パリ街歩き、おいしい寄り道。

2020年3月のパリ日記 #01 外出禁止前

 3月17日正午から外出禁止の措置が取られているフランス。今回から番外編として「[Le jour d'avant et le jour d'après]-その日の前、そして、後-」と題して、外出禁止前から現在までのパリについて、日記形式でエッセイ風に綴ります。初回は施行の5日前、3月12日から。

[Le jour d'avant et le jour d'après]
-その日の前、そして、後-

<avant le confinement> 外出禁止令前
3月12日(木)

夜20時から、大統領のテレビ演説があった。
来週月曜から学校は休校(保育園から大学まで)、70歳以上の不要不急の外出禁止、屋内・屋外問わず1000人以上の集会の禁止(日曜に予定されている地方選挙のような、国家に必要不可欠なケースは例外)、企業は可能なかぎりテレワークに切り替えるなど。

3月13日(金)
年に2回、ラ・デファンスよりも西にあるパリ郊外の屋外会場で10日間にわたり開催される大古物市「Foire de Chatou」へ。
数日前から開催の有無を気にしてサイトを幾度となく開いていたが、前夜に“開催する”旨の告知を確認し、開場となる10時を少し回った頃に着くよう、家を出た。
毎度立ち寄るお気に入りのスタンドで、今回は白い食器を中心に買い物をした。
いつもの倍の広さで、品物もたくさん展示されていた。コロナウイルスの影響で隣のスタンドが空き、それで店舗を広げたそうだ。
購入したものを預かってもらい、会場全体を見て回る。
幅78cm、長さは2m弱のなんとも風合いが好みのテーブルを見つけて、その後に、いいなぁと立ちすくんでしまう椅子に出合った。4脚あるその椅子は、先に見つけたテーブルとは色のトーンがしっくりこないように思えて、考え込んだ。
どこに置くんだ?という大きな問題もあるから、どの家具をどこに動かし、何を処分して、と頭の中で手持ちの家具をパズルのように動かして想像する。その椅子はとても座りやすかったし、傷んでいる箇所は見当たらなくて、状態もとてもよかった。
店の人が「気に入った?」と近づいてきた。
「はい。好きだなぁと思うけれど、さっきテーブルもひとつ気に入ったのを見つけて……」と言うと、「じゃあ持って行って、合わせて見てくるといいよ」と言われた。
椅子を抱え会場内を移動し、テーブルと合わせてみる。どうしようかなぁ……妄想は止まらない。でもやはりこの場では決められない。
それで、「ちょっと考えて、たぶん、また日曜日に来ます」と伝え、各スタンドで名刺をもらい、値段と会場内のスタンドの位置(通り名と番地がある)をメモした。

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最初のスタンドに戻り、預けていた食器を受け取る。
荷造りをして、すっかり重くなったリュックを背負い、あぁ楽しかったな〜と出口へ向かうと、出口の門の横にある入り口の扉が閉まっていた。
外で、待っている人たちもいる。
入場制限をしているのかな? それにしては緊迫した空気が漂っていた。
それで、警備の人に聞いた。「何かあったのですか?」
「13時に、100人以上の集会は禁止と発表されたんですよ」
時刻は13時を少し回ったところだった。
中に入れないでいる人たちは納得いかない様子だ。
大統領演説の後、一晩で、1000人という制限が100人に変更されるってどういうことだ?
主催者らしき人は、携帯電話を耳に当てながら、険しい表情で右往左往している。

その様子を前に「これはまずい。次号連載のための取材申請をすぐにしたほうがいい」と思った。

最寄り駅までは、モンマルトルの丘を巡っている観光用の白い電車と同じような、ドアのない車両が往復している。
歩いても10分ほどだが、荷物があったのでそれに乗った。
家に帰って荷物を置き、すぐに取材したい店に向かおう。
取材したい店はすでに決めていた。

電話でもできることだけれど、私は取材のお願いをするのに直接出向く。以前は、いつも電話でアポイントを取っていた。でも、書く内容も仕事のスタイルも変わり、3年くらい前からだろうか、電話をすることはなくなった。たいてい、食事に行って、営業時間も終わりに近付き、お客さんもまばらになった頃、タイミングを見計らって話をする。どの店も、それまでにすでに数回食事に行っているから短くとも会話を交わしたことはあるし、あ〜そういう仕事をしているんだ〜と相手も納得するようで、これまでにその店で食べたものなんかを話しながら、こちらの意向を伝える。

