宇多田ヒカル15歳、鮮烈なデビューを振り返る。

昨年11月24日に配信開始後、世界中で大きな反響を呼んでいるNetflixシリーズ「First Love 初恋」。満島ひかりさん、佐藤健さん演じるふたりの主人公が、宇多田ヒカルさんの同名曲に合わせて紡ぐ究極のラブストーリーには、フィガロジャポン4月号にも登場する八木莉可子さん、木戸大聖さんも出演しています。

ドラマの元となった「First Love」は、1999年に発売された宇多田ヒカルさんのファーストアルバムのタイトル曲でもあります。発売されたアルバムは、日本国内のセールス歴代1位を記録する社会現象に。この曲を彼女が作り上げたのはなんと15歳の時! デビュー当時の鮮烈な思い出を、音楽ジャーナリストの伊藤なつみさんに思い返していただきました。

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宇多田ヒカルさんのデビュー時の印象は?と聞かれて、ふと当時の取材ノートを開いてみた。初インタビューは1998年11月8日、デビュー・シングル『Automatic / time will tell』が発売されたのが12月9日だから、1ヶ月前のことである。 

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いまはもう懐かしいCD Single。開封しないまま保管していました。

取材前に送られてきた「Automatic」と「time will tell」に、とにかく驚いた。ちょうど日本で女性R&Bシンガーが増えていた時期だったけれど、そのビート感や、スキャットなどを乗せていく時のリズム感など独特で突出していたし、語りかけてくるような歌詞は日常の話し言葉とユニークな比喩が絡み合っている。しかも、かっこよくてすごいクールなんだけど、その一方で、どうしてこんなに胸が締め付けられるのだろう、こんなに切ない歌を歌えるのだろう……と、温かみのある声にヒリヒリする痛みが共存した歌に中毒になっていった。特に「time will tell」は最初に聴いてから、止められずそのまま30回は繰り返し聴いたと思う。 

この曲はカップリング曲だったが、デビュー前から「Automatic」同様に全国のラジオ局でチャートインしていたくらい、推し曲をひとつに絞れないほどの魅力が双方にあふれていた。私は弱冠15歳なのに「time will tell」で“時間がたてばわかる”と歌ってしまうのは凄いと思ったが、すぐに宇多田ヒカルの歌には年齢も国境も超えて伝わる魅力があると気がついた。

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本人がどこまで意識して歌っていたのかはわからない。言葉のセンスも見事だが、歌心も素晴らしい。曲は、オープニングのハミングからレゲエ風のリラックスしたバックビートへと切り返し、ややテンポ速めの曲調にノリながらスタートする。前半はどこか幼さが漂うような無垢な歌声で言葉を置くように歌いつつ、“青空へtake off!”という展開から、サビでは彼女のハスキーな声、憂いを帯びた歌声を活かしたメロディに乗せて、一気に揺れる心情を吐露。“Time will tell 時間がたてばわかる”と歌った後に、寂しさと切なさの混ざり合った透明感あるウィスパーヴォイスで歌う“Cry”に想いが込められる。“だからそんなあせらなくたっていい”では気持ちのアップ&ダウンがまさにメロディに共鳴し、また“明日へのずるい近道はないよ”と歌う精一杯絞り出したようなハイトーンからは、マイナー調に落とし込み、希望を不安げに抱く心情を“きっと きっと きっと”という言葉に込めて呟く。そこから淡々としたようにメジャーコードへ戻していく展開も見事で、2番へと進むにつれ、感情はさらに深まっていく。曲調に沁みる歌詞、歌い方が全美にマッチしていて、凄い才能だと思ったし、聴くたびに「いまを生きているんだよね」「生きなきゃダメだなぁ」と励まされたりしていた。いま久しぶりに聴いているけれど、やっぱりこの曲、大好きだし、泣ける。

完成度の高さという意味では「Automatic」が、歌い出しのブレスや、言葉の切り方からして、すべてが完璧に思える。ここでは説明を省くけれど、「time will tell」での、どこか隙のある緩さが心地よいとしたら、「Automatic」はサビのちょっとしたビブラートでも琴線に触れるほど、一つひとつのフレーズに心が揺さぶられてしまうほど絶妙だ。当時はMVでの動きも話題になって、真似する人が続出していた。そして確か、宇多田ヒカルが日本語で曲を書くようになって、これらは2曲目、3曲目に完成した楽曲だと話していた気がする。

続く第2弾シングル「Movin’on without you」は発売1週目で50万枚弱も売り上げ、翌年3月に発売になったデビューアルバム『First Love』は社会現象となるほど記録的な大ヒットとなった。ここには、15歳になる少し前から15歳の終わりまでの約1年間で曲作りからレコーディングまで行ったという、リアルな心情を託したナンバーが収録されたのだが、一体どれだけの世代を超えた人々の心を捉えたのだろう。そして翌4月にシングルカットされた「First Love」は、爆発的人気をさらに高みへと決定的に持ち上げた。この曲について彼女は『mc Sister』誌の連載「ヒカルのいきあたりバッタリ」(1999年5月号)で、「……この歌をきっかけに、かなりすっきりしたかな。ウップンが晴れたってゆうか(笑)。自分の中で解決できなかったことがあるからこそ歌が作れるわけで、なんか、First Love作って歌ったら、今まで言えなかったことがやっと言えたみたいだ」などと、思いを綴っていた。 

 

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宇多田ヒカルさんに最初に会った時の印象は、飾らなくてフレンドリーな感じ、そのままだった。彼女はデビュー前の10月からFMで自分の番組を持っていたので、喋ることには慣れていた気がしたし、特に緊張した雰囲気もなく、また私が2曲しか聴いていなかったこともあって、雑談みたいな時間だった。でも、宙を見て考えてから視線を落として話す際の目の動きや表情などから、とても繊細な心の持ち主というのは瞬時に読み取れた。

