
渡仏20年を迎えるにあたり行った場所。
20年前の今日、1998年の3月28日に成田空港から
フランスに向けて出発しました。
個人的に、節目となりそうな感触が強い今年。
渡仏して丸20年が経ったというのは、その中でも
最も大きな区切りの気がしています。
3月に入ってからなんとはなしに過去を振り返り、
この28日のことを想っていました。
それで、行きたくなったのがシェ・ジョルジュ。
97年の1月、旅行で初めてパリに来て、空港から
ホテルに向かうタクシーの中で、「私、ここに住む」
と決めたのですが、その旅のタイミングで、たまたま
パリに出張のあった母の友人に連れて行ってもらった
お店です。
人生初のパリで訪れたフレンチのレストラン。
その後留学が目的で渡仏し、そのまま仕事を始め、
最初に書いた記事のひとつもシェ・ジョルジュでした。
8年ほど前に、3代続いていた家族経営からオーナー
が変わり、それを機に足が遠のいてしまったのですが、
それまでは自分にとっていちばん大切であり、大好き
なお店だったのです。
いろいろと思い返すうちに、やっぱり原点だよなぁ
と至り、今回出かけることにしました。
シェ・ジョルジュを買い取ったのは、古きよき趣きの
残るレストランを、メニューも含めそのままの形態で
引き継ぎ、経営を続けていくオーナーグループ。
彼らの手に渡ってからすでに8年が経過したいまでも、
以前と変わらぬ姿のシェ・ジョルジュがありました。
昔からいるスタッフも数名、手書きのメニューまでも、
どのように維持しているのか、同じような筆致です。
そもそも前オーナーが店を売ったのは、先代のとき
から勤めていたシェフがリタイアするにあたり、もう
新たに別のシェフを雇うつもりはない、ということが
理由のひとつだったのですが、味もちゃーんと引き継
がれていて。
よくよく注意すれば、焦がしバターが軽めだなぁとか、
おそらく時代とともに変化したのだろうと想像できる
点はいくつかあったものの、思い出の料理で頼んだ、
サラダも舌平目のムニエルも、大満足の味でした。
寒かった1月の夜、びっちりとくっついたテーブルを
埋めるゲストの大半は黒い服を纏っていて、止まるこ
とのないフランス語のおしゃべりがこだまする店内は
大学生の私にとって、まさに映画の世界だった。
憧れの大きな舌平目のムニエルはおいしかったけれど、
ひと皿延々と同じ味が続くことに、食べ終えるのが
辛かったよなぁあのとき、と、昔と変わらぬカップで
出されたカフェを飲みながら、思い出しました。
お腹も気持ちも満たされて、次に向かったのは、
ラ・ぺ通りにあるカルティエです。
新しい時を刻みたいなぁと思って、
母から譲ってもらい、そのまま使っていた時計の
革ベルトを、この機に変えることにしました。
何色も見本を見ながら、結局、黒を選択。ただ、
もう同じ時計のモデルは製造されていないそうで、
ベルトもストックがなく、注文することに。
せっかくなのでメンテナンスもお願いして。
時計もきれいさっぱりリセットして、
新たに時を刻むのいいじゃーん、
とウキウキしながらお店を後にしました。
ちょっといつもと違う感じで書いてみました。
読んでくださってありがとうございます。
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