ボローニャ「森の家」暮らし

何があっても大丈夫。生きる奇跡を貴ぶ11月。

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毎日が飛ぶように過ぎてゆく。朝日が昇る方角と夕日が沈む方角の角度が日に日に狭くなり、日照時間は目に見えて短くなっていく。

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太陽は高く昇らないので、一日中長い影ができる。

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朝は霜が降りるようになり、窓の外の景色もすっかり秋色に。こんな秋晴れの日は朝から洗濯機がフル回転。夏場はあっという間に乾いた洗濯物、いまでは天気が良くてもなかなか乾かなくなった。来週からグッと冷え込み雨や雪予報も出ている。良い天気の日は子どもたちを学校に送ったら、犬たちと素足で庭を歩いたり、木に寄りかかって座って書き物をしたり、ヨガをしたりしたり。寒さが厳しくなり、暗く湿った日々が来る前に、外で過ごす時間を楽しんだ。

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今月、うちの(四つ足の)長女、ゆずは14歳になった。

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筋肉は衰え痩せてきて、つまずいたり段差を上るのが大変になってきたりしたけれど、相変わらずロバを追いかけ回して元気。

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やんちゃなエミリー、ゆずにはかまってもらえないけどゆずの脇でひとり遊びして、いつの間にか寝ていることが多かった。

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子犬がいると何かと大変。いつも家にいる私が面倒をみるわけで、パオロが勝手に手のかかる子犬を連れて帰ってきたことに文句を言ったりしながらも、何もかもが新鮮で、ワクワクのエネルギーがとまらないエミリーに、ハッとさせられることも多かった。こんな日がずっと続くんだろうと思っていた。しかし、そんな日は、突然終わった。

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それは雲ひとつない晴れ渡った日のお昼近く。荷物を取りがてら門の外の花壇まで行ったのについて来て、エミリーは事故にあってしまった。一瞬の出来事だった。信じられなかった。震えが止まらなかった。すぐ後に通りかかった町のリーダー、パオロは言った。「残念ながらこういうことははじめから『本』に書いてあるものなんだ。昔、同じくらいの子犬をもらって翌日森に行って木を切ったら、不幸なことに一本目の木がまさか子犬の上に倒れたんだ。この子は短い間沢山愛されて、今回生まれて来た使命を果たしたんだと思うよ」。

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いつもは子犬を連れて学校に迎えに行くところ、パオロがひとりで迎えに行ったので、子どもたちは早く帰ってエミリーと遊びたい!と思っていた。それが、もうエミリーはいないという知らせに、みんな泣き崩れた。特に長女のゆまは、我が子を無くしたかのように痛烈に泣き叫んだ。あなたは私の光なの。何があってもあなたを守るって誓ったの。どうしてもういないの、どこに行ったの。あなた無しでは生きたくない。私の元に帰って来て、帰って来て‥‥‥。

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夜も一緒に寝ていたのが恋しくて、夜中にひとりで声をあげて泣いていた。一緒にロウソクを灯し、お祈りをした。エミリーの魂は、呼べばいつもゆまの近くにいるよ。炎はゆまが話しかけると時折パチパチと小さな花火のように答えた。まるでエミリーと会話をしているようだった。長いロウソクが消えて無くなるころ、ゆまは少し落ち着いて、またベッドに戻った。心に傷を負った時、もうどうしたらいいかわからないとき、スピリチュアルな習慣が何かあることは、精神状態を穏やかにするためにとても大切だということを、身をもって感じた。

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眠れぬ夜を過ごしたって、夜は明ける。エミリーがいなくなった日、パオロはエミリーのブリーダーに連絡を取り、事情を話したところ、すでに行き先が決まっていた(というのは後から聞いた話)姉妹を迎えることになった。

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二日後、300キロ離れたアルプスのふもとから、ボーダーコリーのブリーダーでトレーナーのマッシモがやって来た。マッシモは、どこに行くにも一緒だという6匹のボーダーコリーの相棒たちを連れて来た。彼は、ブリーダーをやって何匹も子犬たちを見ていると、元気に生きていく子、そうでない子の見分けがなんとなくつくという。エミリーは生まれた時から消化の問題があり、そのまま放っておけば死んでしまう子だったけれど、一日中お腹をさすってあげて手塩にかけて育てたら、兄弟でいちばん元気な子になったそう。それでも、そう長く生きられない運命だったのかもしれないという。それでも、パワー全開で生きたエミリーは、幸せだったに違いない。

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この日は新月でディワリ、ヒンドゥー教の新年を祝うお祭り。インド最大の光のお祭りでもある。旅立った命を見送り、新しく迎えた命を祝う。そして家族にとって新たな始まりをたくさんの光でスタートする。そんな気持ちで、みんなでロウソクを灯して手を合わせた。

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こうして新しく家族の一員になった、エリー。シャイで臆病なエリーは、新しい環境に慣れるまでに少し時間がかかったけれど、だんだん調子が出て来た。

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猫や鶏たちを追いかけるのが大好き。3歳になるオーストラリアンキャトルドッグのメリーナは苦手。

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半分ボーダーコリーのゆずは大好き。でも寄り添って寝ることはなく、よく暖炉の隅で寝ていて愛らしい。

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子どもたちは、「エミリーって呼ぶほうが反応する」というので、いつの間にか名前はエミリーになった。

