ソランジェやカニエ・ウエストも絶賛するサンファの歌声
ビヨンセの妹であるソランジェの全米第1位になったアルバム『A Seat At The Table』(2016年) に参加した他、多大な影響力を持つカニエ・ウエストが彼のことを絶賛し、カニエの楽曲「Saint Pablo」で彼をフィーチュアリングしたと言えば、サンファ(Sampha)の評価の高さが伝わるだろうか。
彼の歌声がロンドンのクラブシーンから世界的へと知られるようになったのはSBTRKT(サブトラクト)のデビュー・アルバム『SBTRKT』(2011年)に参加したことから。このアルバムは日本でもヒットし、サンファは2011年にSBTRKTの来日公演に同行して日本に2度来ている。そのうち1つはフジロックフェスティバルで、2回目は深夜のリキッドルーム公演だったが、そこで聴けたのは“魅了される”という言葉がふさわしい歌声だった。そしてジェシー・ウェアとの共演他、海を渡ったアメリカではドレイクとのコラボで注目され、その後は冒頭のように曲制作に招かれることが続いた。
サンファは昨年末12月にも来日し、初単独公演も行っている。ただ、私はこの時は同時期に来日していたThe xxのことで頭がいっぱいで(笑)、The xxのライヴのオープニングに登場していた彼のパフォーマンスは見ていたものの、今年2月発売予定だったこのアルバムのことはきちんとチェックできていなかったので、単独公演に行けばよかったと、後悔しているところだ。
シンガーとして絶賛されているサンファだが、このデビュー・アルバム『PROCESS』は全て自作曲で演奏も担当、プロデュースはThe xxのエンジニアとしても知られるロディ・マクドナルドと共同で行っている。細かいことを書けば、曲「Timmy's Prayer」がカニエ・ウエストとの共作で、他にもコラ(西アフリカの弦楽器)奏者やドラム奏者が参加しているが、ほぼ1人で演奏していると言っていい。私がサンファの存在を最初に知ったのはプロデューサーとして活躍するクウェズに2012年にインタビューした時で、今から思うと彼はクウェズと同じような立ち位置にいたのかもしれない。
サンファの『PROCESS』はバラエティに富んだ1枚で、打ち込みのダンス・ナンバーもあれば、彼の家族のルーツが西アフリカのシエラレオネ共和国とあって、民族楽器コラの優しい調べがエレクトロなサウンドに心地良く馴染んでいる曲もある。母親が癌と戦っている時に、実家のピアノに思いを馳せながら書いたピアノの弾き語りのナンバー「(No One Knows Me) Like The Piano」が4曲目にあり、この曲順はやや意外な気がしたけれど、緩急のあるアルバムながら流したままでゆるりとした気持ちで過ごせるのは、サンファの人柄を感じさせるものだからだろう。
父親の転勤で家族がシエラレオネ共和国からイギリスへ移住し、5人兄弟の末っ子としてロンドンで生まれたサンファ。音楽好きだった父親は、早くからサンファの才能に気づいていたのか3歳の時にピアノをプレゼントし、さまざまなジャンルの音楽を彼に聴かせていたという。しかし、その父はサンファが9歳の時に亡くなり、26歳の時には母親を亡くしている。その心の穴の大きさは計り知れない。EP『Dual』(2013年)をリリースしてから、フルアルバムの完成までに時間が掛かってしまったのにも、そのような事情があったからだそうだ。
『PROCESS』では不安や切迫感、後悔や悲嘆を歌っていて、アルバムタイトルそのままに“今”に到達するまでの彼の人生の「プロセス」を想像してしまうけれど、一方で普遍的な思いを歌っているので共感しやすい。決して重くならないのは、音使いのセンスの良さや、朝靄が晴れてゆっくりと陽が差して来るような声質に負う部分が多いと思う。その声がサウンドに馴染み、気持ちを緩やかに乗せていけるアルバムになっているのだ。その卓越した才能には、まるで、日々の緊張から心をほぐしてくれる効用があるような気がする。
サンファのデビュー・アルバム『PROCESS』は現在発売中。
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