うトップノート、ジャスミンを軸に、ローズ ドゥ メ、ヴェチヴァー、サンダルウッドを加えた唯一無二の香り。シャネル N° 5 パルファム 7.5ml ¥20,350、 30ml ¥48,400/シャネル
https://www.chanel.com/jp/fragrance/p/120150/n5-parfum/
シャネルの専属調香師オリヴィエ・ポルジュはこのような言葉を残している。
「花や植物、そして原料全般は、調香において最も大きな影響を与えます。なかでも花は原料の中で最も貴重で、最も高貴な存在です。技術の進歩や流行の変化、時の流れにかかわらず、私たちはいつも花に立ち返るのです」

ジャスミンの香りを確認するオリヴィエ・ポルジュ。
シャネルのN°5に使われるジャスミンを育てているのは、ミストラルが吹きつける南フランスのグラースで古くから花農家を営むミュル家。8月から10月の収穫期には、毎日早朝から約60人の花摘み人が畑に出て、花弁が透けるようにデリケートなジャスミングランディフローラムを丁寧に採る。それも、全開している花だけを指で花全体を包み込むように優しく。

左:指先でスピーディに摘み取るのが熟練の技。 右:陽射しを避け、愛らしい恰好で花摘みする人々。

このようなカゴに花を摘み入れていく。
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現在のミュル家の当主ジョゼフ・ミュルは「生きたものを扱っているのですから、私たちの仕事は本質的にとても繊細」と言う。加えて、「予測不能さこそが私たちの仕事を魔法のように魅力的で、そしてわくわくするものにしているんです。計画どおりに進むなんてまずありませんから」とも。日々の作業にはいくつもの不安定要素があり、気まぐれな天候や自然が織りなす生き物の営みが畑に作用することもある。それでも花摘み人のなかには、何十年も花を摘み続けていても飽きることはないと断言し、服に染み込んだ花の香りが家族に対して帰宅の合図になる、と笑顔で答える熟達者もいるのだ。平均してひとりの花摘み人が午前中に収穫できる分量は約1.5キロ。2キロ摘んだら上出来だけれど、ほかの人よりも少しでも多く!という競争意識もあるそう。また、花の苗を植え付ける作業は精緻を極め、等間隔の均一な畝を土台として準備することも芳しいジャスミンを咲かせる大切な要素となる。花を慈しみ育てるには、夥しい仕事のレイヤーが存在するのだ。

現農園主ジョゼフ・ミュルはここで生まれ育った。

左:広がるグラースの畑を眺める、香りの守り人たち。 右:ダブルCのロゴが入った長靴が用意されている。
調香師とは、香りのブレンドを考察し、新しい香りを生み出すレシピを考案する仕事、と一般的には考えられている。だが、シャネルの場合は少し異なる。1987年にシャネルの先代の専属調香師ジャック・ポルジュ(オリヴィエの父)がミュル家とパートナーシップを結び、N°5の原料を継続的に作り続けることを契約して以来、この名香をキープするために、同じ香りを安定的に世に送り出すために、グラースの畑の花の生産にまで配慮し連携していくことが大事な仕事のひとつとなった。「グラースのジャスミンは大変貴重な花。繊細でセンシュアルな香りを放ちます」と表現するオリヴィエ。たとえ既存の香りであっても、そのクオリティと一貫性を担保することは、彼自身の香りの理想を反映させ、唯一無二の原料を楽しみ遊ぶことでもあると付け加える。
ミュル家で育てられたジャスミン1000輪がN°5の30ミリリットルのパルファム1本に使用されている。フィールドから香りを愛する人の手元に渡るまで――その過程には幾人もの手と真心が、花々の芳しさとともに込められているのだ。
お昼をまわると収穫されたジャスミンの花はバスティードと呼ばれる家屋に運ばれる。花いっぱいのカゴを持つ摘み人が列を作り、計量所であるバスティード内は花の香りに包まれる。花々を少しでもいい方法でフレグランスに昇華するために鮮度を重要視したミュル家は畑に蒸溜の工場を併設し、バスティードからすぐに運び込めるようにした。ジョゼフ・ミュルとともに畑を司る農園ディレクターのファブリス・ビアンキ曰く、「その段階になると、作業は手作業や農作業ではなく、科学的な工程へと移行します」

南仏の風景になじむようにデザインされたバスティード。花の計量を行う。

左:カゴから工場内の金属の四角い箱へ。ここから蒸溜機に移される。 右:花々を入れる麻袋が、プロヴァンスの風に揺れる。

蒸溜機の中で偏りがないように整えられる。
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JURIN(XG)は美しい畑を散策し、ジャスミン抽出の過程に立ち会う。
最高品質を目指せる環境が、幸せであると確信する。
工場に運ばれた花はまずぎゅっと固められ、溶剤に浸す。この溶剤を加える作業を繰り返してコンクリートと呼ばれるものにした後、アルコールでワックスとアブソリュートに分離する。香りの調合に直接使用されるこのアブソリュートになるまで相当な手間をかけるが、ここまでを一気に畑の敷地内で仕上げてしまうのが、最高品質をキープできる理由でもある。グラース テクニカル抽出マネージャーのナイレ・エビビは、「ポンプの動きが正常でない時や工程のどこかで異常が起きている時、多くの場合、私たちはまず"香り"でそれに気付くんです」と話す。つまり何か問題があれば、気付くのは「鼻(ネ)」なのだ。エンジニアでありながら、感受性を研ぎ澄ませなくてはできない仕事でもある。

グラース テクニカル抽出マネージャーのナイレ・エビビ。「扱っている原料は最終的に"良い香り"でなければなりません。それこそが私たちの仕事の究極の目的です」

左:コンクリートと呼ばれる、溶剤と花からできるもの。 右:ジャスミンのアブソリュートを小瓶に入れて。
「私たちはすべての工程を自社で手がけます。花の栽培含め、原料生産から調香までの全工程を最初から最後まで完全に管理することで、自分たちに最高水準の要求を課すことができます。このレベルの専門知識と一貫体制を持つメゾンはほかにはありません」と専属調香師のオリヴィエ・ポルジュ。ひとつの製品を創り上げることに感情を持って関わること、愛と誇りを持って仕事に臨む人々によってN°5は命を吹き込まれている。

オリヴィエ・ポルジュ Olivier Polge
シャネル四代目専属調香師。ティーンエイジャーの頃には音楽家を目指す。大学では美術史を専攻、その後、グラースで調香師のトレーニングを受けニューヨークのIFF社に入社、国際的な評価を得る。2015年、先代のシャネル専属調香師であった父の後を継ぎ、シャネルへ。

左:ガブリエル・シャネルは当時では画期的なシンプルなパッケージデザインを目指した。 右:N° 5に含まれる香りのエッセンスを分解して体験。

左:シャネルのフレグランスとビューティ製品の最初の価格表(1924年)。 右:シャネル N° 5 パルファムのラグジュアリーケース(1928年)。

パリのカンボン通り 31番地にあるシャネル本店の鏡の階段のイメージで展示された、発表会時のインスタレーション。
photograohy: ©︎ CHANEL





