片岡千之助、25歳。『ハムレット』に挑むその横顔。
Culture 2025.07.25
歌舞伎の名門、松嶋屋の家に生まれた歌舞伎俳優の片岡千之助。4歳で初舞台を踏んで以来、20年以上にわたり歌舞伎に、日本舞踊に、古典の研鑽に励んできた。しかしながら一昨年、歌舞伎の舞台から一時的に離れることを決断。青山学院大学に復学し、現在は学業に励む一方、現代劇や映画、ドラマへの出演に積極的に挑戦し、役者としての表現の幅を広げつつある。
Sennosuke Kataoka/2000年、東京都生まれ。祖父は15世片岡仁左衛門(人間国宝)、父は片岡孝太郎。04年、4歳の時に歌舞伎座にて初代片岡千之助として初舞台を踏む。11年、片岡仁左衛門と戦後初の祖父、孫での「連獅子」を実現。12歳からは自主公演「千之会」を主催するなど芸事への研鑽を積む。昨今では映画での主演を続けて勤め、現代劇舞台、NHK大河ドラマ「光る君へ」などにも出演。今年9月にはルネサンス音楽劇「ハムレット」にて主演を勤める。
普段は飄々と、どこかクールな空気を醸し出す25歳だが、カメラを向けられるとスッと顔つきと佇まいが変わる。舞台の話になると、熱き思いを静かに、しかし力強く言葉に紡ぎ出す。「求められる役者になりなさい」という祖父・片岡仁左衛門からの言葉を胸に、自身の新たな表現、そして舞台を求めて――。9月に主演を勤めるルネサンス音楽劇「ハムレット」にかける思いを語ってもらった。
どんな劇場にも舞台の神様がいる
7月、撮影・インタビューを行ったのは「ハムレット」の会場となる新国立劇場のホワイエ。柔らかな朝の光が天井から降り注ぎ、静寂の時が流れる空間で、片岡千之助はまっすぐな言葉で質問に答えてくれた。
古代ヨーロッパの神殿を思わせる重厚なコンクリートの柱に寄りかかる千之助。その横顔は物憂げな貴公子を彷彿とさせる。どう生きるべきか、どうあるべきか、自らの生き方・存在を悩み続けるハムレットはどこか自身に似ていると彼は言う。
「『ハムレット』は読めば読むほど、心に入ってきます。いまはまだ全体をさらっているだけですが、無理やり彼の境遇や気持ちを自分に嵌め込むということはしていません。彼の境遇や生き方はどこか自分と重なるところがあります。とはいえ、『ハムレット』はセリフの量が尋常ではなくて、まずそのリズムを自分に叩き込むことで精一杯。これからもっと突き詰めていけば、その時にやっと役柄に、セリフに、命が吹き込まれると思っています」
ハムレットには多くの名場面、そして、名セリフが登場する。好きなシーンは?と問われ「第5幕、墓掘りのシーンが心に残っています。ここから一気にクライマックスまで続きますからね」と千之助。そして、役者としての技量が問われるのが、長い独白のシーンだ。
「人がいない静かな劇場の空間はすごいですね。劇場の雰囲気とか空気感ってとっても大事で、今日はそれがひしひしと伝わってきます。足を踏み入れた瞬間に、ここで何かやらせていただきたい!と思わせてくれる劇場がありますが、新国立劇場はまさにそう。よく、舞台には神様がいると言います。観客として来たことはありましたが、いざ今日、車で入ってきた時に、いつもの建物の景色なのですが、改めて自分がここで舞台をやるんだ、改めてよろしくお願いします、という感覚になりました。役者と劇場って絶対に相性のようなものがあると思いますが、新国立劇場の小劇場はとっても楽しみです」
「独白はハムレットの心の叫び。ですが、それを、ただ単に大きな声で叫べば良いということではありません。他のセリフもそうですが、周りの役者さん、お客さまとのキャッチボールができていないと意味がない。"こんなに長いセリフが言えたぜ"という自分の押し付けではなくて、互いの距離感を舞台では大事にしたいです。常に客席の空気感とか、お客さまの反応も見ています。その方が、いろいろな共感が生まれて、作品がお客さまの脳裏に残ってくれると思うんです」
実は片岡千之助の祖父であり、人間国宝である片岡仁左衛門も3度ハムレットを演じている。ずっとその後ろ姿を見続けてきた千之助にとって、仁左衛門という存在は憧れでもあり、目標でもあるという。
「歌舞伎も含めて、祖父が勤めてきた役に対する憧れは強く持っています。祖父がハムレットを勤めたのは38歳の時。僕もいつかは演じてみたいという思いを漠然と持っていました。まさかいまの年齢でやらせていただけるなんて、思ってもいませんでしたが。お引き受けしたからには、いち役者として、戦うわけではないですが、祖父に負けないように頑張りたいと思います。祖父は祖父なりにかなり心配していると思いますが(苦笑)」
