アップデートされた名店「文華」へ
その代表格が、香港を象徴する老舗、マンダリン オリエンタル香港の最上階。
「ピエール」と「Mバー」がクローズしたかわりに、長年愛されてきた広東料理店「文華」が大変身を遂げ、同じ階には、日本がテーマの新レストラン&バーの「The Aubrey」もオープンしました。
香港に来る度に通っていた方も多い文華。私の書籍『週末香港大人手帖』の表紙にも使いました、ピンクのテーブルクロスが印象的でしたね。
今回のリニューアルでは、エレガントさはそのままに、基調は端正なロイヤルブルー、ピンクはアクセントカラーとなり、ぐっとモダンさが加わって、まさにアップデートされたという感じがします。
壁には見事な手刺繍の龍がいました!
「優雅で上品なモダン広東」というのは、まさに香港の真骨頂なわけですが、そのスタイルも年々ゆるやかに変わって行きます。インテリアは私たちがその世界にまず浸る準備を整えてくれるものですが、料理がテーブルに届き始めると、確かな変化をさらに強く実感できました。
世の中の変化と共に、広東料理に求められることも変わっていきます。この数年で食の世界に起きた大変化と言えば、ビーガン、ベジタリアンの台頭、そしてヘルシー志向の高まりは天井知らず。
香港の日常食となりつつある日本料理や韓国料理の影響も取り入れつつ、一方で失われつつある伝統のレシピを時代に合わせて甦らせる―そんなシェフの意向がメニューから伝わってきました。
そんな背景を感じさせてくれたのが最初にテーブルにやってきたこの一品。
私の本でも取り上げている、清朝にさかのぼる広東料理である「戈渣」。カリッとした皮と対照的なトロリとした中のクリームの食感がこの料理で守るべき肝。実はもともと鶏の睾丸で作られていたカスタード風のクリームを、黄シェフは3年前にこれをウニで作っていました。
そして今。新しい文華では、松茸を使ったベジタリアンバージョンになっているところに、アップデートをしみじみと感じさせられます。
1つずつの食材や調理を味わいつつ、季節感を楽しめるこんな盛りつけは、懐石料理の影響を受けているようですが、明らかに広東であるという芯を感じさせてくれます。
伝統的なアワビ煮込みに、キンモクセイシロップに浸した冬瓜を合わせています。日本的な紫蘇の花の隣に、八角を置いて広東らしさも強調しています。
やっぱり広東料理と言えば、とろりとして風味たっぷりな上湯を使った料理の数々。
上湯はシンプルに見えますが、シェフに作り方を聞いたりすると、味自慢の店であれば答を聞くだけで30分位かかってしまうほど、手間ひまかけて作られていて、同時にこちらも、美味しく食べられるように調理するためには驚くほどの手間と経験を必要とする海鮮乾物とのコンビは、やっぱり広東の華ですね。
ぬるりんとしてコラーゲンの塊のような魚の浮き袋も、かつてのフカヒレにとってかわって、今の時代の広東では主役級の存在。鶏、豚、鴨のさまざまな部位を12時間煮込んだ上湯にもたっぷりコラーゲンが溶け込んでいて、これはもう食べているだけで肌が潤ってくる一品でした。
魚、セロリ、生姜、アサツキなどで作ったソースで炒めて揚げた海老と組み合わせたのは、韓国のお餅であるトッ。一般的には麺を使うメニューにひねりを加えたバージョンだそう。
香港の原住民でもある客家(ハッカ)に伝わる味も、香港にとって大切な歴史の継承です。豚バラとタロ芋を合わせて、肉汁や煮汁が両方の食材に染みこんで、ほのぼのと心と体を温めてくれます。
日本で言う高菜を発酵させた「梅菜」は、思わずご飯が進む、日本人にとって親しみやすい味わい。蒸した帆立貝に梅菜を載せ、風味豊かな甘酸っぱい醤油ベースのソースをかけて、と聞けば、ああ白いご飯に載せたいって思いますよね。同じセリフをよく香港人の友だちから聞きます。
ご飯の代わりに帆立貝の下にあるのは、米粉で作られた腸粉に似た陳村粉。「ここでこれがあれば」と自然に考えるものが似ているというのが、私にとっての香港の暮らしやすさの1つなんだろうなーと思ったり。
繊細なデザートも堪能して大満足。
レストランの規制も徐々に緩んで来て、街に活気が戻りつつある今日この頃。
お馴染みの店が姿を変えてしまうのは残念に感じるかもしれませんが、この大変なときを利用して、どこの店も先を見越したアップデートに取り組んでいます。
皆さんが日本から、新しく生まれ変わった名店を訪れることが出来る日を楽しみにしています。
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