フィガロが選ぶ、今月の5冊[2016.08.12~]
Culture 2016.08.12
「フィガロジャポン」9月号に掲載した今月のおすすめ書籍情報を、madame FIGARO.jpでもお届け。いま読んでおきたい、国内外の注目作品とヴィジュアルブックをご紹介。
エイミー・ベンダー著 管啓次郎訳
角川書店刊 ¥2,376
食べ物がそっと気づかせてくれる、家族の不器用さ。
『レモンケーキの独特なさびしさ』
文/松田青子 小説家、翻訳家
著書に『スタッキング可能』『英子の森』、訳書にカレン・ラッセル『レモン畑の吸血鬼』『狼少女たちの聖ルーシー寮』(すべて河出書房新社刊)など。近著に『ロマンティックあげない』(新潮社刊)。
最も身近な存在である家族が幸せではないと気づいてしまった時、私たちはどうしたらいいのだろう。しかも、そのことに自分だけが気づいてしまったとしたら。
誕生日に母が作ってくれたレモンケーキを食べた少女ローズは、その中に「不在、飢え、渦、空しさ」の味を感じとる。それ以来、彼女は何を食べても違和感を覚え、自分には、食べものを作った人の気持ちがわかる能力があるのだと気づいていく(『食べものって感情でいっぱいだよね』)。この物語にはたくさんの食べものが登場するが、そのほとんどに怒りや悲しみや焦りなど、人間のネガティブな感情が含まれていて、ローズが食べることのできるものは本当に少ない。けれど、その中のいくつかは、同級生のサンドウィッチや小さな店のオニオンスープなど、穏やかな心や愛の味がする、彼女が安心して食べることのできるものだ。それだけでどれだけすごいことか、読んでいると思い知る。
何より悲しいのは、ローズの母の料理の味だ。ローズは、母が毎日家族のために作ってくれる食べものをおいしく感じることができない。そして、ある時、その味の変化から、母の秘密を知ってしまうことになる。
巨大な寂しさを胸に抱えた母、優秀だが、まわりの人たちと馴染むことのできない兄、家族で最も普通なのに、あることがどうしてもできない父。ローズの家族はそれぞれ自分のある部分を持て余し、困惑している。社会という大きな世界で生きていかなければならない時、感じやすさや繊細さから来る「能力」は、「弱さ」に少し似ている。バラバラになっていく家族の中で、「こんな力はいらない」と戸惑いながらも、ローズは十年以上をかけて、自分の「能力」との付き合い方を模索し、それを「強さ」に変えていこうとする。孤独な者同士、そばにいることしかできない、不器用なある家族の物語だ。
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須賀敦子著 つるとはな刊 ¥3,078
名エッセイストが綴った、生涯の友への55通の手紙。
『須賀敦子の手紙』
最愛の夫ペッピーノを亡くした須賀敦子が、イタリアから帰国したのは42歳の時だった。深まる孤独の中で生涯の友となるスマ&ジョエル・コーン夫妻と出会う。亡くなる前年まで22年間にわたって書いた55通の手紙すべてをカラー写真で掲載。万年筆の筆跡に、故人の肉声を聴く思いがする。「もう恋はおわりました。その人をみてもなんでもなくなってしまった」。仕事の不安や実らなかった恋が綴られた私信に名エッセイストの素顔が垣間見える。全集未収録のエッセイ「おすまさんのこと」、妹・北村良子、コーン夫妻へのインタビュー、松山巖のエッセイも収録。
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柚木麻子著 文藝春秋刊 ¥1,404
仲良しだけどセックスレス、夫婦って、結婚って何?
『奥様はクレイジーフルーツ』
アクセサリーデザイナーの初美は32歳。結婚4年め、5歳年上の編集者の夫とは仲が良く、生活に不満はない。唯一セックスレスなこと以外は。大学時代の旧友によろめきかけたり、義弟によからぬ妄想を抱いてしまったり、欲求不満のあまり、悶々としては空回り。「難しいよね、夫婦って。大切にいたわりあうほど、エロいところからは遠ざかる気がする」。女性が口にはしにくい弱点を描かせたら右に出るものなしの柚木麻子が、実は切実なテーマに果敢に挑んだ本作。あっけらかんとした筆致だけれど、夫婦や結婚にまつわる本音と深い箴言が満載の連作短編集。
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ジェーン・スー著 文藝春秋刊 ¥1,404
ジェーン・スーが検証する、〈女であること〉の踏み絵。
『 女の甲冑、着たり脱いだり毎日が戦なり。』
『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』で講談社エッセイ賞を受賞した気鋭のコラムニストによる最新刊。大人の女をいっぱしにやっていこうと思ったら、心身ともにさまざまな甲冑を装着せねばならない。外から女を期待されれば反発し、内なる自分に女が不足していると思えば肩を落とす。「女であること」に日々振り回されている私たち。赤い口紅、ヨガ、オーガニック、自撮り、京都……それを語る時、こじらせた自意識と無縁ではいられないアレコレを検証。その甲冑は、何のため? リトマス試験紙のような一冊。
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Roni Horn著 Steidl刊 40ユーロ
ギフトは誰かから見た私、多様性が問いかけるもの。
『 The Selected Gifts,1974-2015』
1955年NY生まれの現代美術家ロニ・ホーンの写真集。70年代にはミニマリズムの影響を受けた彫刻作品を、90年代以降は写真によるインスタレーション作品でよく知られている。本作で被写体となっているのは彼女が贈られたギフト。二つの顔を持つ人形、本、手袋、滝やふくろうの写真だけファイリングしたアルバム、タコや一見しただけでは何かよくわからないものまで、均一な背景で標本のように閲覧できるそれらは、送り手から観た彼女自身の欠片でもあるのだろう。私とは何者か、その多様性が問いかけてくる。
photos : MAKOTO YOKOKAWA, texte : HARUMI TAKI