香港発、グローバル和食の進化形
今思えば昨年は手術もして化学療法もして、かなり大変な1年でした! 幸いなことに今はほとんど普通に戻って(もちろん油断大敵なのですが)生活を楽しめていることがとにかくありがたくて。髪の毛も三蔵法師から今はモンチッチくらいの長さになってきて、自分では選ばなかった髪型ですが、意外と悪くなくて気に入っていたりします。
そして昨年はコロナ禍もあって、例年に比べて私の外食回数は極端に少なくなっていました。今振り返ってみて、そんな時だからこそ、食をしっかり楽しめた機会は、その先の希望につながってくれた気がします。
昨年のディナーでとても印象に残ったのが、日本人シェフ佐藤峻さんがオープンさせたCENSUです。佐藤さんは、日本、シドニー、香港でフレンチシェフとして活躍後、広東料理のキッチンも経験し、その後モダンスタイルの和に取り組んで人気を博し、今に至っています。
料理はシェフの人生をそのまま映すといいますが、元々東西融合した文化が魅力の香港では、世界各国からさまざまな文化圏を渡り歩いたシェフが集まり、自分のルーツと多彩な経験がミックスされた料理の宝庫となっています。こうなると、国別に料理を分ける意味がもはや分からなくなってきますが、調理技術が複雑で厳格なフレンチや日本料理で修業して基礎を身に付けているっていうのは、シェフの強みになるのかな。
さてさて、では早速食べ物のお話にしましょう! 昨年は8月と9月にうかがう機会がありまして、そのとき食べたものから、いくつかお気に入りメニューをご紹介します。
まずは程よい具合の中トロは、口の中でするりと溶けるよう。ひと味違う佐藤シェフの「CENSU」が炸裂しているのが、添えてある自家製フェンネル醤油。
生フェンネルをスロークックして、乾燥したフェンネルの種を入れて、自家製昆布醤油につけ込んで作っているのだとか。鮮やかなグリーンのコントラストを目からも舌からも感じさせてくれるのが、浅葱オイル。こちらも自家製で緑の部分を65度で10分調理して作ったオイルなのだそう。
和食的ではない組み合わせでも、とにかく食材同士相性がいいものを組み合わせるということで、マグロとフェンネルは最高なのだとか。でも洋ものを食べているという意識も生まれなくて、和とか洋とかの枠組みをしばし忘れさせてくれます。
香港で人気が高い鯖寿司も、CENSU流のさりげないひねりがたっぷり。何も聞かずに食べても、もちろん美味しいし、どこかひと味違います。そして説明を聞いてなるほど、とうなりました。
まずシャリは、香港で人気が高い花椒(麻辣)を意識して、白バルサミコをリダクションして有馬山椒を加えています。鯖は柚子で2日ほど締めているので、脂身が出ていて、しっかりした食感と味わいに。海苔は、ゴマ油味が付いている韓国海苔。「これだとシャキッと立つんだよね」ふむふむ。
さらなる深みを加えてくれるのは、鯖とシャリの間に挟まった隠し味。これが「山形だし」という、仙台生まれの佐藤シェフにとって懐かしい東北の味。
たくわんとカリカリ梅、大葉、刻み昆布などを合わせて、ネバネバしたペースト状になるもので、夏野菜などにつけて食べたりするのだそうです。知らない風味と食感なので、もしかしたら意識せずに食べ終わるものかもしれませんが、確かにそこにあってアクセントになってるんです。これは香港人のダイナーに教えてあげなくちゃ。まろやかな自家製昆布醤油が最高のハーモニーに!
そしてこちらも超傑作の「ズッキーニの花てんぷら」。オランダのズッキーニの花を天ぷらに・・・・・・と一見シンプルですが、中に入っているのは、海老と帆立のムース、クリームチーズ、パルメザン、モッツァレラ、ソースはポートワインと椎茸、トリュフって、もうこれは美味しいに決まっている組み合わせ。食べて皆わぁーお!となる一品。
この手羽先も、見た目はシンプルで中身は凝りまくりの一品。中には和牛、ポーク、椎茸、野菜が詰められて、それを蒸してから揚げているという手羽餃子になっています。辛子マスタードやあられに加えて隠れた主役になっているのが中東のスパイス「デュカ」。コリアンダーやクミンに加えて、CENSUではナッツの代わりにゴマを入れたジャパニーズ版なんだそうです。自由自在な組み合わせをすっとまとめるバランス感覚がお見事!
そしてこれはたまらない、ウナギバーガー! 1日5~6皿しかないという限定メニューです。ウナギ、白飯、柴漬け、たくわん、わさび、だし巻き卵、そしてまたウナギという、これまた美味しいに決まっている組み合わせを、あえて手で掴んでがぶりと食べる新感覚。さらりと照り焼きに使われているのが、ポートワインと魚の骨で作られたタレなのです。
これぞ和・洋・中の折衷の人気メニューが「ウニギリ」。一見、焼きおにぎりにウニが載っている? しかし、これにはまたしても、いろいろな秘密が隠されているのです。スープは、これでもかとどっさり干し鮑を使って作った特製です。いただくときには、すべて崩してスープに溶け込ませると、リゾット風になりますが、お焦げっぽいご飯の香ばしさ、そして中に潜んでいたウニとチーズの柔らかい食感、さまざまな風味が口の中で溶け合って、これはもう!!!至福です。
CENSUを語る上で欠かせないのが、佐藤シェフのファッションやデザインへのこだわり。 インテリアデザインを担当したのは渋谷のTRUNK HOTELを手がけたジャモアソシエツとTRUNK HOTELアートディレクターの山岡重信さん。いろいろなアーティストとのコラボも多くて、コースターやタペストリーはWASHI JEANS、スタッフのTシャツはアップルやアルマーニなども手がけるヨシダ・ケンタロウさん。他にもシルバージュエリーやお香など、オリジナルコラボのアイテムを色々作って販売もしています。
ちなみにインテリアについて、なぜか地元メディアでは京都の町屋風と書かれることが多かったそうですが、実は仙台にあるシェフのお婆様のお宅をイメージしているそうなのです。スタイリッシュな雰囲気とカジュアルだけどとても高品質な食を求めて、日々食い道楽な香港の若者が、楽しい時間を過ごしに集まってくる活気溢れるCENSU、私もまた食べに行かなくちゃ。
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