England's Dreaming

アートと音楽、そしてビートルズのリバプールへ。

昨年末に2度、リバプールを訪れた。

200120-IMG_4991.jpgリバプール博物館の上階からの眺め。かつては港だった場所。

フィガロジャポンのお隣に編集部がある雑誌「pen」2/1号「ジョン・レノンを語れ!」の取材がその目的だった。

私のブリティッシュロック好き歴は、ありきたりながらもビートルズから始まっている。いまでもソロ以降の曲も含めて大好き。彼らの故郷であるリバプールには過去2度行っているけれども、何回だって行きたい。だから今回の訪問は本当に楽しみで仕方なく、ずっとわくわくしっぱなしだった。

200120-IMG_5177.jpgデビュー前後にビートルズが演奏したことで有名な「キャバーン・クラブ」に飾られた初期のポートレート。壁にはすさまじい数のファンの落書きが。ゆかりの場所以外でも、彼らの写真は街のあちこちで見かけた。

最初の日は雨。駅に着いたらロンドンを発った時よりもさらに雨足は強くなっていた。片手で傘を必死に支え、もういっぽうの手に持つカバンはどんどんと重く感じられるようになっていたけれども、駅からちょっと離れたホテルまで私はどうしてもタクシーを拾う気になれなくて、ただただ歩いていた。

「ここはビートルズのマネージャー、ブライアン・エプスタイン一家が贔屓にしていた当時街一番だったホテル」とか、「ここはポール・マッカートニーが学生の時にバイトしていたデパートだった建物」など、(かなりオタクな感じで)頭のなかで確認しながら通り過ぎる。

200120-IMG_4922.jpgジョン・レノンがかつて通っていたアートカレッジ。現在はリバプール・ジョン・ムーア大学のアート&デザイン学部の校舎となっている。窓からファッション科の子たちが使っているらしいトルソーが見えた。

再開発がどんどん進んでいるロンドンに比べて、古めかしい建物が未だにあちこちに残っているのも、なんだかほっとした。街が綺麗で近代的になるのは良いことかもしれないけれども、イギリスならではの煤けた壁の建造物や寂れた裏路地がなくなるのは、私はとても残念に感じているから。

ホテルのそばにはジョン・レノンが通ったアートカレッジがあった。その隣には旧リバプール・インスティチュート。ポール・マッカートニーとジョージ・ハリスンが通った高校だ。うっとりと建物を見上げる私の目の前を、ビートルズの映画『マジカル・ミステリー・ツアー』に登場するバスを模した観光バスが通り過ぎる。テンションがマックスまで上がる。

200120-IMG_4930.jpg「マジカル・ミステリー・ツアー」のバス。以前乗ったことがあるから今回は乗らなかったけれども。サイケな色合いが可愛い。

その後も取材の合間に時間を見つけては、ただひたすら歩き回った。この道をビートルズの4人が歩いたかもしれない。この風景を4人も見たかもしれない。そう思うと、どこまでも行ってみたくて仕方なかった。まるで彼らの音楽を毎日聴いていて夢中だった中学生の頃に戻ったような気分だった。

リバプールでは街のあちこちにエキシビションやコンサートのポスターが貼られ、店の入り口にはそれらのフライヤーが置いてある。また、ちょっとしたスペースにはアートオブジェが置かれていることも多い。後で原稿を書くために調べたら、ここはロンドンに次いで二番目にギャラリーや博物館などの文化施設が多い街だという。有名なテート・ギャラリーも、かつての港を再開発して作られた商業エリア、ロイヤル・アルバート・ドックに分館を備えている。

200120-IMG_4939.jpg路上に置かれた彫刻。突き当たりの現代的な建物はリバプール・メトロポリタン大聖堂。アイルランドからの移民が多いリバプールならではの、カトリックの教会だ。この道沿いにはイギリスでいちばん古い管弦楽団ロイヤル・リバプール・フィルハーモニック・オーケストラのコンサートホールもある。

目抜き通りではよくバスカー(ストリートパフォーマー)が歌っていた。演奏が終わると夕飯の買い物途中とおぼしき普段着姿のおばあちゃんが小銭を投げ入れる。朝にはそれぞれがヴァイオリンやギター、クラリネットなどと思われる楽器ケースを持った登校中の中学生4、5人とすれ違った。たぶん、彼らはリバプール芸術大学付属校の生徒たちだ(この芸術大学の設立には、ポール・マッカートニーが関わっている)。

アートや音楽がとても身近。それをロンドン以上に肌で感じた。

200120-IMG_5154.jpgイギリス最大級の寺院、リバプール大聖堂。こちらは英国教会に属する。そのモダンで美しいステンドグラスの下にある「I Felt You And I Know You Loved Me」のネオンサインは、アーティスト、トレイシー・エミンの作品。教会のなかにコンテンポラリーなアート作品がある斬新さ。

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また、別の日に郊外まで足を延ばした時のこと。

バスの乗り場が見つからなくて通りすがりの女の子に聞いたのだけれども、彼女もはっきりとは分からない。その横にいた別の男性に、わざわざ声をかけて訪ねてくれた。ビートルズの曲「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」のインスピレーション源となったストロベリー・フィールドの赤い門の前では、観光バスでやって来た大勢の人たちが去るのを待ってひとりで写真を撮っていたら、通りかかったカップルが「門の前で君を入れて写真を撮ってあげようか?」と声をかけてきてくれた(丁重にお断りしたけれど)。

