ジェンダーフリーの人たちに対して、パリ五輪をきっかけに配慮を。
パリで20年間、雑誌の仕事をしていたけど、今思い出しても一緒に仕事をしていた仲間たちの中には、結構ジェンダーフリーの人たちがいた。撮影スタジオでは、フォトグラファーだけでなく、ヘアやメイク、スタイリスト、アーティスト、それはあらゆる方面に広がっていた。考えてみれば、むしろ家庭を持ってるストレートの人の方が少なかったような気がするし、そういう人には滅多に出会わなかった。若い頃は女性と結婚していたので子供がいる、という男性カップルがいたのを思い出す。
実際のところ、私がいた業界では、それが現実だった。だけどそういう人たちは、女装をしているわけではないので、トイレに行くのはどうしていたか、とか考えたこともなかった。つい最近パリ五輪から帰ってきたばかりの人が、パリで撮ってきた写真を見せてくれたが、その中に気になるものが一枚あった。
「これ、なに?」
「トイレのピクトグラムです。ほら、ジェンダーフリーの人たちの記号もありますよ」
「今、そんなのがあるのね」
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よくみると、片側はスカート、片側はパンツ姿のヒトの図柄が書かれていて、それがジェンダーフリーを表現しているという。ニューヨークなどでは、すでにそういうものがある、と聞いたことがあったけど、やはりパリ五輪開催国としての自覚から、プラス・ディタリーの近くのカフェでも、こうした配慮がされたのだろう。
パリ五輪の開催中は、オリンピック村にクーラーがないとか、食事が不味いとか、そういう批判ばかりが目立って、フランス人の駄目な点だけが指摘されていた。だけど私の知っている多くのフランス人は、日本人が大好きで、日本料理が大好物で、漫画に熱中していて、世界で唯一尊敬している国民は日本人だといわれたこともある。それに比べて自分たちの国は、無礼で、高慢で駄目だといつも自国の批判ばかりしていた。
そういう日本贔屓の人たちは、なぜか内気で、繊細な人が多く、パリ五輪の競技会場でも大声で叫ぶような人は少ないので、そういう人たちの声は聞こえてこない。
それでもたとえば柔道女子の阿部詩選手が、敗退して号泣していた時、会場には熱烈な「ウタ・コール」沸き起こってきて、彼女を慰めていたし、男子バレーボールの日米決戦の時は、場内のフランス人たちは夢中になって日本を応援していた。
それも当然で、パリではまだ日本ブームがブレイクしていて、日本と聞いただけで、無条件に賞賛してくれる人も多く、カルチャー面では、現在世界の最先端をいっているよ、と真顔で言われたりする。
選手村の食事の不評、と聞いて、思い出したことがある。私がフランスにいた80年代半ば頃から、すでにヘルシーな和食が注目されていたし、ヴォリュームのある伝統的なフランス料理を作っていたシェフたちも、より軽いものを、食材を大切にして、綺麗に飾りつけた日本料理に注目し始めて、ヌーヴェル・キュイジーヌの時代が到来した。
選手村にやってきたアスリートたちは、もしかしたら昔の伝統的なフランス料理をイメージしてきていたのかもしれない。そんな気もする。
色々な面で、悪い面ばかりが取り上げられたパリ五輪だけど、あの開会式のセレモニーの夜、雨の中で、燃えるピアノを弾きながら、ゆるゆるとセーヌの流れを滑走していった「イマジン」の場面は、印象深かった。
9/1 (日)12:00より、渋谷の書店カフェ「天狼院書店」にて『ジェーン・バーキンと娘たち』出版記念イベントトークショーを開催します。詳細はURLよりご確認ください。
https://tenro-in.com/event/327330/
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