出雲の旅2:出西窯へ。
こんにちは、編集MIです。少し時間が経ってしまいましたが、前回出雲の旅1にてビショップ出西店のご紹介をしましたが、今回は同じ敷地内にある出西窯のご紹介です。
出西窯の看板。
出西窯は、昭和22年創業。地元の青年5名が、この出西の土地で美しいものを作りたいと、多々納弘光さんが5人の友人とともに、20歳の時に工房を開いたそうです。同郷出身の河井寛次郎にも教えを受け柳宗悦の民藝の思想に共感し、日常をささやかに彩ってくれる、素朴ながら美しい「用の美」のうつわを私たちに届けてくれています。
柳宗悦の教えをもとに、バーナード・リーチにも指導を受けてきたこの窯は、民藝――毎日の食器を作るということを続けてきました。地元の粘土、自分で調合できる釉薬、自分の手でつくる、ということを実直に実践。現在は17名のスタッフが日々製作をしています。
工房の様子。釉薬をかける場所。
この鍋は、実はビショップで販売していたもの。ある日、試しに使ってみたら、とても使い勝手がよかったのだそう。それ以来愛用しているのだとか。
こちらは、ろくろを回していた途中でしょうか。
壁にかけられた帽子や箒、切り抜きも素敵。
たくさんのうつわが焼かれるのを待っています。
昭和40年から設置された登り窯。1番から6番まである6連房の登り窯は、それぞれ特性が違うそうです。
薪は細い隙間に投げ入れます。1回で3束から4束だそう。
登り窯は年間12回ほど使用していたそうですが、灯油の窯が入ってからはそれと並行して年4回に。松を燃料にしていたけれど、現在、中国地方はほぼ松がなく、調達が難しいそうです。そのため、いまは檜を並行して使用。あとは廃材、針葉樹で。かつては専門の薪やさんがあったのですが、これも県内ではなくなってしまったそうで、現在は岡山の業者のみ。今後なんとか続いてほしいものです。
登り窯は前面に灰が付着し、反対側にはつかない。それが登り窯の1番の特徴。窯焚きは8人チームでやっていて、全部で丸2日間かかるそう。さらに窯入れは1週間、窯出しは半日。薪をうまく投げられないから、5年か6年たたないとチームには入れないのだとか。「窯焚きは本当に楽しい。オレンジの光がぱーっと流れる時。神様はこういうところにいるんだなと思う」と、出西窯の陶工であり代表を務める多々納真さんは言います。
工房の隣に立つショップ、くらしの陶・無自性館。
工房の隣には、焼き上がったうつわを購入できるお店、くらしの陶・無自性館があります。ここは、出雲民藝館近くにあった米蔵を移築して建てられました。屋根は石州瓦を使用。松江市でとれる来待石を粉々にして釉薬をかけると石州瓦の柿色になるそうです。
焼〆ボウルが並びます。
美しい出西ブルー。
カップがずらりと並ぶ棚。
趣深い色のグラデーション。
2階から1階を見下ろした図。
出西ブルー=呉須をはじめ、飴、緑、黒、白とさまざまな色がありますが、かつては、登り窯で焼く黒釉が人気でしたが、30年程前から呉須の青い釉薬が人気が出始めたそう。飴がよく売れるのは東京ですが、大阪ではほとんど売れないという、都市によっても異なるのもおもしろいですね。工房をじっくり見学した後、お気に入りを探してみてください。
出西のうつわ(右)で朝食。フルーツもよく似合います。
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