パヤル・カパーリヤー/映画監督・脚本家
1986年、インド・ムンバイ生まれ。名門インド映画テレビ研究所で演出を学ぶ。短編作品で数々の賞を受賞後、初長編ドキュメンタリー作品となる『何も知らない夜』で2021年のカンヌ国際映画祭監督週間に選出、ゴールデンアイ賞(ベストドキュメンタリー賞)を受賞し脚光を浴びた。
矛盾に満ちた現実の中で、"光"を見つめる。
第77回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門にインド映画として30年ぶりに選出され、グランプリを受賞した『私たちが光と想うすべて』は、パヤル・カパーリヤーの長編デビュー作である。ドキュメンタリーですでに高評価を得ているインドの新星は、いまを生きる女性たちの切実な日常を幻想と現実が静かに交差する詩情あふれる映像で描き出した。
「インド映画では女性の登場人物は男性の物語の中で脇役に置かれることが多く、それに対して私自身、ずっと違和感を抱いてきました。でもここ数年で、女性監督たちが増え、視点そのものが少しずつ変わってきたと感じています」
監督が舞台に選んだのは、自らも生まれ育った大都市ムンバイ。そこには「女性が自由に生きやすい一方で、生活コストが高く、経済的には厳しい」という矛盾した構造があるという。看護師を主人公に据えたのは「女性にとって家族にも認められ、経済的自立もできる数少ない職業だから」だ。
「職場では尊重もされます。そうした中で、彼女たちがどのように暮らし、何を考えているのかを描きたかった」カパーリヤーは避妊や性に関する描写も厭わなかった。「検閲でカットされるのではと思っていましたが、意外にも何も削除されず、本国ではR指定だけで済みました。それだけでも時代の空気が変わってきたと思います」
都市と田舎、保守と変化、宗教を超えた関係性など、さまざまな対比構造の描写が印象的だ。
「私は、この世界が矛盾に満ちた場所だと思っています。登場人物たちも、意見が食い違ったり、ぶつかったりする。でも、違いを抱えながらも関係を築いていくこと、その中で共感が生まれていく過程にこそ、希望があると思うのです」
映画の後半、登場人物たちは都市を離れ、海辺の村ラトナギリへ向かう。そこからは時間の流れが変化し、物語もより幻想的な領域へと移行する。仏教遺跡を思わせる洞窟の場面も印象的だ。「時間を超えて人々が訪れた痕跡のようなもの、無時間的な広がりを感じさせたかった」と言うが、本物の修行場での撮影は許可が下りなかったので、別の場所でそう見えるように撮影したそうだ。
「前半の都市のシーンでは、すべてがせわしなく、何かをこなすだけで時間が過ぎていく。でも、田舎では時間がゆっくりと広がり、それに伴って人間の感情も開かれていく。映画の中で"時間の感覚"がどう変化するかに興味がありました」
"光"は、この映画の核となるモチーフのひとつだ。星の瞬き、街灯の煌めき、夜に打ち上がる花火......。
「ムンバイの夜を撮りたかった。自由で曖昧な時間。闇の中には必ず光がある。そのことに、ずっと惹かれていました」

『私たちが光と想うすべて』
ドイツに行った夫から連絡が途絶えた看護師のプラバ。同僚のアヌはイスラム教徒の恋人と密かに付き合っている。ふたりは立ち退きで故郷に帰る友人と海辺の村へ向かい......。
7月25日からBunkamura ル・シネマ 渋谷宮下ほか全国で公開。
© PETIT CHAOS - CHALK & CHEESE FILMS - BALDR FILM -LES FILMS FAUVES - ARTE FRANCE CINÉMA - 2024
*「フィガロジャポン」2025年9月号より抜粋
photography: Ranabir Das text: Atsuko Tatsuta