
画家ダリをインタビューしていたあの頃。
「カーライル、ニューヨークが恋したホテル」の試写の後、近所に住むソフィー・ドゥ・タイヤックと夕食に出かけた。ニューヨークに住んでいたソフィーが、最後にカーライル・ホテルに行ったのは、ウディ・アレンがクラリネットを演奏するジャズ・コンサートを聴きに行った時だという。
パリにいるソフィーの妹のヴィクトワール・ドゥ・タイヤックが手掛けている十九世紀の自然化粧品、「オフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリー」もソフィア・コッポラが絶賛するこのスノッブ・ホテルに置いてあるそうだ。
マシュー・ミーレー監督のこの映画は、ドキュメンタリーになっていて、支配人からフロント、ルームメイド、バーテンなどに、話をきいているが、エレベーター係のエピソードが面白い。
「ある日最初にダイアナ妃、次にマイケル・ジャクソン、それからスティーブ・ジョブスがふらりと乗ってきた時は、さすがの僕も驚きましたよ」
ケネディー元大統領も、十二歳の頃から、スケート靴を履いて滑って入ってきていたというし、マリリン・モンローのためには、特別の秘密の出入り口があったという。
宮殿ホテルというと、いかにも堅苦しいイメージだけど、カーライルでは、家庭的なサービスなのが人気の秘訣らしい。
東京だったらどのホテルだろうとソフィーと考えたけど、思いつかない。これから益々国際都市になっていくのに、ホテル・オークラの旧館もなくなったし、古いものはなにもかも壊してしまうこの都市では、こうしたホテルができるのは難しい。
「久しぶりに、夕食でもどうですか?」
フランス料理界の名シェフ、吉野建さんからお誘いがきた。場所は銀座の「タテルヨシノ」ではなく、広尾の「ラ・トルチュー」だという。
吉野さんがパリで開いていたフランス料理店「ステラ・マリス」は、私がパリに住んでいた頃、話題の店だったし、有名人や三ツ星シェフも食事にきていて賑わっていた。今考えれば吉野さんは、パリの日本人スターシェフのはしりだったのだ。
フィガロ・ジャポンの5月号「おいしいパリ」で、次世代シェフとして登場している「メゾン」の渥美創太さんも、「ステラ・マリス」で修行してから独立していて、吉野さんのお弟子さんなのだ。
当日吉野さんの晩餐会は、黒山羊のカルパッチョに始まり、次はクジラのアーティーチョーク添え、と進み、その後は肉片の載った大皿が運ばれてきた。
「バーベキューにしましょう!」と吉野さん。
「あの、それは何肉ですか?」と赤味の肉を指差した。
「熊ですよ。ジビエです」
「あの、あの、熊さん、、」驚いて、絶句してしまう。頭の中はシュタイフのぬいぐるみや、プーさんのイメージが駆け巡っていたけど、そこまできて、逃げ出す訳にもいかない。
「でも、臭いが」と言うと、
「まったく臭くないですよ。熊は普段は木の実を食べているから」
こうして生まれて初めての、ジビエの王者、
熊のバーベキューが始まった。なるほどそれは結構上品な味だった。
今月末には幻冬舎から、『反記憶』というエッセー集を出版する。これまで取材した人たちについてのエッセー集。生まれて初めてのインタビューは、ノーベル賞作家のル・クレジオ、ふたり目はバルセロナで画家のサルヴァドール・ダリだった。それから半世紀後のいまもまだインタビューをしているのだから、自分でも呆れてしまう。
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