目当ての店はレピュブリック広場に近い、マレにある。
パリの西の郊外から、私の家を経由して、さらに、どちらかというと市内でも東部のその店に行くことを考えると、15時は確実に回ってしまう。
朝食とランチを中心に、コーヒーもテイクアウトできる店で、営業は16時まで。
どうにか間に合いますように……

店の近くで、オーナーの男性とすれ違った。
Bonjour!と挨拶を交わしてから
「まだ何か食べられますか?」と聞くと
「いや、もう厨房閉めちゃったから。でも、ブリオッシュなら用意できるかも」と教えてくれた。結局15時半になってしまった。
店の扉を開けると、9人のグループが食事の真っ最中で賑わっていた。
窓際の席に座り、これまで食べる機会を逃していた、ブリオッシュのパン・ペルデュを注文して、ほっとひと息ついた。
一気に空腹を自覚した。

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その店、「Gramme」のパン・ペルデュは分厚く切ったブリオッシュで作るティラミス風で、卵液の重さがなく、空きっ腹を優しく満たしていった。この厚みがいいなぁなんて思いながら、湯気の立つパン・ペルデュを食べ終えたら、すごく肩に力が入っていたことに気付いた。
9人グループも店を去り静かになった店内で、「とてもおいしかった」と伝えてから、「店の扉を開けて、いつもと同じように賑わっている空気にすごくほっとした」とオーナーのカップルに私は言った。
すると「今日は、友人たちが来てくれておかげで賑やかだったけれど、昨日は静かだったし、この週末もいつもよりはきっとお客さんも少ないでしょうね」と厨房に立つ彼女が答えた。
古物市からの帰り、すでにメトロではスーツケースを引く若い人や、親子を少なからず見かけていた。月曜から休校になることで、実家に帰ったり、子どもたちは祖父母の家に預けられたりするのだろう。
それから私は、自分の連載の話をして、掲載誌を見せながら、取材をお願いした。
そうして、週明け、月曜の朝9時半に撮影とインタビューで再訪することになった。

「よかった。これで大丈夫だ」
安心して家に帰り、今度は、この夜にオープン4周年記念のお祝いを計画しているビストロが果たして予定どおりにフェット(パーティー)を開催するのかを、確認した。
フェイスブックを見ると、店は開けるらしい。
一緒に行く予定だった友人が行けなくなってしまい、どうしようか迷ったが、ともかく、おめでとう!だけは伝えに行こう、と出かけることにした。

この週、すでにメトロは空いていた。明らかに状況が変わってきていることを感じてはいた。月曜日に、パリマラソンの開催日が4月5日から10月18日に変更される通知を受け取った。そのメールを読んだ時には、10月かぁ……と少なからず驚いた。
それでも、毎日のごはんパトロールは続けよう、といつものルーティンで動き続けた。
それがここへきて、突如、緊張感が増した。友人たちも、街も、なんだか慌ただしい。

3日前にランチに訪れた時に、「19時半くらいから始めるよ」と聞いていたので、20時少し前に「Les Arlots」に行ってみたら、様子がおかしい。店内には常連客と思しき男性がひとり、テーブル席で寛いでいた。
少し離れたところに立って、電話をしていたシェフのトマに手を振って挨拶をした。
すでに3日前、「今日からビズと握手はやめたんだ」とトマに言われていた。ラジオやテレビで流れるコロナウイルス予防対策アクションの中に、手を洗う、などと並んで、「挨拶をする時には握手をせず、ビズもしない」という1項目が挙げられているのを受けてだろう。
ランチは特にほとんどが常連客で、全員と挨拶を交わすとかなりの数になる。そういったことを気にする人が出てきているのも事実だった。

