栗山愛以の勝手にファッション談義。

ボディホラーな映画『サブスタンス』はアンチエイジング、ルッキズムを変えるのか?

公開中の映画『サブスタンス』を観た。

「元人気女優のエリザベス・スパークル(デミ・ムーア)は、容姿の衰えから仕事が減少し、再生医療"サブスタンス"に手を出す。すると若々しいスー(マーガレット・クアリー)が現れ、2人は"1週間ごとに入れ替わる"というルールを守りながら1つの精神をシェアすることに」という、「ルッキズム」や「アンチエイジング」といったファッション業界と密接なワードが関係しそうなあらすじがずっと気になっていたのだった。

資料によれば、フランス出身の監督、コラリー・ファルジャは「40歳の時、ある年齢に達したら価値がなくなるというくだらない考えが頭を占領していき、本作の脚本を書こうと思い立った」と語ったらしいのだが、彼女は私と同じ1976年生まれ。そして、エリザベスは私の年齢と大して変わらない50歳という設定である(演じるデミ・ムーアは現在62歳)。代謝が落ちたとか、髪の毛に元気がなくなってきたとかいう悩みはあるが、私が彼女たちのように「自分の価値がなくなる」と恐れるほど年齢について深刻に考えていなかったのは、シルバーヘアで、シミもシワもそのままで自然体で歳を重ねているジェーン・バーキンとか、先日来日したパティ・スミスとかの佇まいに憧れを抱いているからか。

服装と同様、「似合っていない」のが一番見苦しい気がし、身だしなみ程度にメンテナンスは行うつもりではあるものの、薬や手術で無理やり「若作り」をして違和感が出るのは避けたいと思っているのだ。

250516-substance-001.jpg

いやしかし、ここのところ海外でオゼンピックがダイエット薬としてセレブの間で流行しているようだし、エリザベスやかつてのファルジャ監督がとらわれていた価値観が存在することは重々承知している。「多様性を尊重しましょう」と声高に叫ばれるようになった昨今にあっても、スーの姿が理想とされる「昔ながらの美」への支持は根強い。最近読んだ海外誌の記事ではっと気づいたのだが、2025-26年秋冬バレンシアガでタンクトップ着用の筋骨隆々のメンズモデルが複数人ランウェイを闊歩し、新進ブランドのデュラン・ランティンクで女性モデルがシリコン製のムキムキの男性の胴体を身につけていたのは、男性の中でもそうしたマッチョさを美とする、古臭くも思える価値観がいまだ、というかより一層?! 幅をきかせていることをデザイナーたちが読み取ったからなのだろう。

250516-substance-002.jpg

こうした現状をふまえて、ファルジャ監督は、肉体の変異、切断、大量の血などを伴ういわゆる「ボディホラー」的な手法で「ある年齢に達したら価値がなくなるという考え」を振り払おうとしていく。

ところでボディホラーの代表格は奇しくも『クィア/QUEER』の回で私が作風が苦手、と名前を出したデヴィッド・クローネンバーグ監督。『サブスタンス』もなかなかのグロテスクさを披露しているのだが、極端に表現しているだけで、整形やボトックス、脂肪吸引なんかも手術室で見学したら立派なボディホラーなのかもしれないとも思えてくる。

そんなことで『サブスタンス』には時々目を背けてしまうシーンもあるが、クローネンバーグ作品のように(?!)途中で離脱してしまいたくなるほどではない。それは、ユーモアが散りばめられていることと、ポップな味付けにある。そして、後者には、ファッション的な要素が大きな役割を果たしているのだ。

現代を描いてはいるが、エリザベスやスーが出演する番組を収録するテレビ局のオレンジ色の廊下やエリザベスの家のリビングやバスルームといったインテリアやファッション、ヘアメイクにはレトロなムードが漂い、スーのスタイルにはY2Kの薫りもする。スー役のマーガレット・クアリーはモデルの経験もあり、2020年からシャネルのアンバサダーを務めていてモード界と親和性が高いからか、さすがの着こなし力を発揮していた。そして、再生医療「サブスタンス」キットのデザインがかっこいいのだ。同じく分離もの(?!)のApple TV+で配信中のドラマ「セヴェランス」のこだわり抜かれたオフィスグッズのデザインを思わず彷彿とさせるが、そうしたポップな装いや空間作りが、グロテスクさを緩和している。

250516-substance-003.jpg

というわけで、フェミニズムの議論などにも発展しそうな主題についてはもちろん、ボディホラーとは何たるか、女優デミ・ムーアの現在(昨年ディオールのメンズのショーで愛犬を抱えて来場していた彼女を見かけ、ちょっと異様な感じはしたのだった......)についてなどにも思いを巡らせてしまう本作。レトロなムードが漂う中、生々しい効果音と共に繰り広げられるポップ&グロテスクな世界をぜひ大画面で堪能してみてください!

栗山愛以

ファッションをこよなく愛するモードなライター/エディター。辛口の愛あるコメントとイラストにファンが多数。多くの雑誌やWEBで活躍中。

ARCHIVE

MONTHLY

Business with Attitude
コスチュームジュエリー
35th特設サイト
パリシティガイド
フィガロワインクラブ
BRAND SPECIAL
Ranking
Find More Stories

Magazine

FIGARO Japon

About Us

  • Twitter
  • instagram
  • facebook
  • LINE
  • Youtube
  • Pinterest
  • madameFIGARO
  • Newsweek
  • Pen
  • CONTENT STUDIO
  • 書籍
  • 大人の名古屋
  • CE MEDIA HOUSE

掲載商品の価格は、標準税率10%もしくは軽減税率8%の消費税を含んだ総額です。

COPYRIGHT SOCIETE DU FIGARO COPYRIGHT CE Media House Inc., Ltd. NO REPRODUCTION OR REPUBLICATION WITHOUT WRITTEN PERMISSION.