200120-IMG_5098.jpgストロベリー・フィールドの赤い門。観光バスが到着するとこの前は大混雑だったけれども、彼らが行ってしまうと再び静寂に包まれていた。

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ここにもたくさんの落書きが。ファンが置いていったオブジェなども。

とにかく人々が無条件に優しい。

世界中からやってくるファンが常にあちこちにいて、きっと彼らの日常を邪魔してしまうこともあるだろうに、厄介に思うどころか、むしろものすごく親切で助けてくれる。彼らがこの街をとても誇りにしているのが伺えた。

ある朝は気になるパン屋さん「バルティック・ベイクハウス」に朝食を食べに出かけてみた。そのお店があるのは、かつての倉庫街。ロンドンのテムズ河沿いの小綺麗な倉庫街とは違い、ここまた歴史を存分に感じさせてくれる建物が残っている。

200120-IMG_5406.jpg倉庫街に立つ、たぶんもう取り壊し間近の建物。ぼろぼろだけれども、煤けたレンガと古い手書きのフォントによる看板が可愛い。

その店のパンはあまりにも美味しくて、取材後にもう一度、今度はランチに寄ってみた。チョイスしたのは看板商品のサワードウのトーストに、焼きトマトとソーセージとペスト、そしてチーズをたっぷりのせた一皿。砂時計とともにサーバーでサーブされて「砂が落ちるまで待ってからカップに注いでください」と、まるで紅茶のように出されたコーヒーは味わい深く、歩き回って芯まで冷えていた身体を温めてくれた。

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左:「バルティック・ベイクハウス」の店内。ここでも人々はとても親切でフレンドリー。右:チーズたっぷりのガッツリ系ランチ。焼いたトマトのジュースが染み込んだサワードウのパンが、ことのほか美味しかった。

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「pen」誌面で紹介した店のなかで、特に心に残ったのはジョン・レノンが学生時代に行きつけだったというパブのひとつ「ヤー・クラック」だ。

200120-IMG_5354.jpgたぶんジョンが通っていた60年代からほとんど変わっていないと思われる「ヤー・クラック」。

ジョンのファンならばご存知であろう店なのだが、その有名ぶりに反して実際はとても小さい。あまりにもこぢんまりとし過ぎていて、ひとりで入るのに最初はちょっと躊躇した。

200120-IMG_5335.jpg思い切って中に入ってこの日飲んだビールはハーフパイントで1ポンド。安い!

でも一歩中に足を踏み入れると、まるでタイムマシンで遡ってジョンがいた時代に一気に戻ったかのように感じられた。古き良き時代のパブそのもののインテリア。隅のテーブルで静かに歓談している、ジョンの通ったアートカレッジの後輩と思われる学生たち。彼らのようにジョンも学友たちとここでおしゃべりをしていたんだろうなと思うと胸がいっぱいになった。

200120-IMG_5339.jpgシンプルなステンドグラスも、古臭くてそっけないテーブルもベンチシートも、もう何もかもが愛おしい。

200120-IMG_5351.jpg学生時代のジョンと友人たちの写真は、いまだ現役の公衆電話の上にも飾られていた。

カウンター奥にあった学生時代のジョンの写真を撮りたくて店のマダムにお願いしたら、快諾して中に招き入れてくれた。緊張で指が震えて何度もカメラのシャッターを押している私を、彼女は急かすこともなく待っていてくれた。

200120-IMG_5350.jpgカウンター奥に飾られた、このパブの前で撮られたジョン(右)の写真。

最後の日もまた、私はホテルから駅までの道のりをゆっくりと歩いた。最初の日とは違い、途中で知らない道をあてずっぽうに曲がってみたら、大学の校舎や英語学校が軒を連ねる通りに出た。夕刻だったこともあり、学生たちが忙しく出たり入ったりしている。いろいろな肌の色、いろいろなアクセントを持つ人たちがごっちゃになって、楽しそうに笑っていた。

リバプールには18世紀に港が開かれ、19世紀にはマンチェスターとの間に世界で初めての営利目的の鉄道が敷かれた街だ。そのため、古くから違う国や地域からやってくる人を大勢受け入れて、ロンドンよりも早く黒人や中国人のコミュニティが生まれたそうだ。

春から夏にかけてはポール・マッカートニーの妻でステラ・マッカートニーの母、リンダ・マッカートニーの写真展がある。その時はまた、リバプールに来ようと思った。

200120-76F75B4B-BE6B-4DCB-8382-FC201902F54D.jpgビートルズの曲「愛こそすべて」の歌詞。「イー・クラック」へと曲がる角の壁に書かれていた。

坂本みゆき

在英ライター
憂鬱な雨も、寒くて暗い冬も、短い夏も。パンクな音楽も、エッジィなファッションも、ダークなアートも。脂っこいフィッシュ&チップスも、エレガントなアフタヌーンティーも。ただただ、いろんなイギリスが好き。

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