フィガロが選ぶ、今月の5冊 笑えるけれど怖い日常をとらえた穂村弘の『鳥肌が』。

Culture 2016.10.04

『鳥肌が』

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穂村 弘著 PHP研究所刊 ¥1,620

 忘れもしない、中学生のときだ。授業中、「あっ」と小声があがり隣の席に目をやると、使い切ってカラになったノリを持った友人の姿があった。
 無論、使い終わったそれは捨てるよりほかないのだが、なぜだか当時ぼくの中学校ではノリのゴミは自分で家に持って帰るという決まりがあった。だから友人も、ノリを筆箱にでもしまうのだろうと考えた。
 ところがだ。彼はこちらを向いてにやりとすると、床にノリを転がしたのだ。
「先生!」
 友人は挙手をして、振り向いた先生にこんなことを口にした。
「落とし物です!」
 そして歩いてきた先生に、自分の転がしたノリを手渡した。先生はすぐに教室に呼びかけた。
「コレ、落としたやつー?」
 手が挙がるはずがない。張本人は目の前にいるのだ。
 先生は首を傾げながらノリをしまった。
「とりあえず、預かっとくから」
 友人は、ひとりでにやにや。
 ぞっとした。
 彼は自分でノリを捨てる手間を惜しみ、それを意図的に落とし物へと仕立てあげることで先生を使役し、処分させてしまったのだ。
 善悪という概念を根本から覆された気がした。ともすれば生命を脅かしかねない、人生の恐ろしさを垣間見た気もした。
 さも当然のような表情で日常の中に溶けこんでいる恐怖。それを鋭利な感性で的確に炙りだしていく本書には、怖さとおかしさが混在していて、最高に妙な気分にさせてもらえる。

文/田丸雅智 作家

1987年、愛媛県生まれ。東京大学工学部、同大学院工学系研究科
卒。2011年に作家デビューし、新世代ショートショートの旗手とし
て活躍。7月、デビュー作『夢巻』が文庫となって双葉社より発売中。
*「フィガロジャポン」2016年11月号より抜粋

texte : HARUMI TAKI

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