偉大なる写真家ピーター・リンドバーグ、その言葉が語ること。

Culture 2019.09.08

9月3日火曜日、ドイツ人写真家、ピーター・リンドバーグの死亡が家族によって発表された。享年74歳。最も偉大な現代のモード写真家のひとりであり、自然体を愛したことで知られた。

190905-peter-lindberg.jpgミュンヘンでの展覧会『from fahion to realityにて。(2017年4月11日)photo : Getty Images

ピーター・リンドバーグはモード写真に革命を起こした。1988年、リンドバーグはほかとはちょっと違う個性を感じたモデルたちを引き連れて、ロサンゼルスに向かう。白いシャツを着せ、ほとんどメークも施さない彼女たちをビーチで撮影するためだった。このモデルたちはクリスティ・ターリントン、リンダ・エヴァンジェリスタ、タチアナ・パティッツ、シンディ・クロフォード、ステファニー・シーモア、ナオミ・キャンベル。突然のように、まったく新しい「スーパーモデル」時代の幕開けを告げたモデルたちだった。

洗練の極み、時を超越した、手に届かない、そんなモード写真の時代が終わりを告げ、リアルな世界の時代が始まったのだ。女性たちはモデルの中に自分を見いだし、インスピレーションを得ることができる。突然、シンプルこそシックでグラマラスだ、ということを発見したのだ。

2011年の『マダムフィガロ』誌で、リンドバーグはこう語っている。「洗練されたアイデアよりも、いまこの時の女性の姿を描くことが重要だ、と感じていました。自由で、人生に前向きに取り組み、そして独立した女性を」。最初は戸惑いを与えたこれらの写真を手に、彼はニューヨークに戻る。モード写真の時代はまさに変化したところだった。偉大なアーヴィング・ペンと同じように、リンドバーグは戦中のドイツ表現主義の映画に影響を受けたモノクロの名手だったけれど、同時に、1920年代の自由なダンスのムーブメントにも影響を受けていた。ダンスへの情熱を培ったのは、ピナ・バウシュとの深い友情だった。

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彼は女神たちを人間に変身させた

「リンドバーグが興味を持っていたのは、カメラの前に立つ女性たちのパーソナリティでした」。2016年にロッテルダムで行われた回顧展のキュレーションを務めたティエリー=マクシム・ロリオはこう分析している。「彼はこう言っていました。人に会った後、相手の着ていたセーターの色よりも、その視線や瞳、身体の動きを覚えている方が多いんです、と」。リンドバーグが捉えようとしたのは、強く自由な女性のイメージ。「自立した、冒険精神のある、自分の人生に責任を持ち、社会的地位にこだわらず、男から解放された女性の姿を見せることに興味がありました」

その出自も、生涯を決定した要因だろう。彼が生まれたのは、カラーよりも黒のイメージが漂うドイツのルール地方、第二次大戦末期のこと。そんな彼が写真に興味を持たないはずがない。写真のプロセスには魔術がある。2011年の『マダムフィガロ』誌インタビューでも、銀版がつかまえた光によって「目には見ることのできない瞬間を捉えることができるんだ」と、彼は目を輝かせていた。戦後間もない時期のような、何もかもが暗く悲惨な時代を生き延びるには、何が何でも、光の方向に進まなくてはいけなかったのだから。

モード界は9月3日、20世紀に最も光を帯びていた視線を、ひとつ失ったのだ。

texte : Jean-Sébastien Stehli (madame.lefigaro.fr)

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