パリ街歩き、おいしい寄り道。

9週間ぶりで出かけた週末。

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外出証明書を携行する必要がなくなった先週。
商店は営業を再開し、外出する際は自宅から1km圏内と設けられていた制限もなくなった。
まずは火曜と金曜に、再開されたマルシェに行き、金曜の夕方には自宅から1.7kmほどのところにある日曜大工品を売る店に、植木鉢を買いに歩いて出かけた。
そして、土曜日になって、初めてメトロに乗って少し遠出した。
朝と夕方のラッシュ時は、通勤と通学で利用する人たちに限られているものの(雇用証明書などを携帯のうえ乗車できる)、それ以外の時間帯はマスクをすれば普通に乗れる(運行の本数は通常の70%ほどで、運行時間は6時〜22時。終電は21時〜21時半に発車)。

どうしても買いに行きたいものがあった。
お香だ。
2年半くらい前から、毎朝、欠かさずに焚いている。
きっかけは、ネガティブな“気”は壁や床に染み付いていくと聞いたことだった。
そういった“気”は粘着質で、水拭きも効果的だけれど十分でないことがある。
それを取り去ってくれるのが、お香、らしい。
私は、家で仕事をする。
知らず知らずのうちに壁に貼り付いているネガティブオーラに囲まれながら原稿を書いていたら、言葉が、そのネガティブオーラを纏っちゃいそうだ、なんて思った。
それは、嫌だなぁ。そんな言葉を発信したくはない。

お香のなかでも、特に浄化効果があるのはフランキンセンスの香りだという情報を得て、探した。
これが、見つからなかった。
キャンドルやオイルディフューザーも揃えているようなちょっとおしゃれなお香屋さんには、まず、ない。
考えた末、インドかな、と行き着いた。
それで、10区のインドアーケードPassage Bradyに行ってみた。
お茶やオーガニック製品を売っている店、化粧品店など、レストラン以外は全部訪ねたら、1軒だけお香を扱う店があった。
そして、フランキンセンスの香りも、その店、Velanには売っていた。

それからというもの、毎朝お香を焚いている。
目に見えないものだから、お香を焚いたら綺麗さっぱり悪い気がなくなったよ!と言えることではないけれど、ひと筋の煙が漂う様子を目にすると、すとん、と心が落ち着く瞬間を感じる。
朝、家の中の空気を循環させて、同時に、自分の気持ちもリセットするのに、いまやすっかり欠かせない存在なのだ。

まとめ買いしていたお香の残りの数を確かめると、金曜の朝で、最後の2本となることがわかり、いよいよ出かけることにした。
ちょうどその前に、3月半ば、飲食店等の営業停止の指令が出たことで撮影の約束をしながらもできなくなってしまった(番外編「2020年3月のパリ日記#01」Grammeがインスタグラムにアップした、金曜からテイクアウト営業を始めるお知らせをチェックしていた。
撮影はできなかったけれどメールで取材に対応してくれて、店が再開されたらすぐに行きたいと思っていたのだ。
レストランやカフェ、バーの営業はいまだ許可されておらず、再開の目処も立っていない。
でも、商店が営業再開となってから、店の中には客を通さず、入り口で注文を取り、料理をテイクアウトで販売するレストランがちらほら出てきた。Grammeもその手法で再オープンしたようだ。
Velanからだと、歩いて行ける。
移動の道筋を思い浮かべて、“一緒にお散歩できるかな”と近くに住む友人に連絡してみたら、「うちで一緒にランチする?」とうれしい提案が返ってきた。
それで、私がGrammeでランチを調達し、彼女の家に向かうことに決まった。
お香は、帰りに買いに寄ろう。

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メトロは運行しているが、市内の60の駅が閉鎖している。
Grammeに行く時に通常利用している経路だと、乗り換え駅が閉まっていた。
いつもとは違う行き方にして、4番線のRéaumur-Sébastopol駅で降り、rue Réaumurをマレの方向へ。
土曜日ということもあってか、車は少ない。
Grammeに着くと、出来上がりを待つ人たちが外にちらほらいた。
少し並んで、順番がきたので店に入り、すぐ左手にあるカウンターで注文をした。
それより奥へは進めないよう、仕切りを設けている。
手前の、その場所から厨房に声をかけてお礼を伝えた。
外出禁止の措置が取られて、まだまだ気持ちが落ち着く場所を見つけられずにさまよっているような段階の頃に、私は彼らにコンタクトを取った。
メールでのやり取りで無事原稿を仕上げ、掲載誌は4月下旬に発売された。
ページを見せたかったけれど、東京からは発送されているのに、私の元には未だ届いておらず、彼らの元にもまだだった。
日本からの郵便は、配達がだいぶ遅れているようだ。

