ボローニャ「森の家」暮らし

ボローニャの豊かな春。ガーデニングで六感を育む4月。

この春、私は未だかつてないほど多くの時間と労力とクリエイティビティーをガーデンプロジェクトに費やしている。期限が短い仕事の依頼はワクワクすることやガーデニングの合間にできることだけ受け、あとは期限の緩い仕事だけを受けている。好きなことを優先する後ろめたさはまったくない。大地が芽吹く今、太陽を浴びて、あるいは小雨のなか、鳥たちのさえずりを聞きながら、五感と右脳を思いっきり使うこの時間は、自分のためだけでなく、家族にもコミュニティにもプラスになること、未来への投資だと思っている。

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遡るは去年の秋、土を耕さない自然農法、でリサーチをして見つけたイギリスのノーディッグ(掘らない)ガーデニングの第一人者、チャールズ・ドーウィング。彼のテクニックをベースに畑を作ろうと決め、10月にコンポスト(有機物を微生物の働きで分解させて出来る堆肥)作りから始めた。

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ノーディッグガーデニング、まずは雑草が生えたままの土の上にダンボールを敷き詰めて光を遮り、その上にコンポストを10~15センチ敷く。植える作物はグリーンハウスで用意または購入し、コンポストに植え付ける。土を耕したり雑草を除去しなくていいので、材料さえあれば畑作りをしたその日のうちに植えられる。ふかふかのコンポストは何億もの微生物、ミミズ、栄養素を含み、吸水性が高く、表面が乾いていても中はしっとり。そこで育った作物の根がダンボールの層に届く頃には、ダンボールはミミズなどに食べられ分解しているか、そうでなくとも根は湿ったダンボールを楽々通って下の土の層に届く。この農法を続けると、根と微生物の働きで、年々肥沃な土の層が増えていくというのも非常に興味深い。

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この辺りは砂岩と粘土質の土でできている。落ち葉が何年も重なったエリアの土の断面をみると、上の層は黒々とした豊かな土。森の土が自然に1cmこんな豊かな土になるには、300年必要だと聞いたことがある。一般的な大量生産の農法では、毎年深く耕すことで土の中の環境を壊し、土や虫や微生物の総体的な環境を無視し、人工的な肥料や薬剤をまき、作物を生産することのみを目的としている。この農法で、世界中で毎年何万トンもの良質な表土を失っている。自然農法は、微生物や自然の生態系に寄り添い、作物とともに土を育てるというアプローチ。

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ノーディッグガーデニングでは、作物を収穫した同じ日に追肥することなく他の作物を植えることができる。作付けのローテーションも不要。一度コンポストの床を作ってしまえば、冬に一度 2cmほどのコンポストを広げるだけ。作物によってさまざまな種類の肥料を与えるとか、ローテーションを考える必要がないなんて、ものぐさのな私にぴったりだ。

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コンポストには、ここ数ヶ月、時々コーヒー豆のカスなど微生物やミミズが喜ぶ要素を加え、ひっくり返して空気を送りながら仕上がりを待ってきた。中には立派なミミズ王国が出来たものの、使用したウッドチップが十分細かくなかったので、完全にコンポストになるにはもう1年はかかるかもしれないと言われた。コンポストがないと始まらないノーディッグガーデニング。唯一大量に仕入れるのに現実的だったのは、市の清掃会社が回収する生ゴミから作るコンポスト。でも原料に疑問があり断念。こうなったら神頼み。神さま、近場で安全で確実なコンポストを与えてください! とお願いした。(もちろん本気!)

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そのすぐ後、新しく囲ったガーデンエリアと森の境界線になっていたブラックベリーの茂みをパ オロがトラクターで伐採したら、その下から何十年分、葉や枝などが積み重なって出来た天然コンポストが出てきた。

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天に願いが届いた瞬間。神さまありがとう!

