パリ街歩き、おいしい寄り道。

ル・プティ・ヴァンドームからビュリーへ。

新たに始めようとしていることを考えていて、パリのあれこれに思いをめぐらしていたら、ロートレックの絵が見たくなった。

それで、いまなら空いているだろうし“オルセー美術館に出かけよう”と思い、でも開館時間が短縮されているかもしれないから一応確認したほうがいいな、とサイトを開いたら、まだ閉館していた。
再開は6月23日らしい。
ならば、とオランジュリー美術館も見てみると6月22日からとある。
ついでにルーヴル美術館も調べてみたら、こちらは7月6日からのようだ。
6月2日より美術館は再開可能とされてはいても、6月15日まで国境閉鎖は続くし、首都圏においては宿泊施設の営業再開も6月22日から(それまでは休業)だから、当然といえば当然かもしれない。

でもそれだったら、チュイルリー公園で少し時間を過ごそう、と思った。
なぜかはっきりはわからないけれど、この、特殊な空気のパリをできるかぎり感じて身体で覚えておきたい思いがある。

5月の終わりに前を通りかかったら、ヴァンドーム広場とオペラ座の間に位置するビストロ「ル・プティ・ヴァンドーム」がテイクアウトのために店を開けていた。
あそこでサンドウィッチを買って、公園で食べよう。
そして橋を渡って、使い切ってしまった化粧水を買いに行き、ビュシー通りのいつものカフェでカフェ・クレームを飲んで帰ろう。

いまもラッシュ時にメトロに乗る場合は、雇用証明書などの携行が義務付けられている。
ない場合は乗車禁止だ。
夕方は4時から7時がそれにあたるので、4時までに自宅の最寄駅に帰りつかないといけない。
これが意外に慌ただしい。
おそらくそんなに公園でゆったりできる時間はないだろう。
それでも、人の足音の少なさや、すれ違う時に聞こえる言葉の大半がフランス語であることや、公園全体に人がまばらで自分のいちばん近くにいる人までの距離もけっこう遠いことや、どれもがどうでもいいといえばどうでもいい、でもいつもと確実に違うことを、ちゃんと感じたくて、出かけることにした。

メトロは市内の60近くの駅が相変わらず閉鎖されている。
それで、普段とは違う行き方で向かった。
1番線のチュイルリー駅で降り、マルシェ・サン=トノレ広場を通ると、いくつもの店が工夫を凝らしてテラス席を設置している。
道ってこんなふうに活用できるのだなぁと感心するほどだ。
店内を見ると、すべてのテーブルを外に出していると見えて、何もない。

ル・プティ・ヴァンドームに着くと、こちらも盛大にテラス席を広げていた。

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サンドウィッチを買うつもりだったが、目当ての日替わりサンドウィッチは、いまは作っていないようだった。でも、代わりに、テイクアウト用の“今日の料理”があり、ヴィッテロ・トンナート(仔牛肉のスライスにツナのソースがかかった冷菜)が挙げられていた。
それに決める。
マスクをしていたことですぐには私だと気付かなかった、いつもサンドウィッチカウンターにいるスタッフが、注文をする段になって私に気付き、元気?と笑顔で聞いてきた。
その彼女がしたような笑顔に、最近何度か触れている。
店が再開されて訪れた先で、出会う笑顔だ。
心が目に見えるものだとしたら、その笑顔を受け取った瞬間、間違いなく、潤っていると思う。

忙しそうななか、少し言葉を交わした。
来てよかった、と思った。

ヴィッテロ・トンナートを受け取り、今度はヴァンドーム広場を通ってチュイルリー公園に行くことにした。
リヴォリ通りに突き当たり、公園側に渡って、ルーヴル寄りの入り口から入ろうとすぐに公園に入らずに、通り沿いを歩いた。

レストランやカフェが閉まっている状態は、定休日だったりヴァカンスがあったりで、これまでにだって見たことはある。
でも、パリでホテルが閉まっているのを見るのは、今回が初めてだ。
オテル・ムーリスもひっそりしていた。
扉を閉めているホテルというのは、いつもとは全然違う姿だと思う。

リヴォリ通りは、依然として、バス専用レーン以外は一般車両通行止めとなっており、自転車専用レーンだ。

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公園には、ランチタイムを過ごしている人がちらほら。
噴水の周りのベンチでごはんを食べることにした。

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お皿に盛り付けるものと同じ量を箱に詰めているのだろうと思われるなかなかのボリュームだ。インゲンのサラダもたっぷり付いていてうれしい。

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食べ終わったらコーヒーが飲みたくなった。
ルーヴルのピラミッドを見てセーヌ川沿いに出ることにする。
少し階段を上ったところで、振り返った。
シャンゼリゼに続くこの道は、正面にコンコルド広場のオベリスク、その向こうの凱旋門まで見渡せる。

反対側にはルーヴル宮殿となる。

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本当に人がいないのだ。
この状態を見るのはたしか3度目だけれど、やっぱり異様な光景に思える。
休館日だって、こんなふうに人がいないことはない。

人もいないし、車もとても少ないし、植木の整備をしているムッシュたちもどこかのどかな感じがする。

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セーヌを渡る橋の上でちょっとホッとひと息ついた。
あのルーヴルの様子を見ると、非現実と現実が、どっちがどっちか、にわかにわからなくなってしまう。
橋の上でぼーっとすると気持ちが落ち着く。

今日(6月9日)から、ノートル・ダム修復のために組み立てられていた足場の解体作業が始まった。

そして、ボナパルト通りのビュリーの店へ。

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普段ならご褒美で買う、ビュリーの化粧水。
いつも使っているデイリーの化粧水は日本から持ってきているのだが、もうストックを全部使い果たしてしまった。
それで、ご褒美化粧水をつかの間、デイリー仕様にしてしまおう!と特別措置を取ることにした。

もう少しでなくなるボディオイルも買い足そうと思って、テスターの香りを嗅ぎ始めたら、いまの気分がいつも使っている香りではないことに気付いた。
昔は大好きだったのに、最近は何年も惹かれていなかったバラの香りに心地よさを覚えた。
そのことがなんだかおもしろくて、数年ぶりでバラの香りを買うことに決めた。

店の外に出ると、走ってくる車がいなかった。
ここはサンジェルマン大通りからセーヌ川沿いに抜ける道だから、けっこうな交通量があるのに、車道で立ち止まっていられるくらい車がいない。

ビュシー通りのカフェ「オ・シェ・ド・ラベイ」に行くと改装工事をしていた。
コーヒーは家で飲むことにした。

まだまだ街は、日常と非日常の間をさまよっている。

4時数分前に自宅の最寄駅に帰り着いた。

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なんだか久しぶりのバラの香りがとてもうれしい。
香りを変えるって、気分が変わるなぁ。
ビュリーの箱はいつも捨てられない。この箱は長めのろうそく入れにしている。

*お知らせ*
番外編としてお届けした「2020年3月のパリ日記」。
続編となる「2020年5月のパリ日記」をnoteで連載しています。
よかったら、ご覧ください!

川村明子

文筆家
1998年3月渡仏。ル・コルドン・ブルー・パリにて料理・製菓コースを修了。
朝の光とマルシェ、日々の街歩きに日曜のジョギングetc、日常生活の一場面を切り取り、食と暮らしをテーマに執筆活動を行う。近著は『日曜日はプーレ・ロティ』(CCCメディアハウス刊)。


Instagram: @mlleakikonotepodcast「今日のおいしい」 、Twitter:@kawamurakikoも随時更新中。
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