かぐわしきみなと通信

香港でいただくフィンランドx日本の美味

日本と同じくコロナ禍の営業規制で外食産業とても大変だった昨今ですが、香港では新旧さまざまなレストランが新たなアイデアや個性を競い合っています。

そんな中、安定した人気を維持するArborは、フィンランド出身のシェフ、エリック・ラティさんが率いるお店。創業時はフレンチと呼ばれていた気がしますが、徐々にシェフの背景である北欧色が強まり、香港では地理的な近さから新鮮で珍しい旬の食材が日本から手に入れやすいこと、エリックさんが日本食や日本のシェフにもインスピレーションを受ける機会が多いこともあって、確実に日本の影響が個性の一つになっています。

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 少し前になりますが、夏休みの時期に「Arborに日本からシェフが入ってくれたんだ!ぜひ会いに来て」とエリックさんから誘っていただき、ちょうど夏休みでスコットランドの大学から香港に帰省していた次男と共に、ディナーにうかがいました。

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右からエリックさん、私、次男、そしてArborにスーシェフとして加わった浦口司シェフ! 浦口シェフがArborに来てくれてから、例えば日本の市場から珍しくて質の高い食材を調達しやすくなったり、日本人シェフならではのアイデアや感覚を共有できたりなど、さまざまな面に恩恵を感じているそうです。

 16年前、香港に来た頃3歳だった次男が「やったー!ママのおへそに背が届いた」って喜んでいたのをいつも思い出すのですが、今では私より30cm近く背が高くなっている! 子供が成長して、ファインダイニングをちゃんと一緒に楽しんでくれるって幸せですねー。

エリックさんと私が最初に会ったのは、人気ホテルであるアッパーハウスのメインダイニングだったカフェ・グレイ・デラックスで料理長をされているときでした。その頃から料理の才能と情熱がほとばしっていたので、Arborがオープンしてエリックさんが総料理長になると聞いたときは、やはりこういう人は世の中が放っておかないんだな~と納得していました。そして今やミシュラン二つ星の名店として愛されています。

すでにすっかり秋が深まってしまっていますが、この日は夏のメニューでした。まずは白味噌と海苔のブリオッシュ、刺身醤油バター添え!

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ブリオッシュならではのふわっとした食感に微かな甘味、味噌や海苔、バターの刺身醤油の濃厚なうま味がたまりません。

夏らしい枝豆とキャビアの茶碗蒸し、わさびとポメロ、柚子添え。キャビアの塩味が全体をきりっと引き締めています。アジアな食材や調理法を組み合わせつつ、ノルディックのすっきりしたハーモニーが充満しているエリックさんらしい一品です。

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そしてこれぞAborではと思わせるのが、この一見してコハダの握り、でも実はシャリではなくてポテトサラダという一品。

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研究熱心なエリックさん、有名寿司店とのコラボなども経験して、寿司になみなみ成らぬ興味を持ち、さまざまな技術を取り入れつつ自分ならではの仕込みをしてコハダを仕上げています。

「コハダを塩してから、スダチ果汁で30分漬け込んで、骨を柔らかくしながら香りもつけて、それから1~2日熟成させる。シェフによっては3~4日置くそうだけど、自分は酸味をしっかり残したかったから短めにしているんだ」

友だちにはシャリも作って寿司として出したりするそうですが、Arborではポテトサラダとの組み合わせ! そう、ニシンなどの青魚の酢漬けとポテトと言えば、まさに北欧ならではの味なんですよね。ちなみに「ポテトは絶対スウェーデン産」、というのは「お米は絶対、日本産」と同じ意味があるんだそうです。コロナと戦争の影響で空輸の食材が高騰していてスウェーデン産ポテトも大変値上がりしているそうですが、これだけは譲れないのだとか。

そしてコハダに載せられているのは、酢漬けに使った汁をゼリーにしたもの。横にあるのは魚の卵? いえいえ、日本のゴールデンマスタードという製品で、日本人シェフから教わったという極上の粒マスタードなのです。そしてサイドにあるのは、「北欧わさび」とエリックさんが呼ぶ、ホースラディッシュのエマルジョン。ポテトサラダの優しさ、柔らかい甘さと酸味や少しの辛味、青魚の旨味が混ざり合って、これは本当に癖になります!