「アキコ、フェットはなくなったよ」
カウンターの前に立つと、スタッフのジュリアンに言われた。予定では、みんなウェルカムの飲んでつまんで、の会になるはずだった。
「フェイスブック見たら、店は開けるってあったから……」と言うと「うん。店は通常営業で開けることにした。でも、もちろんフェットの予定で予約はひとつも取ってないから、どれくらい人が来るかわからないし、1杯飲んで行きなよ」と言われて、白ワインを1杯もらった。
通常営業だと開店は20時だ。
「おめでとう!」と、乾杯をした。
結局その夜は、なじみ客で満席になり、カウンターで立ったまま集う人たちもいて、大盛況だった。
私も、最初に来ていた常連さんと後から合流した友人たちのテーブルに混ぜてもらい、楽しく過ごした。
“はじめまして”も、“Salut !”の後も、みんな一拍ちょっと相手の様子を伺って、ビズを遠慮し合い、その代わりに、肘と肘をコンっと合わせて挨拶をしていた。
その様子は、照れ臭さも含まれて可愛くもあったけれど、フランスでこんなふうに人々が挨拶をするようになるなんて、と信じられない気持ちで眺めていた。

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3月14日(土)
朝、買い物に出ようとしたら、真下に住むムッシュとすれ違った。
「Comment allez-vous ? お元気ですか?」
挨拶をしたら、彼がいきなり言い出した。
「これから孫が3人来るし、まあだいたい僕はいつも朝早めに買い物に行くから、今日も同じように行ったのだけどね。トイレットペーパーはもうひとつもないよ。棚に、ひとつもない。パスタもないし、缶詰も。みんなどうかしてるよ」
世の中はすでにそんなことになっているのか、と驚いた。
通りに出ると、見知っている光景があっちにもこっちにもあった。
これからお引越しですか?と聞きたくなるくらいの荷物を車に積んでいる。ヴァカンス前によく見かける光景だ。
そうか。みんな早くも田舎の家に、別荘なり、祖父母や親戚の家なりに行くのだな。出発前に買い込んで出かけるとしたら、そりゃあトイレットペーパーもパスタも缶詰もないだろう。
出遅れてしまったかもしれないなぁ、そう思いながらスーパーの前まで行くと、入場制限をしていた。出直そう、と諦めてそのまま帰った。

夜は、11区の「Aglio e Olio」というイタリアンレストランに行く約束があった。19時半の予約しか取れなかったと友人から連絡がきていた。21時30分には、次に入っている予約のためにテーブルを開けないといけないようだ。
19時半ちょうどに着くと、私たちが最初の客で、ほかには誰もいなかった。
注文をすると、10分も経たずにライスコロッケが運ばれてきた。19時40分。
シェアして食べていたら、厨房から出てきたスタッフのひとりが、離れたところにいたもうひとりのスタッフに「今日の24時で営業停止だって」と言った。
え??
私と友人は、思わず動きを止めた。
友人が「どういうこと?」と聞くと「今日の24時をもって、レストラン、カフェ、映画館、ディスコなどは休業。生活必需品を売る店だけは営業だそうです」

え?? 4時間後? iPhoneの画面は19時47分と表示している。
実は前日「Les Arlots」で、来週水曜から飲食店は営業停止になるだろう、と耳にした。
とんでもなかった。またも突然きた。
しかし、レストランの人たちにはすでに覚悟があったらしい。
「先週か先々週だったか、操業停止のための書類を提出させられていたんです。だから、いつか営業停止になることはわかっていたし、覚悟はしていたのだけれど、このタイミングとは思っていなかった」
遠くから、巨大なシャッターがひとつずつ閉まって、近付いてくる感じがした。
またひとつ、手前のシャッターが下りた。
展開が早すぎて、現実感がなかった。
ヴィッテロ・トンナートも、2人前で注文を受けるアーリオ・エ・オーリオのスパゲットーニも、ニョッキもどれもおいしかった。
デザートもふたりなのに3つ頼んで食べた。満喫した。

続く。

>>#02はこちら。

川村明子

文筆家
1998年3月渡仏。ル・コルドン・ブルー・パリにて料理・製菓コースを修了。
朝の光とマルシェ、日々の街歩きに日曜のジョギングetc、日常生活の一場面を切り取り、食と暮らしをテーマに執筆活動を行う。近著は『日曜日はプーレ・ロティ』(CCCメディアハウス刊)。


Instagram: @mlleakikonotepodcast「今日のおいしい」 、Twitter:@kawamurakikoも随時更新中。
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