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宇多田ヒカルさんデビュー当時に関係者に配布されたフォトカード。裏に好きな映画、作家といった情報から、すでにチャートインしているデータなどを掲載。

当然ながら音楽の話は尽きなくて、最初に夢中になったディズニー映画『リトルマーメイド』のサウンドトラックの話から、好きなシンガーの話ではミニー・リパートンを筆頭に、ローリン・ヒルやメアリー・J.ブライジ、JoeといったR&B系から、フレディ・マーキュリーまで。ガンズ&ローゼズの曲「November Rain」が好きだとも話していた。通っていたアメリカン・スクールでは男の子と遊んでいることが多く、バスケットボールが得意とも。ファッションも、当時はストリート系だった。

また、当時すぐそばにマネージャー兼プロデューサーとして父親がいたにもかかわらず、「5歳までは父親似で嫌だった」とか、「夫婦喧嘩も普通に子どもの前で見せる両親だから」とか、家族の話も普通にしていた。一方で、父親が「一度も怒ったことがないほど世話がかからないんです」とも話し、その様子から、彼女は自立心がとても強いのだろうと感じられた。だからこそ、音楽などに思いを吐露しながら生きてきたのだろう。音楽の他に、絵を描くのが得意というのも、ひとりっ子ゆえ、自分の時間がそのままクリエイティブな作業時間になっていたのだ。「性格的にはすごく負けず嫌いだし、弱いところもあると思う。子どもながらずいぶん修羅場も見てきたし。そういう自分を素直に歌詞に出していければと思っているけれど、結構恥ずかしいね。でも、その瞬間瞬間に感じた気持ちをうまく表現していければと思ってる」。 

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それにしても、どうして宇多田ヒカルの歌はこんなにも人の心を捉えて離さないのだろうか。デビュー翌年からヒッキー(当時はこの愛称で呼ぶ印象の方が強い)が連載を始めた雑誌『mc Sister』は、私も連載を持っていたこともあってよく読んでいたのだけど、毎回、読者愛というか相手を思う気持ちがページからあふれていた。誌面に手書きだと書きたいことが入りきらないからか、喋る言葉をそのまま印刷した文章がメインになっていたものの、必ずそれとは別にイラストや追記的なことや心の声みたいなものを手書きで寄せていた。だから誌面なのにそこから一人ひとりに話しかけてくれるような表現になっていて、放つパワーも凄いけれど、そういった誰をも受け入れようとする姿勢や懐の深さにも感心させられた。

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デビューシングルのCDや歌詞の部分にもヒッキーのイラストが。

2ndアルバム『Distance』(2001年)の取材時には「“わかり合いたい”“うまく気持ちを伝えたい”という思いは歌のテーマにもなっている」とはっきり語っていたが、リズム、メロディ、歌詞、歌声……、宇多田ヒカルから出てきたそれぞれが見事に融合し、彼女の音楽、曲になっている。エンパシー能力が高いからこそ、人の心をしっかり捉えてしまうのだと思う。

10歳で本格的に曲作りを始め、初めての自作曲は「I’ll Be Stronger」。1995年からはアメリカでcubicUという名前で活動してきた。ただ、最初の取材の時に「家業を継いだ感じで、別にまだシンガーでずっとやっていくつもりはない」と話していたのも印象に強く残っている。

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振り返ると、彼女は人を思う優しさや人としてのバランス感覚を、常に意識して持ち続けてきたと思う。コロンビア大学に進んでからは、哲学関連のエッセイを読んだり、聖書を読了するなり、さまざまな国籍や宗教観の違う人たちとの交流を経ていわゆる人間力を磨いていたし、その後、音楽活動に専念した後は、「流れを一旦止めて、音楽以外のことをして成長したい」と、彼女のいう「人間活動」のために約6年間活動休止していた。本来の自分と宇多田ヒカルとの間のブレを修正しようとするなど、メタな視点から人としてあるべき自分を客観視できるからこそ、いろいろな人の心に通底する思い、寄り添える曲を書けるのだろう。子どもの頃から読書家でもあった宇多田ヒカルは、譜割にもこだわる一方で、そこへ乗せる言葉の修辞的なこだわりも強く、そのことが人間的な深みも伴った歌をさらに美しく聞かせている。

とはいえ、歌うには相変わらず難しい曲ばかりだ。そのことは本人も「Can You  Keep A Secret?」(2001年)の話をしていた時に認めていた。「自分でもむかつく。(中略)自分が作ったのにスタジオに入ってうまく歌おうとすると、たいてい“うわぁ歌いにくい”って思う。すごく歌手思いでない作曲家なの(笑)」。おそらく最初の頃は作曲家の宇多田ヒカルが、歌手の宇多田ヒカルの才能を引き出してきたと言っていいと思う。いまはどうなのだろう。最新作『BADモード』(2022)を聴いているともの凄い勢いで、アーティストとしても人間としても進化しているのがわかる。その分析は別の機会にするとして、でもなんとなく、「三つ子の魂百まで」じゃないけど、彼女には揺らぎないものがあるし、根本はずっと変わらないように思える。 

 

「time will tell」を聴き始めたら、また止まらなくなっている。おそらく当時は自分のために書いたとしても、友達想いの宇多田ヒカルの姿も浮かんでくるし、結果、リスナーみんな自分への歌として受け止めて、前を向くのだと思う。やっぱりこの曲は、宇多田ヒカルを語るのに外せない曲だと思う。

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
Twitter:@natsumiitoh

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