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エミリーが旅発った日。子どもたちが涙涙しているなか、ふと、みうが「今日学校に盲目のイヴァンが盲導犬のカイルと来たんだよ」と話し始めた。するとゆまも「中学校にも来たよ!」とお互いの体験談を話し始めた。イヴァンは私と同世代。6年前に病気で視力を失った。すべてはエネルギー。失った感覚、エネルギーは無くなる訳ではなく変換され、別の感覚が発達する。それで彼は「バージョンアップした人間」になったという。学校でみんなが驚いたのは、手を少し触っただけで、肌の色、髪の長さ、服や靴まで言い当てられたこと。みうには、「100%イタリア人ではない、東洋系が入っている。髪は肩の長さくらいでジーンズのオーバーオールを着ている」と言いあて、耳元で「誰にも言わないけど、一本歯が抜けてるね」と言った。みうは魔法にかかった気分だったという。

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あったかいお茶にビスケットを浸しながら、いつもにないほど話は盛り上がり、みんなに笑顔が戻った。みうは「盲目ってかっこいい!私もスーパーヒューマンになりたい!」と目をキラキラさせていた。こんな素晴らしい出会いがこんなに悲しい日にあるなんて。

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何も偶然はない。物事はただ起きるもので、それ自体には意味はなく、各々が意味を与える。解釈の仕方も、それに対する感情とどう過ごすかも、人それぞれ。

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思い出しては涙を流すゆまの肩を抱きながら、泣きたいだけ泣いていいんだよ、我慢したら身体のどこかにトラウマになって溜まるから。いろんな感情や考え事が湧いてくるものだけれど、それは小川のように流れて行くもの。何も永遠に続くことはなく、すべてのことは空の雲のように常に変形しながら過ぎ去って行くもの。辛かったり悲しかったりパニックになりそうになったら、深呼吸して、頭から心に意識を向けて、今ここに生きていられることに感謝してごらん。感謝のエネルギーは重く鈍い思考から一歩外に出て、新たな気持ちで歩み出す起動源になる。

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そんな話を、今月13歳になる思春期に入るゆまに話せておけてよかった。イヴァンが隣町の学校に行った日、イヴァンを知る友だちから連絡先をもらって、学校の後バールで会うことができた。直接お礼が言いたかったのだ。イヴァンはスタイリッシュで、こげ茶のカシミアのジャケットの胸元には赤いハンカチがのぞき、茶色の革靴はピカピカに磨かれていた。両手の甲には和風のタトゥーが入っていて、聞くと全身の7割がタトゥーで覆われていて、そのほとんどは和柄だという。そして多くは目が見えなくなってから入れたそうで、「柄のリクエストはしたけれど実際何が描かれているかはわからないからね、もしかしたらトイレの絵が描かれてたりして」なんてジョークも。大好きなのは「サーキットで走ること。隣のアシスタントを信じてハンドルを切ると訳だけど、そのスリルといったら。アドレナリンの塊になって最高の気分だよ」。実は命を絶とうとしたこともあり、それがうまくいかなくて、その後自分の中で何かが変わり、生きることを目一杯楽しむことにしたそう。彼は隣には必ず目には見えないガイドがいて、常に導いていてくれることを知っている。私もそう信じている。

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先月亡くなったチベットヤギのクルミ。姉妹のクリが1匹だけになってしまったので、ワイナリーを営んでいるダニエラが従兄弟の子ヤギを連れて来てくれた。

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名前は、この子ヤギを可愛がっていた甥っ子の「強そうな名前がいい」というリクエストに答えて、「イガ」に決定。

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今月はドラマチックで、何かエネルギーが大きく変動した月のように感じる。ゆずと同じ誕生日の友だち、イヴァーナが、誕生日に行きつけの美容院に行くというので、私も「秋の剪定」をしに一緒に行くことに。

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ボローニャでトップのマルコの美容院は私が生まれた年に創業。今ではミラノにも支店を持ち、イタリア国内外のミュージシャンほかアーティストのヘアスタイリングも手がける。

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お任せで髪をバッサリ切って、お茶しておしゃべりして、天井がある公園で卓上サッカーゲームに熱狂して、リサイクルショップで大理石の小鳥用水飲み場を見つけて、満たされた気分で家に。

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すべてがなんでもないけどすべてが特別に思える。辛いことがあると、楽しいことがよりキラキラ感じられる。

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パオロが席を置く建築組合主催のヴェネツィアビエンナーレ展ツアーに行った日は、学校がストで休校。幸い友だち家族が子どもたちと動物たちと一緒に過ごしてくれて、予定通り出かけられた。

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水の都で建築、アート鑑賞をして、街をそぞろ歩きして、ヴィンテージのウィンドウに惹かれたバール兼パティスリーでつまみ食いをして、書店をまわって子どもたちに本を買って、ボートのタクシーで帰りのバスまで移動。

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どんな水路を辿っても、間違いなく海に出る。人生と一緒だ。たとえ遠回りしても思いもしない水路を辿っても、最後にたどり着くのは同じ海。空を見上げて、景色、工程を楽しみ、導かれていることを信じて、この世に生きることの奇跡を存分に楽しみたい。

小林千鶴

イタリア・ボローニャ在住の造形アーティスト。武蔵野美術大学で金属工芸を学び、2008年にイタリアへ渡る。イタリア各地のレストランやホテル、ブティック、個人宅にオーダーメイドで制作。舞台装飾やミラノサローネなどでアーティストとのコラボも行う。ボローニャ旧市街に住み、14年からボローニャ郊外にある「森の家」での暮らしもスタート。イタリア人の夫と結婚し、3人の姉妹の母。
Instagram : @chizu_kobayashi

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