届かないものに命をかける―米沢唯の『ロメオとジュリエット』
『ロメオとジュリエット』は。演劇、バレエ、どちらの世界においても不朽の名作に数えられている。映画やミュージカルなどにもこの作品をベースにしたものは多い。シェイクスピアの時代から今日まで愛され続けてきたのには、愛と死、争い、権力と心、そうした普遍的なテーマが、若い男女の悲恋を通してロマンティックに語られている点にあるのだろう。
新国立劇場バレエ団の2016/2017シーズンはこの作品で幕を開ける。主役のジュリエットは小野絢子、米沢唯、ふたりのプリンシパルが務めるが、今回は初めてこの作品に取り組む米沢唯にこの作品に臨む気持ちを尋ねた。
「バレエは美しいもの、という概念をいったん捨てなくてはいけない作品だ、と捉えてリハーサルに臨んでいます。この作品には清濁併せ持つ人間の生々しさが描かれています。うまく、きれいにまとめようとするのではなく、ひとりの人間として自然に湧き上がってくる感情を、解放したいです」(米沢)
敵対する家に生まれたふたりが恋に落ち、死によって思いを遂げるという4日間のラブストーリーである。
まだ少女のようなジュリエットが、恋に落ちることで一気に大人の女性へと成長していきます。だからと言って感情を勢いよく放出すればいいというわけではないと思うんです。“やっているつもり”になってしまったらそれは自己陶酔だから」(米沢)
自己陶酔の表現では客席が冷めてしまう。どのようにしたら共感をもって観ていただけるのか、それをリハーサルを通して研究中だという。
「表現とは、経験の積み重ねの中から引き出されてくるものだと思います。だからといって、今から急に失恋することはできないですけど」(米沢)
経験することより、想像力により自分の感情をうまく引き出すことができるかどうか、がアーティストには求められる。
「自分の気持ちのどこに触れたら、涙があふれてくるのか、今それを探っています。からだの奥にある言葉にならないものに触れ、呼吸と一緒に外へと誘う、そんなイメージです。大勢の仲間や先生方が見守るリハーサルの中で、どこまで自分に集中して表現することができるか……挑戦しているところです」(米沢)
ケネス・マクミラン版『ロメオとジュリエット』は超絶技巧が随所に盛り込まれた、難易度の高い作品だ。軸やステップが崩れるか崩れないかの絶妙なバランスの中に、様々なテクニックが散りばめられている。人気の“バルコニーのパ・ド・ドゥ”ではロメオがハイスピードのピルエット(回転)やジャンプを情熱的に繰り広げ、ジュリエットに想いのたけをぶつける。そこに嬉々としてからんでいくジュリエットの軽快なステップはまさに恋に浮足立つ乙女の心情。観ているこちらも胸がきゅっと締め付けられるよう。そして、高揚するふたりの気持ちそのままの、アクロバティックなリフトがふんだんに盛り込まれている。もう誰にも止められない熱い想い・情熱・青春の1ページが、巧みに表現された振り付けであると思う。
しかし、ロメオが街から追放される朝の“寝室のパ・ド・ドゥ”も同じ曲と振付がベースになっている。ここがミソ!と私はいつも感心してしまう。バルコニーのシーンではあんなにも力強く、希望に溢れていた二人の未来が、スローダウンして重くなった音楽と身体の表現により、強い絶望感として描かれているのだ。
「技術は練習すればなんとかなるでしょうが、やはり感情表現ですね、大変なのは。今回は、マクミランのお膝元とも言える英国ロイヤル・バレエ団のプリンシパル、ワディム・ムンタギロフさん、新国立劇場バレエ団若手の井澤駿さんと組んで踊りますが、井澤さんと私はこの作品は初めてです。特にバルコニーの場面の男性は大変だと思うのですが、日々たくさんの要求を突き付けられながらも弱音を吐かず、挑戦している姿に勇気をもらっています」(米沢)
今回のような作品となるとなおさら“舞台の上でもっと自由になりたい”と米沢は言う。何も考えずとも自然に身体が動き、思いのままに情動を乗せられるようになりたい、と言うのである。そのためにはもっともっと、自分の身体を開発していかなければならない、とインタビューのこの日の夜も、パーソナルトレーニングの予定を入れていた。
「身体のつながり方や動きの流れ方を日々確認しています。その感覚をもって毎日のクラスレッスンに臨むと、新たな感覚に出合えることがあり、バレエがますます面白く感じられるようになってくるんです」(米沢)
最後に、互いの気持ちを確かめ合ってからわずか4日で、相手のために自分の命を捧げてしまえるジュリエットの気持ちを理解できるかどうかを尋ねてみた。
「できます。愛、って異性だけに向かうものではなく、その人が何を大切に思っているかによって対象はいろいろだと思うから……。私の場合、それはバレエです。大きな喜びを与えてくれる一方で、手を伸ばして追いかけても、どんどん届かないところへ行ってしまう、そんな悲しさも教えてくれます」(米沢)
届かないもの、遠くへ去ってしまうものに自分の命をかける、そんな気持ちでジュリエットを演じてみたいという。……ついつい“知り合ったばかりなのに命まで投げ出さなくても”、などと考えてしまう私は、想像力が枯れているなぁ。
新国立劇場バレエ団『ロメオとジュリエット』
10月29日~11月5日 全6回公演
http://www.nntt.jac.go.jp/ballet/romeo_and_juliet/
※米沢唯さんは30日、3日、5日に出演します。
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