16歳から厨房にいるエリックさん、フィンランドやドイツの二つ星や三つ星のレストランで修業してきて、どこでも味噌や醤油、柚子などの日本の食材を取り入れる傾向が以前からあったそうですが、やはり香港という地に移ってからは、入ってくる情報量と食材が格段に上がったそうです。

川のせせらぎが聞こえてきそうな爽やかな一品は、香港で愛されている福岡の恵比寿牡蠣とともに、福岡県朝倉市の黄金川という川でしか採れないという「川茸」という水草を使っています。日本人でも全然知らない食材に香港で出会えるのってすごいですね。スープは鰹節と土佐酢にトマトを浸けて作ったトマトウォーター、そしてかみ応えのある徳島の半田手延べそうめんが入っています。

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ホッキ貝は、日本酒で洗って、シャンパンバターとディルオイルをあしらったフレンチスタイルで、バターミルクを加えて酸味も加えて、ディルの花も飾っています。ディルの風味は、とても北欧のイメージがあります。レモンの代わりにレモンバームを使っていて、レモンと似ているけれどもひと味違う風味にしているのだとか。

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松茸とトリュフ見えるこの一品、実はさらに発酵させたエノキのソースも入って、ミルキーさがカルボナーラを思わせるキノコ尽くしの一品なのです。そして上にあしらわれているのは、揚げたうどん! 北欧も日本も発酵を得意とする食文化がありますから、絶妙に融合していますね。

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2022年は寅年、ということで、今年初めに料理してとても喜ばれたというのが、この虎を思わせる黄色と黒の一品! ロブスターと自家製チリ麹を使い、黄色は甘味のある香港産スイートコーン、黒はイカスミ。意外性がありますが、ほっこりとしてしまう相性の良さなのです。

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いよいよメインディッシュ! 私は大好きな鳩を選びました。ロワール産鳩の表面は、沖縄黒糖と四川花椒のミックスで表面をカリッとさせつつ複雑な風味を作って、サイドにはスロークックして作ったオニオンチャツネ。この中には黒酢と黒胡椒、そして「沖縄島胡椒」と呼ばれる、まるでイチゴのようなアロマのある特別な香辛料が使われています。さらに10回以上茹でて苦みを取り除いたレモンピールから作ったクリームや、黒ニンニクのペースト、有馬胡椒などが皿を飾っています。鳩自体の美味しさに加えて、これだけバラエティ豊かな面白い風味が組み合わされつつ、すっきりと繊細にまとまっているのですから、美味しくないわけがないですね!

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次男は熊本牛テンダーロインを注文。霜降りたっぷりなので、表面を味噌でグレイズしつつ、自家製土佐酢とインドのマラバル胡椒も加えていて、ピリッとした辛味と酸味で、脂っぽさを和らげ、肉の美味しさが前面に出てきます。

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幻想的で夢のようなディナーの締めくくりは、麗しいデザート! 実はエリックさん、かつて三つ星レストランでパティシエを務めたことがあるほどデザートを得意としています。

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フィンランドの国旗は白と青、日の丸は白と赤、ということで、白いテーブルクロスに置かれた青い皿が、フィンランド風日の丸なんだとか! そしてたくさんの故郷の味がこれにはあしらわれています。たとえばフィンランドの森で採れるワイルドブルーベリーは、通常の店で売っているものとまったく違うので、冷凍ものを手に入れて、蒸し器で調理して果汁を取り出し、ジャムにしています。赤みのあるのはビーツで、焼いてから揚げて、酢漬けにして果汁を搾って、などなど、さまざまな工程を経て5日かけて作り上げているそう。ベースになっているのは、フィンランドの典型的なオートミールクッキー。青い花は矢車菊。ひっそりとしたフィンランドの森の中にいるような、素敵なデザートですね!

もう一品のデザートは、軍艦巻きをイメージしたという不思議な姿。

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玄米茶のショートブレッドをベースにして、自家製わらび餅を細かく刻んできなこと玄米茶のパウダーと混ぜ、福岡から取り寄せたフレッシュクリームと八女抹茶のクリームと一緒に、玄米茶アイスクリームの下に隠れています。ワカメで作ったチップスを青のりのようにしてショートブレッドにまぶし、とにかく日本の食材がたっぷり使われているけれども、独特な個性を持った一品なのです。ここで敢えてキャビアを組み合わせて、塩味が全体を引き締めるというエリックさんの判断が冴えています。

開店以来人気の酒粕入りマドレーヌと、日本のロイス風に作ったチョコレートがコースの最後に登場します。

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一つずつの料理が、どれだけの試行錯誤を経たのだろうと気が遠くなるような内容ながら、もちろん食べるときにはひと味違う軽やかなハーモニーで、時にフィンランドの涼しげな森が見えたり、福岡の玄界灘の波の音が聞こえてきたり。そしてそれをコスモポリタンな香港でいただく・・・・・・とにかく食のアートをこうやって楽しめて幸せだな~と噛みしめるばかりです。

エリックさんのますますの活躍と新しい発見や創作を楽しみにしていましょう!

最後はただいまスコットランドで勉強中の次男で締めくくります、笑。次はいつ会えるかな~?

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甲斐美也子

2006年より香港在住のジャーナリスト、編集者、コーディネーター。東京で女性誌編集者として勤務後、英国人と結婚し、ヨーロッパ、東京、そして香港へ。オープンで親切な人が多く、歩くだけで元気が出る、新旧東西が融合した香港が大好きに。雑誌、ウェブサイトなどで香港とマカオの情報を発信中のほか、個人ブログhk-tokidoki.comも好評。大人のための私的香港ガイドとなる書籍『週末香港大人手帖』(講談社刊)が発売中。

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