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ガーデンエリアの斜面の下からコンポストを運び上げる。思い出したのは、『奇跡のマグネシウム』の著者、キャロリン・ディーン博士のインタビュー。カルシウムはマグネシウムが無いと身体に吸収されず、強い骨を作るには、野外で太陽を浴びて(ビタミンD!)ウェイトを加えた運動をするのがとても良いと言っていた。コンポストを山盛りに入れたバケツを両手に、坂を上り下りしながら、これで強い骨ができれば一石二鳥だ。

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今年はチャールズのカレンダーに従ってタネを植えてきた。チャールズがタネを植えるのは、発芽用の土でもなくコンポスト。発芽する時、軽い土を好むレタスなどのタネを植える時は、土を軽くし保水性や排水性を高めるパーライトやバーミキュライトを加える。それに加えてリサーチして気になったミネラル豊富な石の粉やコンポストティーなども。

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それをプラグトレーに詰める。近所で売っている黒いプラスチックのものは何年も使えなそうだったので、チャールズも10年以上使えると言っていた発泡スチロールのものを採用。

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排水の穴が小さかったので、加工して大きく。これで下から指で押し出すのも簡単にゆくゆくは土を型に入れて押し出して作るソイルブロックに移行したい。

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ギュギュッとしっかり押して詰め、くぼみをつけたら複数種まき(マルチプルソーイング)。ビーツやラディッシュ、エンドウ豆などは「仲間と一緒の方がハッピーに育つ」という。

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レタスやフェンネルなど小さい種は、小さい容器にパラパラまいて、発芽したら小さいうちに細い棒を使って優しく抜いて、プラグトレーに植え替え(プリッキング)、茎の上まで深く植える。

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ちなみに、チャールズがよく実験しているように、既存の発芽用土も買ってみた。中身はほとんどピートモス。発芽実験の結果、発芽用土ではなんとほぼ発芽しなかった。全部これに植えずに実験してみてよかった!

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手前のトレーが自然のコンポスト、隣には買った発芽用土。

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タネをまいたトレー、日中は窓の近くに、夜は暖炉の近くに。これは一度植え替えたトマト。うちは今だに暖房完備しておらずキッチンとリビングの暖炉(暖かいのは暖炉の近くだけ)のほか、ベッドルームともう一部屋にペレットストーブがあるだけで、それもいつもつけているわけではないので、作物によっては発芽に必要な温度を保つのはなかなか難しい。本当は1月にはグリーンハウスを作って ロバか馬の新鮮な糞とワラを使った温床を用意し、そこで育てたかったけれど、グリーンハウスが出来たのは3月になってから。

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グリーンハウスの壁一面は、プールの南側の石壁を利用。

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床にはウッドチップ。

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水をあげる時はウッドチップの上で。子どもたちにもお手伝いしてもらいやすい。写真奥が温床エリア。今年は遅くなったので来年に。糞を使った温床は確実に匂いがするから、子どもたち手伝ってくれなくなるかな。

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陽が照るととても暖かくなるグリーンハウス。家の中の温度が低いとパンを作る天然酵母もここで発酵。

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作物は小さいうちに外へ植え替え。はじめに植えたエンドウ豆やソラマメ、ビーツなどは寒さに強いのでもっと早く植え替えてもよかったものの、強風の日が続き雪が降ったりコンポストが霜で固くなったりして、機会を伺っていた。

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茎の割と上の方までしっかり植える (これでは甘い) 。エンドウ豆はお互いで支え合うのでもっと近くに植えればよかった。ただいま追加で発芽中。外まきでも育つけれど、チャールズはニンジン以外直接畑にまかない。させているところ。鳥の被害を避けるのと、管理しやすいからだそう。

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ロバたちから作物や果物の木を守るために囲ったガーデンエリア。

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柵をしてもメタルの網をかけるまで、柵を押し倒してモモたちに侵入された。すごい馬力。やっとロバよけが出来たと思いきや、柵をしていない森の方からイノシシやアナグマがやって来ることがわかった。それに、足元にはモグラ。

