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「神の比率」を持つ幻のシャンパーニュ......。日本先行発売「アンリ・ジロー DP12」の超希少な味わいとは?

編集者が訪れたワインの試飲会、セミナー、生産者の来日イベントなどをレポート! ワインを取り巻く「いま」をお伝えします。今回は、日本で先行発売となった「アンリ・ジロー DP12」の味わいについて。元々生産量が少なく、「幻のシャンパーニュ」と呼ばれるアンリ・ジローの中でも生産本数限定で造られることとなった同キュヴェ。来日した醸造責任者が「神の比率を持つ」と語る、その理由とは?


400周年を迎える老舗シャンパーニュメゾン、アンリ・ジローとは?

世界の数多あるワイン産地の中でも、特別な響きを持って讃えられるのがシャンパーニュ。栄養価の乏しいわずかな表土の下には、太古の時代に積み重なった硬質な石灰質の土壌が眠る。一般的な考え方からすれば農作物には適さないようにも感じられるが、ブドウは痩せた土地でこそしっかりと根を張り、その土地の気候や個性に影響されることで、他ではあり得ない個性を獲得したワインに仕上がるのだ。来日したシャンパーニュメゾン、アンリ・ジローのシェフ・ド・カーヴ(最高醸造責任者)セバスチャン・ル・ゴルヴェ氏は「天才は苦しみの中で生まれます。アイ村のブドウも苦しい土壌の上で美しく育つのです」と語り始めた。

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シェフ・ド・カーヴのセバスチャン・ル・ゴルヴェ氏。シャンパーニュ地方のランスで生まれ、アイ村で育つ。大学では建築学を専攻し建築士の免許も取得したが、シャンパーニュ造りに魅了されアンリ・ジローで研鑽を重ねる。先代当主クロード・ジロー氏に腕を買われ、2004年にセラーマスターに就任。14年からは醸造責任者としてブドウ栽培、醸造、そしてアンリ・ジローの個性を生み出す「樽」に関する全てを統括している。

アンリ・ジローはルイ13世統治下の1625年に創業者フランソワ・エマールがシャンパーニュ地方のアイ村にブドウ畑を購入したことに端を発する、来年創業から400周年を迎える老舗のシャンパーニュメゾン。2023年には13代目の新当主にエマニュエル・ジロー氏が就任し、ワインのさらなる向上を目指している。そのアンリ・ジローのブドウ栽培からワイン醸造、熟成から瓶詰めに至る工程の全てを決定しているのが、シェフ・ド・カーヴのル・ゴルヴェ氏だ。

「アイ村には2000年のブドウ栽培の歴史があり、古代ローマ人の文献に同地のブドウについての記述があるほどです。2015年にはアイ村の丘陵、そしてアイ村のカーヴがユネスコの世界遺産にも登録された美しい場所。南向きの斜面が続くテロワールからはミントのようなフレッシュさ、フルーティな赤い果実、アニスのような香りを持つピノ・ノワールが出来ます。地下には200メートルにも及ぶチョーク(石灰)層があり、そこから由来するミネラルの長い余韻が、私たちのシャンパーニュの特徴のひとつです」

自社の畑では30年以上、農薬や除草剤、殺虫剤を使用していない。2018年にはワインに含まれる残留農薬がゼロであることを証明するラベルを、シャンパーニュで初めて掲示した。ブドウ栽培においてストイックな姿勢を示すアンリ・ジローだが、彼らのシャンパーニュにはアイ村で育つピノ・ノワールとシャルドネのテロワール以外にも、もうひとつの重要な要素がある。それが他のシャンパーニュメゾンには真似できない、アンリ・ジローだけが可能な「アルゴンヌのオーク(樫)」のテロワールの試みだ。

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「アルゴンヌの森」から生まれる樽は、アンリ・ジローを熟成させる「宝石箱」。

