マルグリット・デュラスの自伝的作品『苦悩』を映画化。

Culture 2019.02.28

夫の死の影に怯えたわが苦悩を眺める、作家の「分身」のすごみ。

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夫を逮捕した親ナチのフランス人警察官に、作家のマルグリットは誘惑含みの危険な接触を試みる。パリ解放後も解放されぬ女性作家の「苦悩」の軌跡。

マルグリット・デュラスが1996年に81歳で亡くなって、もう20年以上になる。年々歳々、忘却の淵に落ちていく人が多いなか、デュラスの名声は、かつて一世を風靡したフランソワーズ・サガンをしのいで、いまや20世紀フランス最大の女性作家という評価が定着した。

デュラスの何がそれほど深い衝撃をフランス文学にあたえたのだろうか。それはおそらく、人間の根源的な条件だと思われていた、さまざまな観念や感情を疑いに付したことだろう。

本作『あなたはまだ帰ってこない』は、デュラスの自伝的作品『苦悩』の映画化である。

第二次世界大戦中、デュラスの夫は対独抵抗運動をして、当時フランスを支配したナチスドイツに逮捕され、強制収容所に送られた。『苦悩』はまさに、夫の帰りを待ちつづける妻マルグリットの生々しい苦悩を描いている。

マルグリットはひたすら夫の帰還を待ち望む。ナチスドイツと通じて捕虜の待遇に影響力をふるう男と関係をもってまで、夫の安全を確保しようとする。しかし、強制収容所で夫を襲う死の幻影から逃れることができない。

つねに、夫の死の影が彼女を苦しめる。そんな苦悩にひき裂かれ、彼女は分裂して、苦しむ自分を眺めることになるのだ。その分身の場面が戦慄的だ。

長い長い待機の末、ついに夫が姿を現わす。そのとき、彼女の期待という感情が崩れさる。海辺に立つ夫を見つめるマルグリットの最後のセリフが恐ろしい。人間の感情とはこんなにもろいものなのか。デュラスの抉るようなまなざしを、この映画はみごと画面に定着している。

文/中条省平 フランス文学者

文学、映画、漫画など、探求の分野は広い。著書に『反=近代文学史』(中公文庫)、『フランス映画史の誘惑』(集英社新書)ほか。最新の訳書は、ルナール『にんじん』(光文社古典新訳文庫)。
『あなたはまだ帰ってこない』
監督・脚本/エマニュエル・フィンケル
出演/メラニー・ティエリー、ブノワ・マジメル、バンジャマン・ビオレほか
2017年、フランス・ベルギー・スイス映画 126分
配給/ハーク
2月22日よりBunkamuraル・シネマほか全国にて公開
http://hark3.com/anatawamada

*「フィガロジャポン」2019年3月号より抜粋

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