Dance & Dancers

Dance & Dancers/浦野芳子

静かに、そして淡々と魂を揺さぶる、勅使川原三郎ワールド

書物も、舞踊も、同じくらい好きだ。

このふたつは、今まで知らなかった世界へ連れて行ってくれる。そして、

固まった心をやわらかく掘り返してくれる。

少しだけ柔らかくなった心には、探求という種を蒔くこともできる。

だから、これからの自分がちょっとだけ楽しみにもなる。

しかし、時として書物は「言葉」という情報によって思考を縛ることもある.。

その点舞踊は、文字や言葉に縛られない。

ただし、そこからどれだけの物語を引っ張り出すかということに関しては、

こちらの想像力がものを言うのだろう。

自分の経験と、作品が、追いつ追われつ。しのぎを削り合いながら、

遠くを目指していく。だから、

わざわざ宇宙船に乗らなくたって、うんと遠いところへも出かけられる。

 

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※2016 6月26日『白痴』より

 

今回のKARASのアップデイトダンスNo36は『白痴』。

文豪ドストエフスキーの名作である。

長い上に複雑(ロシアの文豪の作品はおおむねこういう傾向にあるけれど)。

若いころ一度チャレンジしたが、ちんぷんかんぷんで、作者の意図することなど読み取れるはずもなく、ただ、ただ、やっとこさ読み終えた達成感だけが残った。

 

しかしこの日、私は、『白痴』の大切な部分を少し読むことができた気がした。

文字情報に縛られることなく、勅使川原氏の身体から発せられる空気に

集中できたためだ。

 

本を読むとき私は文字の流れに従わざるを得ないが、

舞台―とりわけ言葉による表現に頼らないダンスの舞台を鑑賞するときは、

その表現から零れ落ちるメッセージを拾い集め、

自分の中で言葉とイメージをつないでいく。

でもそんな時間を授けてくれる作品・舞踊家は、たくさんはいない。

しかし、今回の勅使川原氏・佐東利穂子氏の表現からは、両腕に抱えても足りないくらいのメッセージとイメージをもらうことができた。

話はいきなり飛ぶけれど、終演後、勅使川原氏が
「技術がしっかりしていないと本当のことは表現できない。

だから私たちは稽古を重ねている」

とコメントしたのに胸を衝かれた。

 

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 勅使川原三郎

 

KARASの公演には何度となく足を運んでいるし、

唯一無二の身体性、芸術性と尊敬しながらも、

しかし新鮮さは? と尋ねられると、その部分については饒舌になれない自分がいた。

しかし。

闇に光がにじみ、その中に申し訳なさそうに膝を折ってたたずむ男(勅使川原)が現れる。

まるで叱られている子どものように頼りない(これが白痴なのか?)

しかしその膝が伸ばされると、舞台に優雅な足取りで現れた魅惑的な女(佐東利穂子)に、

果敢にアプローチを繰り広げる。

さまざまな攻防の末、女は軽やかに男の世界から姿を消し、そのあとは......

 

普通の男であろうとする自分と、本来の自分との間で苦悶する彼であるが、

"普通"であることに伴う怒りや、欲望、そうしたものと付き合うことが

どうやら自分には不具合なのだと気づく(これはあくまで私の解釈です)。

自分には「普通」という上着はいらない、

そう悟ったとき、男は頼りない自分へと帰っていく。

 

 

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 佐東利穂子

 

生の舞台は、「今」の連続だ。

さっきのことも、今夜のことも、舞台を見ている私にはまったく関係のないことで、

とにかく「今」の「勅使川原三郎」とともに呼吸していた。

......途中で、「これって、本質的な瞑想だな」と思った。

すべての雑念の中から輝かしい「今」が立ち上がる。その瞬間だけにひたすら集中する。そういうことだ。

 

舞踊とか文学だとか、そういう垣根を超えた

人の心に響くもの、伝えるとはどういうことか、

それらに対するひとつの答えをこの舞台に見た気がした。

レッスンスタジオとシアターがひとつになったアートスペース、

『カラス アパラタス』は客席数60の小さなシアターである。

 

つまり、限られた人にしか、この作品を味わうことはできない。

 

ちょっとだけ、ちょっとだけですよ......KARASを選ぶということは同時に、

自分も選ばれているのだと、舞い上がってしまった。

 

『白痴』は今月29日水曜まで。

しかし、今後もアップデイトダンスシリーズや

新作の上演は続く。HPをチェックして、ぜひ出かけてみてほしい。

 

http://www.st-karas.com

 

●次回公演案内

アップデイトダンスNo.37 アパラタス3周年

「夜 la nuit」

 

【出演】佐東利穂子 勅使川原三郎

 

【日程】全8回公演

2016年

7月20日(水)~7月28日(木)

開演30分前より受付開始、客席開場は10分前、全席自由。開演後の途中入場不可。

 

【会場】カラス アパラタス/B2ホール

 

【料金】一般 予約2500円 当日3000円

    学生 1500円(予約、当日共に)

 

【予約】メール updatedance@st-karas.com

  件名を「アップデイトNo.37」とし、本文にご希望の日付、一般または学生・枚数・住所・氏名・

日中連絡のつく電話番号をご記入ください。メール予約受付は各回とも前日の24時まで受け付けています。

 

 

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