「アイ村のテロワールから生まれたブドウは、まさに天然のダイヤモンドのような美しい宝石です。しかし、さらに美しく表現するためには、それを磨き上げ、宝石箱に入れなければならない。アンリ・ジローのシャンパーニュにとって、アルゴンヌの森で育まれたオークでできた樽はまさに宝石箱なのです」

アルゴンヌの森は、アイ村から東に70キロ進んだ場所にある。1億1000万年前から続く、二酸化ケイ素の多い痩せた土地だ。16世紀、フランスでは軍艦を建造する時にアルゴンヌの森からとれたオークを使用していた伝統があるほど、密度が高く水に強い性質を持った樹が育つ土地だった。当時から、植樹をする際にはあえて樹間の密度を高くして日当たりを悪くし、光を求めて高く育つようにした。

「アンリ・ジローのチームはアルゴンヌの森の中に10カ所の『樽のため』のテロワールを発見してきました。たとえば『シャトリス』と呼ばれる地域で育つオークの樽に入れて熟成したワインは力強く、尖った味わいに。『コントルリー』の樽ではアプリコットやミラベル(西洋プラム)のような黄色いフルーツの要素が、『バルミー』の樽からはベルベットのような滑らかさがワインに加わります」

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セミナー中に図を書いて説明してくれたル・ゴルヴェ氏。樹木の根本部分から上にかけて8段階に区分けし、どの部位から使用するかで樽の個性に変化が生まれるのだという。

「さらに、伐採したオークの木は根本から頂点にかけ、8段階に区分しています。下の方が力強い味わいを生み、上部ほど繊細な味わいを持つワインが生まれやすい。アンリ・ジローでは、どの高さの樽を使ったかも記録しています。アイ村150以上の区画で造られるブドウ、10カ所の樽のテロワール、樹木の位置......。これら全てを踏まえ、毎年、収穫の1週間前に契約している樽の業者へと足を運びます。アイ村で試したブドウの味を思い出しながら、その年に使う樽を選別するのです」

伐採された樫の木は、タンニンを抜き、また反りが出ないように3〜5年をかけて野晒しにされる。

「5年かけて野晒しにしても、オークはタンニンが強い樹です。ですが、それを樽に仕上げてトースト(注:樽の中を焼き付けること)することで、あたかもシェフが素材に火を入れるように、樽のタンニンさえ調理してアンリ・ジローが目指す樽の個性を造り上げていきます。大量生産をしたければステンレスタンクや大容量の樽を使うのが効率的でしょうが、我々はあえて小さな容量の樽にこだわる方向性に回帰しています。ここまで樽にこだわっているメゾンは、他に例がないと自負しています」

樽に使うオークの樹は平均樹齢200年。もちろん、サステイナブルな観点も忘れてはいない。

「伐採の作業はフランス森林局とともに行い、どこの区画を使用したのか必ず記録します。そして森林局と協業で植樹も行っています。木箱入りシャンパーニュが1本購入されるごとに、樹齢2年の若木を1本植樹することにしています。200年後、7、8世代後にも、アンリ・ジローのシャンパーニュがアルゴンヌの森とともにあるためです」

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アンリ・ジローのDNAを伝える「パーペチュアルリザーブ」と、良年にしか造られない「アルゴンヌ」。

アイ村のテロワールから生まれたブドウと、妥協なき樽の管理から生まれるアンリ・ジローのシャンパーニュ。その味わいの指針になるのが、毎年新しいワインが出来るたびにワインを継ぎ足して保存してきた「パーペチュアルリザーブ」だ。

「あるタンクは1950年代から保存したワインも混ざっているものがあります。90年代から始めたものもありますが、それは『90年代のワインからの連続』ではなく『アイ村に伝わるワインのDNAを引き継いでいる、その最後尾がここにある』のだと考えているのです。2014年にはセラーの工事を行い、パーペチュアルリザーブのセメントタンクがマルヌ川に沿うよう地中に設計し、年間平均温度が10.5度を保つようにしています」