エビのフライ入りオリジナルバインミー・ドッグと、ローストビーフが具のバンズサンドイッチ、野菜のパニエ・アイオリソース添え、デザートにはイートンメス(メレンゲやイチゴで作るイギリスの伝統的な菓子)、季節のタルト、キャロットケーキ、それに、エルダーフラワーシロップ入りのレモネード、リュバーブのアンフュージョンを購入したら、手提げ袋ふたつになった。
お花を買いたかったけれど断念して、両手に袋を提げ、友人の紀子さんのお宅へ向かった。

彼女の家は、危険だ。
玄関を入ったそばから、目が泳ぐ。
紀子さんは、ラフィア素材のバッグや帽子のブランドMAISON N.H PARISを展開している。
お行儀が悪いのは百も承知だけれど、靴を脱ごうとかがんだ姿勢で玄関に並ぶエスパードリーユに目が止まり、腰を上げれば、壁にかけられた麦わら帽子に視線が引き寄せられる。
要は、ドアを開けたそばから、欲しいものができるのだ。
やっぱり帽子も買おうかな。
挨拶もそこそこにすぐさま芽生えた物欲に、半ば呆れ、半ば健全だわ!と思いながら、お邪魔した。

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友人のお宅に上がって、お皿に盛ればすぐさま食事を始められる、というのはなんだかいいなぁと思った。
土曜のお昼の、のんびり加減にあっていた。
おしゃべりしながら、じわじわと食べ進めた。
思えば、誰かが作ってくれたごはんを、2カ月食べていなかったのだ。
おいしいなぁ。
そしてやっぱりGramme好きだなぁ。
コーヒーを淹れてもらって、デザートまですっかり満喫した。
キャロットケーキはけっこういろんなところのを食べているけれど、ここの、最近では私的ナンバー1ヒットだなぁ。

もうすぐ4時、と気が付いて「あれ、夕方でも週末はメトロの許可書要らないんだっけ?」と確認した。
週末と祝日は必要ないらしい。
それでも、いい時間だ。
おいとまして、お香を買いに行くことにした。

インドアーケード内は、いつもより人出が少なかった。
でも、Velanの前には、入場制限により列ができていた。
この店には、食材のほかにも、インドのお弁当箱や食器、スカーフなんかも売っていて、米類、ナッツ類、スパイスも豊富に揃う。
いつも混んでいて商品の回転もよさそうだし(スパイスは、普通のフランスの食材店より需要があるだろうし)私は、ホールスパイスもこの店で買っている。
お香は10パック買うとお得になるから、普段からまとめて買う。のだけれど、しばらくは、毎日アクティブに出かける日々にはならないだろうと想像して、20パック買うことにした。
フランキンセンスと、ほかにもいろいろ試した中で特に香りの気に入ったサンタル、あとは気温が上がって見かけるようになった虫除け用でレモングラスのお香を手に取った。
あ〜これで安心。

店の外に出て紀子さんと別れ、レピュブリック広場のスポーツ用品店に寄ってから、気に入っているピーナッツオイルを買いにrue Saint-Martinにある食材屋さんCaussesへ向かった。
午後になり、快晴だけれど暑くはないお天気も後押ししてか、広場は人でいっぱいだった。
散歩を楽しんでいる人たちも大勢いる。
何より目を見張るのは自転車の増え具合。

オイルにビネガーも買って、パン屋さんBO&MIEにも立ち寄ってヘーゼルナッツとレーズン入りパンをゲットし、大いに気持ちが満たされて、Etienne Marcelの駅に入ると、ホームにはひとりもいなかった。
メトロの車内も本当に空いていた。
席は、2席にひとつ、交互に、座らないよう印がついている。
でも、席が足りないことはまったくなく、立っている人はひとりもいなかった。

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翌朝。2カ月半ぶりでジョギングに出た。
マスクをしないでの外出は2カ月ぶり。
体力が落ちているかも、と思ってショートコースを回ることにした。
家からイエナ橋(エッフェル塔の前の橋)まで行き、エッフェル塔側に渡ってシャン・ド・マルス公園の周りをぐるっと回るようにエコール・ミリテールで折り返す。7.1km。

うれしくてうれしくて、ショートコースにしなくとも、いつまでも走っていられそうだった。
鮮やかな緑と、まばゆい光に誘われて、背が伸びちゃうんじゃないかって気がした。

川村明子

文筆家
1998年3月渡仏。ル・コルドン・ブルー・パリにて料理・製菓コースを修了。
朝の光とマルシェ、日々の街歩きに日曜のジョギングetc、日常生活の一場面を切り取り、食と暮らしをテーマに執筆活動を行う。近著は『日曜日はプーレ・ロティ』(CCCメディアハウス刊)。


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