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モグラはミミズや幼虫を食べる。雨が降るとミミズは土の上の方に上がって来るので、モグラも地面近くに。グリーンハウスで育てた野菜をいよいよコンポストに植え付ける時、すでに出来ていたモグラの穴を踏みつぶしたり手で崩したりして植えたあと、雨が降りだした。すると、驚くことに目の前の地面が膨らんだと思ったら、あっという間に筋が出来た。モグラの通った跡だ。モグラは硬い土でも時速4キロで掘り進む。柔らかいコンポストにトンネルを作るのはきっと朝飯前。それで、モグラが嫌がる音周波数を出すソーラー式モグラ撃退器を設置してみた。

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効果は……、薄そう。地元の人たちに聞くと、殺さない方法ならモグラが苦手な匂いがするものを穴にまいて追い払うか、罠を仕掛けて遠くに放つしかないかな、とのこと。先は長そうだ。私のガーデンプロジェクトは柵の中に留まらない。ほとんどアカシアの雑木林になっていた畑の向こう側の斜面。ここにも手を入れることに。

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3年前の夏、今作っている畑の斜面で渦巻き状のシナジーガーデンをやっていた頃。これはこれで面白かったけど、勉強不足とほったらかしすぎてお手上げになった。この写真で見られるように、奥には一面アカシアの木が。毎年切っても切っても生えてくるアカシア。それに根が張り巡らされているブラックベリー。切るのは根が休んでいる冬や、下弦の月の時。根気よく切り続けていると、そのうち根が弱ってくるというのを信じて、毎年夏にこの状態になるアカシアと格闘しているわけだけれど、根が弱るのを待っていてはいつまでも整備できなそうなので、木を植えてしまうことにした。

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「未来のために根を生えさせよう」。地域に自生する木を無料で配布する、というエミリア=ロマーニャ州の植林プロジェクトのことを知り、2月末にプロジェクトに参加する植木屋さんを訪れた。

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日本のサクラやカエデが大好きなロレンツォは、代々植林に携わってきた。彼にいろいろ相談して、主に根付きの木(鉢植えでない木)を150本以上仕入れた。食べられる実がなる木を多く選んだ。

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これを全部植えるのか、と思うと少し後悔するも、将来立派な木に育ってミツバチや鳥たちがたくさん集まる素敵な森ができる喜びの方が大きく、せっせと植えはじめた。

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記念すべき一本目は、エンジュ。

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日本や中国、韓国では街路樹として、公園や庭園にも植えられ、ミツバチが喜ぶ花をたくさんつけそう。新芽はお茶に、乾燥させたツボミや莢果は止血作用から伝統薬として使われる。こんなことを調べはじめたら、好奇心は広がるばかり。黄金の紅葉と銀杏が楽しみで、イチョウも植えた。でも、植えた木が雌なのかオスなのかは花がつきはじめないとわからない。そして実がなるのは早くても10数年間~30年とも言われる。パオロが「それは時間がかかりすぎるなぁ」と言うと、ロレンツォは、大きな木を指差して、「あのニレの木は僕のおじいさんが40年前に植えたんだ。最近ではすぐ育つ木が人気だけど、子どもや孫たちの世代に残す木を植えるのも大切だと思うよ」。この言葉にハッとさせられた。結果をすぐに求めてしまう今こそ考えたいこと。「未来のために」できること、残したいこと、守りたいこと。

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木を植えるに当たって最大の難関は、ロバたちが食べてしまわないかと言うこと。通りに面した柵には6年前生垣でさまざまな木を二重に植えたけれど、残ったのはひと握り。あとは全部ロバの被害に。それで家に近いところだけ数種類植えて見て、一週間様子を見て、食べられてなさそうなものを植えていった。でも、柵の外側にある草を食べようとして踏まれたり(うちにも生えているのに。隣の芝は青い!)、引き抜かれたりしている。被害を最小限にるためと、成長を見守るために、畑の作物ほか植木パトロールも大切な日課に。

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柵の外ならロバ被害を気にせず安心して植えられる。去年12月にノーディッグ花壇を作った。今までは土にそのまま植えていて夏には雑草だらけになっていた花壇。

