変容する空間、『SHE』―佐東利穂子インタビュー
以前、勅使川原三郎氏にインタビューした時、氏は佐東利穂子について、「第一印象からしてフラジャイルなものを感じた」と言った。
フラジャイル、壊れやすさ、傷つきやすさ――それは危ういものであると同時に繊細な感性のことでもある。繊細な感性はあらゆる刺激をキャッチする鋭いアンテナを持っている。佐東のダンスは、彼女自身が感じたさまざまな事象に対して細胞のひとつひとつが反応して創りだされているようにも見える。
勅使川原三郎が主宰するKARASのワークショップは独特だ。
バレエなどのように決まった型を学ぶのではなく、ひたすら身体の力を抜くことに集中するよう促すものだ。具体的に言うと、ジャンプや駆け足などの動きを繰り返しながら身体のいろいろな箇所に意識を向けてく。1時間半このワークショップを受けると、頭は空っぽ、身体は着こんでいたものを脱ぎ去った後のように軽く感じられる。佐東をはじめとするKARASのメンバーは、日々これを繰り返し、舞台に臨んでいる。
「KARASのワークショップで重視しているのは頭で考えるよりまず“感じ方を鍛える”ことです。身体を動かし続けることで自分の尺度というものが分かってくる。それは呼吸と身体の関係や調和です。呼吸と向き合うと自然に他者の視線から離れ、自分自身と向き合うようになります。そうすると恥ずかしさやプライドなど自分を縛りつけている感情から解き放たれていく。特に、若い人たちを見ていると彼らが羞恥心などから放たれていくのが分かります。ワークショップは普段の自分から離れ、身体と向き合える特別な時間です。」
かつて佐東自身がそうだった。
大学生になりダンスサークルに入ったものの、表現とは何かが良くわからず、何かなじめないものを感じていた時に勅使川原氏のメソッドに出合い、
「自分自身の身体で実感して感じる方法がここにあるのではないか、それが技術、表現につながるのではないか、と思ったんです」
それはあくなき自分自身への探求の始まりの一歩だった。
はじめて参加した公演では、
「勅使川原さんの後ろで、空気に溶けるようにそこに在る、という役割をさせていただきました。溶けるようにただ「いる」ということに、何か、形を超えて広がる自分の身体を感じました。その時に教わったことは自分の身体感覚のベースになっていると思います」
さらに、身体を探求、解放することで自分の中に眠っていたものが動き始めた。
「喋りたい、今感じていることを言葉にして他者に伝えたい、という欲求が増えたんです。けれども、すべてを言い切ることはできない。もどかしいからもっと踊りたくなる。すると次から次へと話したいことがあふれてくる……踊ることを通して、私は以前よりお喋りになりました」
身体が言葉を引き出しているのである。
正確に言えば、身体が思考へと誘い、その思考を経過して言葉が生まれてくる、のだろう。
「勅使川原さんはよく、ワークショップの中で“空っぽになるように”とよく言います。これは、頭が先行すると見えないことだらけになってしまう、という意味なのだと理解しています。知っていることでも初めて出会うこととして接すると、今まで見逃していたものに出会えるし、知っていたと思っていたことも新鮮に感じることができます」
さて。
『SHE』 は2009年に初演された作品である。タイトルから察するに、勅使川原氏が感じた彼女=佐東利穂子、が題材となっていることは間違いない。
「日常的な意味での私自身というよりは、勅使川原さんが用意した空間(美術や照明、音楽も含める)に置かれた私がそこで何を生み出していくのか、身体としての私の存在が、そこでどのように揺さぶられ変化していくのかということを問われている作品だと理解しています」
勅使川原氏が佐東に指示しているのは、動きの質感とタイミングだけ。それを手掛かりに空間を感じて身体を動かす。
「即興、ではなく即応、です。感じる身体に対応するものとして周りの環境があります。音楽も空間の一部ですから音楽と呼吸を合わせることはとても重要です。が、カウントを取りながら踊るということはありません。音の重なりや膨らみを呼吸し、一体となるように身体の余分な力を抜きます」
大切なのは、全身の感覚を使って“音楽を含めた空間”と身体が一体となることなのだ。
「2009年の川崎市での初演の後、日本の地方都市、グルノーブル、パリ、などで2011年、2014年と再演を重ねてきましたが、東京で公演するのは今回がはじめて。また、回を重ねるたびに、少しずつ自分が変化しているのも感じています。会場も異なるわけですから空間が変わることで身体の反応が変わる、ということももちろん影響しています」
初の東京公演は、3年前にできたKARASの拠点『カラス・アパラタス』で上演される。
「アパラタスは独特の小さな空間ですから、作品のエッセンスが凝縮されたようになるのではないかと想像しています。今、リハーサルをしながら改めて作品と自分の関係を見直しているところです」
今年、KARASでの活動が20年を迎えた佐東利穂子が、そのタイミングで、拠点であるアパラタスでソロ公演を行うというのは、佐東にとってはもちろんKARASとしても意味のあることではないだろうか。
「迷いなく踊ってこられたのは、環境・作品・人、たくさんの出会いが刺激となってきたからです。これからもKARASを拠点に活動し続けたいと考えています。作品作りという意味とはまた別に、ダンサーがダンスを生み出す可能性を探り、身体で、言葉で、伝えていきたい」
『SHE』を終えるとKARASはヨーロッパでの秋のツアーへ出かける。
「フランスは幅広い層の観客が来てくれて中には“おかえりなさい”なんて声をかけてくれる人もいます。スペインのお客さまなどは、盛り上がると足踏みで拍手してくれます。異国の文化・空気感の中で公演するのも刺激的です」
かく言う私も、KARASの公演に出かけるといつも自分の心の声のひとつやふたつは拾い上げている一人。『SHE』は初めて接する作品になるので個人的にも楽しみだ。
KARASアップデイトダンスシリーズNo40
『SHE』
出演:佐東利穂子
演出・照明:勅使川原三郎
会場:カラス・アパラタスB2ホール
www.st-karas.com/karas_apparatus
公演:2016年10月17日~26日(21日、22日は休演、23日日曜のみ16:00、他日は20:00開演)
ARCHIVE
MONTHLY