毎年全体の20%ほどを新規で追加する。ル・ゴルヴェ氏は「古いワインが新しいものを教育し、新しいものがフレッシュさを追加する」と語る。「フュ・ド・シェーヌ MV18」は、2018年に収穫されたブドウを使用したワインをベースに、パーペチュアルリザーブをアッサンブラージュ(配合)したマルチヴィンテージのシャンパーニュだ。

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非常に明るい黄色の外観通り、黄色いアプリコットなどのフルーツの味わいが広がる。「フュ・ド・シェーヌ MV18」750ml ¥45,100/48,400(箱なし/木箱入り)

「パーペチュアルリザーブはこれぞアンリ・ジローという慣れ親しんだベースライン、そして新ヴィンテージがシャンパーニュにとっての『筋肉』を形作ります。ピノ・ノワールが80%、シャルドネを20%使用します。新樽は50%使用、その他は古樽で熟成させたワインです。ミントのフレッシュ、黄色いアプリコットやミラベル。そして『口の中いっぱいに広がる』ミネラル性の余韻......。口に含めば、90年から18年までの収穫の思い出が甦ります」

アイ村で育つアンリ・ジローには、非常にしっかりとした酸があり、ごく繊細な泡立ちが口中を穏やかに通り抜けていく。香りはりんごや洋梨などの果実の若々しさ、ビスケットのような大胆さまで、複雑な変化を遂げる。非常にふくよかな、丸みのある味わいが好印象で、食事との相性も抜群だろう。余韻が非常に長く続くのには驚かされた。

そして、アンリ・ジローの最上級キュヴェが、良質なブドウが収穫された時のみに造られる、樽を育む森のテロワールを結集させた「アルゴンヌ 2015」だ。これまで2002年、04年、08年、11年、12年、13年、14年の7回のみ出荷、今回の2015ヴィンテージで8回目の瓶詰めとなる。アイ村のグランクリュのブドウのみ、ピノ・ノワールを90%、シャルドネを10%の比率でアッサンブラージュ。樽の個性が活きるように全てのワインを新樽で発酵、熟成させている。

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左がフュ・ド・シェーヌ MV18。右はアルゴンヌ 2015 750ml ¥165,000(木箱入り)

「アルゴンヌのオークは軍艦を造ってきた歴史があります。このキュヴェを味わうということは、まさにアンリ・ジローという船の『指揮官』の仲間入りを果たしたということです。ボトルデザインは先代当主クロード・ジローが、瓶内熟成の際にどこにも引っ掛かりがないような滑らかさを追及して作り上げました。ボトルの上はアグラフ(留め金)でもキャプセルでも留めることができます。また、ボトルの前面には金細工師のウーヴェ・シェーファーによる手作業で1本ずつ、金箔を貼っています。この金箔は1枚として同じものはなく、また擦れれば剥がれ落ちたり、削れたりしてしまう。『永遠というものの脆弱性』を、ボトルからも表現しているのです」

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先ほどのフュ・ド・シェーヌよりも黄金色が強い。円熟味のある香りだが、味わいにはまだフレッシュな酸味も感じ、ここからの熟成ポテンシャルがまだまだ長いことを想起させる。

香りはすでに白トリュフなどのキノコの妖艶さが漂い、そこに樽由来のモカ、白い花が広がる複雑性のある構成に。口に含むと、よく成熟したカシスなどの黒いフルーツが力強く立ち上り、同時に高い酸味からくるフレッシュ感に感動を覚える。スパイシーな余韻にミネラル感が加わり、口の中にいつまでも味わいが尾を引く。酸化熟成の複雑さも加わり、とてもエレガントな味わいであると同時に、このワインがまだまだ熟成の可能性を秘めているということに、思わずため息が漏れた。

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3%のリザーブワインがもたらした、黄金比を持つシャンパーニュ「DP12」。

2025年に創業400年を迎えるに当たり、アンリ・ジローが数量限定で生み出したキュヴェが「DP12」。Divine Proportion(神の比率=黄金比)という名前が付けられた、究極のボトルだ。

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DP 12のベースとなる2012年収穫のワインを熟成させていた卵型の陶器のタンク。

