England's Dreaming

ロンドンの朝を、大好きなカクテルバーで。

あまり知られていないかもしれないが、ロンドンは素敵なカクテルの街でもある。10年前くらいから増え続けている小さなバーが老舗と良い感じでしのぎを削り合い、新感覚のカクテルを創り出す場となっている。毎年10月に発表され、業界人たちが注目する「世界のバー50選」というランキングで今年はロンドンからはホテルバー「ダンデライアン」が映えある1位を獲得し、さらにベスト50内に10店が入った。この数はNYやパリに比べても圧倒的に多い。

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既成品をミックスするだけの時代はとうの昔に終わり、いまどきのトップバーテンダーたちは原料を見つけるところから始める。それらを濾過したり蒸留したり発酵したりして作った自分だけのオリジナル素材を用いてカクテルを作る。店やバーテンダーが科学実験室さながらのラボを持っていることももう驚くことではなくなった。

そのなかで私は、おしゃれなグラスに華やかにデコレーションされたものよりも、見た目は飾り気なく、さりげないくらいのカクテルに惹かれる。作り上げるまでは想像を超える時間とイマジネーションが費やされているのにもかかわらず、その素ぶりをほんの少しもみせない潔さが好きなのだ。

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そんな一杯を求めて私が立ち寄るのはソーホーにある「バー・ターミニ」。誰よりも早く自分のラボを持ち、画期的なアイデアと研ぎ澄まされた美意識でロンドンのカクテルシーンを変えた立役者のひとり、トニー・コニグリアーロの店だ。彼の作るカクテルの外見は常に驚くくらいシンプル。でも最初に唇に感じるグラスの縁の繊細なテクスチャーから始まって、複雑にミックスされた味はもちろん、喉越し、香り、飲んだあとの余韻まで、すべてにうっとりとしてしまう。一杯のなかに宇宙があってそこを旅しているよう。大げさだけれども、そんな気すらするのだ。

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トニーは市内に他にもいくつもお店を持っていて、どの店でも極上のカクテルが楽しめるけれども、私にとってここは別格。イタリアのターミナル駅構内にあるカフェ・バーをイメージとしたという店内は、カウンターとそれを取り囲むいくつかのテーブルがあるのみというこじんまりした設えで、メニューにはカクテル以外にコーヒーや軽食も並ぶ。バーとはいえ気安さもあって、まさに電車に乗る前の駆けつけ一杯さながらに注文したドリンクをさっと飲み干して出ていく人もいれば、テーブルで新聞やPCを開いて長居の人も。その名のごとく、それぞれが目的地に向かう前のひと時を思い思いに過ごす交差ポイントみたいな雰囲気で、女性ひとりでも気負いなく入れるのも良い。そしてさらに特筆すべきは朝からカクテルが楽しめること。

時計の針はまだ正午にもなっていないのに、仕事のない朝だからと言い訳してお酒をオーダーする甘美な背徳感。お茶とともにクリームたっぷりのケーキを注文したときに似た呵責もあるのだけれども、それよりももう少し大きな何かにも抗っているような気も勝手にして、ひとりワクワクしてしまう。夕暮れ以降は席をみつけることが困難なこの店で、午前中ならばゆったりとした時を過ごせる贅沢さもたまらない。

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私がいつも頼むのは「ベリーニ」。アーモンドの花の香りがする桃のピューレをプロセッコで割ったカクテルだ。柔らかな甘さと上品な泡の組み合わせが絶妙。淡い桃色もロマンチック。

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「ターミニ」の斜め向かいに数年前にオープンした「スウィフト」も、朝からではないけれどもアフターファイブを待たずに15時からカクテルが楽しめるバーだ。こちらはエレガントなインテリアで、気のおけない友人たちとアフタヌーンティーの代わりにカクテルグラスを傾けておしゃべりなんてシチュエーションが似合いそう。

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ここでもまた、無意識に似たようなカクテルを頼んでしまった。スイート・ベルモット、ラズベリー、フランボワーズのリキュール、カンパリとプロセッコによる「ペタル・カクテル」、花びらカクテル、という名。そっけないルックスとはうらはらの、華やかななかにほろ苦さがアクセントの一杯だ。

ちなみに前記の「世界のバー50選」では「バー・ターミニ」は6位、「スウィフト」は今年初登場で46位にランクインしている。

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あっという間に今年も終盤。
12月半ばを過ぎて、イギリスはクリスマスシーズン本番。
みなさまにとって、年末年始が平和で心温まるものとなりますように。

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坂本みゆき

在イギリスライター。憂鬱な雨も、寒くて暗い冬も、短い夏も。パンクな音楽も、エッジィなファッションも、ダークなアートも。脂っこいフィッシュ&チップスも、エレガントなアフタヌーンティーも。ただただ、いろんなイギリスが好き。

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