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千之助にしかできないハムレットを見せたい
シェイクスピアの最高傑作と評される「ハムレット」。これまで幾多の俳優たちがその作品と対峙し、多くの解釈を残してきた。25歳の片岡千之助にとっては大きな存在だが、それに臆すことなく、ひとりの役者としてその挑戦を楽しんでいるかのようにも映る。
「実は祖父がハムレットの演出をした際の台本が残っており、それも見させていただきました。また、先日、吉田鋼太郎さんが演出を務めておられるシェイクスピア作品の稽古場にも伺わせていただきました。ハムレットに関しては、さまざまな作品が映像でも残っています。それぞれ、見え方や色は違いますが、僕の中ではどれもが正解。でも、そのどれかをなぞらないといけない、というわけでもない。自分にしかないものがあると思います。『千之助だからこそできるハムレットをやってほしい』とよく言われます。それこそが僕の中でゴールであり、そこを目指したいといまは思っています」
この日纏った衣装はディオールのスーツ。細身で端正、エレガントなシルエットは王子ハムレットの印象そのもの。「小さい時からフランスに行く機会があり、一緒に時間を過ごした環境や大人たちの空気感、佇まいが記憶に残っています。そういう世界に、分からないなりに触れさてもらってきました。今日のディオールの衣装を纏っての撮影でも、自然とそうした経験が生きてきているのだと思います」
叔母が宝塚歌劇団所属だったこともあり、小さい頃から宝塚のファンでもあった片岡千之助。共演するオフィーリア役の花乃まりあ、ガートルード役の朝月希和は両者とも宝塚出身。「憧れの存在」だったという彼女らとの共演も本舞台の見どころのひとつだ。
「実際に舞台上で拝見していたおふたりですから、キャスティングが決まった時はいちファンとして、興奮しました。しかし、実際にお会いし、台本を持ってセリフを聞いた瞬間、憧れといった思いは吹き飛びましたね。一緒に舞台を作り上げていく仲間であり、演者としてはある種ライバルのような存在になっています」
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周りの役者を巻き込む渦の中心になる
共演者、音楽など多様なピースが合わさって、ひとつの舞台が完成する。そして、それを引っ張っていくのは他ならぬ主役だ。この2年、さまざまな映像・舞台作品の現場を経験してきた片岡千之助。今回の『ハムレット』は主役としてのプレッシャーもある中、座長としてどのように向き合っているのだろうか。
スーツ¥460,000、シャツ¥130,000、ネクタイ¥37,000(参考価格)、シューズ¥165,000/すべてディオール(クリスチャン ディオール)
「ご一緒させていただく俳優の皆さまの中でも、圧倒的に僕は歳下です。主演だからといって威張ることなく、ある意味、先輩方にうまく甘えながら、皆さんを巻き込んでいく渦の中心になりたいと思っています。世の主演を張る俳優の先輩方と比べると、座長らしい振る舞いはまだまだ全くできていないですけど、心の中での責任感は、今回は特に強く持っています。心意気としては、先頭を切ります!という思いですね」
これまで経験してきたこと、いま経験していること。それら全てが、自らの表現の糧となる。9月、舞台の幕が上がった瞬間、どのようなハムレットが登場するのか、どのような表情を見せてくれるのか。役者・片岡千之助の新境地を楽しみにしたい。

ルネサンス音楽劇『ハムレット』
東京公演:2025年9月3日(水)~9日(火)新国立劇場 小劇場
京都公演:2025年9月13日(土)~15日(月祝)先斗町歌舞練場
⚫︎脚本/ウィリアム・シェイクスピア
⚫︎演出/彌勒忠史
⚫︎出演/片岡千之助、花乃まりあ、高田 翔、山本一慶、朝月希和、福井晶一 ほか
料)S席 ¥10,000 、A席 ¥8,000(全席指定)
⚫︎企画制作/アーティストジャパン
https://artistjapan.co.jp/hamlet2025/
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interview & text: Masato Tanoue photography: Daisuke Yamada styling: Mariko Kawada hair & make: Risa Fukushima