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ダンボールを敷いて、家の周りを掘った時に出てきた石で壁を作り、まだ完全にコンポストにはなっていないウッドチップのコンポストを敷き詰め、球根を植えた。霜や雪から守るために羊毛も敷いて、春を待っていた。

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2月の雪の後、羊毛を取り除くと、この通り。

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散歩する人たちがニコニコ花壇を見て手をふってくれる。石垣をつくっていると応援してくれて、立ち話。ロバをいつも見に来るとか、空き家だった時遊びに来たとか、いろんな話を聞いた。

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子どもたちは、花壇や庭の花を摘んでくる。窓際のレインボーカラーは元気をくれる。そしてお客さんが来ると、お見送りに花壇にわれ先にと駆けて行って、花をプレゼント。

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ちなみに、去年の夏はこの通り。チューリップの花壇は左側に。一歩遅れて1月末には右側も石を積んで花壇を作り、水仙やオーナメントネギ、牡丹などを植えた。牡丹の花が咲くのはおそらく来年。楽しみ。

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しばらく寒い日が続いた4月。久々に穏やかに晴れた日。作りたてのフレーズを空に向ける。写り込んだ鳥を知りたくて、野鳥に詳しい友だち、パオロに見せると、「これはタカ科のヨーロッパノスリ。求愛ダンスを踊りながら上空から降下しながらペアになるんだよ。」と教えてくれた。フレーズは、「私たちは自由になるために生まれた」。私は自由。毎日唱えて いる言葉。

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毎日眺めている風景。ここで大地に足をおろして日々過ごし紡ぎ出された言葉たちは、春の使者、ツバメたちのリースのなかに。

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深呼吸してうち(身体)にかえろう
身を任せば新たな扉が開く
すべては天の導き
宇宙はあなたの味方
勘を目覚めさせよう
答えは自分の中に
私たちは自由になるために生まれた
創造するために
生きる(経験)するために

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眠っていた木々は、日々みずみずしい緑色の葉を芽吹かせていく。何でも博士のパオロは、鳥たちの歌声に加えて「あの緑色はコブカエデ。あの黄色がかっているのはリンデン。」と教えてくれる。それに花々が彩りを添える。ワイルドプラムが咲いたあとはサクラ、洋ナシ、そして今はリンゴが満開。

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食べられる、薬になる野草のことに興味を持ってから、野原がただの野原でなくなった。野菜作りは土からと分かってから、土やミミズや菌類にワクワクし、接木や木を植えるようになり樹木の観察が面白くなり、鳥の歌声や生態が分かってくると、ただうっとり聞いていた歌声が会話に聞こえてきた。

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ただ眺めていたこの景色が、四次元、五次元の世界になった。自然のリズムで生きるようになると、勘が冴えてくる。やりたいこと、方向性がはっきりする。真実はどこにあるのかが、感覚的に分かるようになる。感情的になったり落胆したり戸惑ったりすることはしょっちゅう。それを 体験していることを無視せず受け止めたら、静かに深く呼吸して、自分のセンターに戻る。それから楽しい方、ワクワクする方にチューニングして、気の流れを変える。私はその術を自然の中で学んでいる。もう元には戻れないし、戻りたくもない。どんなに世の中が混乱しても、迷ったら、いつでも深呼吸して、プログラミングされてきたロジカルな自分のボリュームを下げ、感覚や、心の声に耳を傾ける。そして祈りを捧げる。

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すべては天の導き通り。今この時代を選んで生まれてこれてよかった。大地に足をしっかりつけ、日々をめいっぱい楽しみたい。

小林千鶴

イタリア・ボローニャ在住の造形アーティスト。武蔵野美術大学で金属工芸を学び、2008年にイタリアへ渡る。イタリア各地のレストランやホテル、ブティック、個人宅にオーダーメイドで制作。舞台装飾やミラノサローネなどでアーティストとのコラボも行う。ボローニャ旧市街に住み、14年からボローニャ郊外にある「森の家」での暮らしもスタート。イタリア人の夫と結婚し、3人の姉妹の母。
Instagram : @chizu_kobayashi

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