「毎年、できたワインの3%は必ずとっておき、実験的なキュヴェに使用したりしています。2012年は理想的な年で、グランクリュの中でもレ・ヴァルノンという、アイ村で最も痩せた土地の畑から出来たピノ・ノワール100%のワインを、2010年ごろから使い始めた卵型の陶器のタンクに実験的に保管してみました。この卵型は黄金比に基づいて設計されており、内部のワインは微妙な温度差によって、常に静かに流動し続けます。それによりワインは澱に触れ、澱が酸化防止剤の役割を果たしてくれるのです。さらに、ワインには澱からの旨味や風味も添加され、より複雑性を増します。特に赤いフルーツのフルーティさが際立つので、このタンクはぜひピノ・ノワールに使いたいと思っていたのです。そのワインに、黄金比の割合(1に対し1.618)になるようにパーペチュアルリザーブのワインを2013年にアッサンブラージュしティラージュ、2014年にデゴルジュマン(澱引き)を施しました」

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サイズはマグナム(1500ml)とジェロボアム(3000ml)の2種類のみ用意。「アンリ・ジロー DP12」1500ml ¥1,430,000(木箱入り、世界限定388本)/ 3000ml ¥3,300,000(木箱入り、世界限定192本)

「ボトルデザインは、こちらもウーヴェ・シェーファーによる手作業で金箔を1本ずつ貼り付けていきました。また、アグラフはランスで金、宝石細工業を営むローラン・バラトーが、シャンパーニュの石灰を想起させるオウム貝を彫金しました。18金で出来たアグラフはペンダントトップになっており、抜栓した後もいつまでもこのシャンパーニュの味わいを思い出として身に着けることができるのです」

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右奥のグラスがDP12。琥珀色に近い、熟成感を感じさせる色合いになっている。

香りはやはりキノコを感じさせる、ふくよかな芳醇さが漂う。同時に焼きたてのブリオッシュやトーストなど、酵母の由来の香りが華やかに広がる。口に含むと非常に熟したフランボワーズ、そしてバニラが抜けていく。そして常に口の中にはミネラル感が滞在し、旨味を伴っていつまでも伸びていき、最後に若干の苦味を残して優雅に波が引いていく......。

このワインは、世界に先駆け日本で先行発売となった。2004年から正規輸入代理店を務めるアンリ・ジロージャパンとの関係も20周年を迎えるにあたり、ル・ゴルヴェ氏はこう語った。

「日本のお客様からは常に職人文化、サヴォワフェールへの深い理解がありました。他の国と比べても、圧倒的に親近感を覚える市場なのです。この特別なボトルを販売するにあたり、日本を最優先に考えるのは当然のことでした」

抜栓、サーブを担当したアンダーズ東京の森覚ソムリエは、DP12を「シームレスな、究極の球体」と表現する。

「滑らかさ、苦味、そして旨み。軽やかですが、常に余韻に残る味わい。より熟成が進むのが楽しみで、ぜひ真骨頂を味わってみたいです。いつ、誰と、何を合わせて抜栓するか......。開けるまでワクワクさせてくれる、持っているだけで幸せなシャンパーニュですね」

神は永遠に幾何学する、と哲学者プラトンは言った。黄金比によって生まれた唯一無二のシャンパーニュ、限られた本数しかないアンリ・ジロー DP12の味わいは、それを飲んだという以上の幸福感を、確かに感じさせてくれる。

●問い合わせ先:
アンリ・ジロージャパン
www.kfw-henrigiraud.co.jp
編集カナイ フィガロジャポン編集部、WEBグルメ担当。大学時代、元週刊プレイボーイ編集長で現在はエッセイスト&バーマンの島地勝彦氏の「書生」としてカバン持ちを経験、グルメの洗礼を浴びる。ホテルの配膳のバイト→和牛を扱う飲食店に就職した後、いろいろあって編集部バイトから編集者に。2023年、J.S.A.認定ワインエキスパートを取得。好きなワインのタイプはイタリアをはじめとした日当たり良好系。

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