ドラマだけじゃない! 話題の韓国文学作品をチェック。

Culture 2020.11.11

韓流ドラマや映画、Kポップだけじゃない。『82年生まれ、キム・ジヨン』の世界的大ヒットを例に、韓国文学の勢いが止まらない。8つの注目作品から、知っているようで、知らない、この国のいまを知る。


みんな韓国が大好きだ。ドラマ『トッケビ』のハリウッド並みの映像と恋人たちの切なさにハマり、TwiceやSeventeenのかっこよさに惚れ惚れする。どうしてこんなにも私たちの心をつかむのか。描かれている喜びも悲しみも、しっかりとリアルだからだ。日常生活に潜む喜びも悲しみも、ちゃんと踏まえたうえで作られた作品だからだ。だからこそ、韓国の作品は私たちの心にぴったり寄り添ってくれる。これはドラマや映画、音楽に限らない。現代の韓国文学にも当てはまる。普通に暮らしている人々の言葉で、人々が普通に感じる想いが、激烈な密度で展開されているのだ。だからこそ、不況下の苦しみも、HSP(ハイリー・センシティブ・パーソン)の生きづらさも、海外離散の悲しみも、恋人と向かい合えない弱さも韓国文学は避けない。言い換えれば、私たちの日常をしっかりすくい取ってくれる声が、韓国文学には響いている。今回紹介する作家8人のうち、実に7人が女性だ、という事実は韓国文学のいまを如実に現している。もはや文学はオジさんの独占物ではないのだ。彼女たちの鋭く深い視線を楽しんでほしい。

ブッカー国際賞受賞作家が描く、居場所のないふたりの優しさ。

『ギリシャ語の時間』

koria-book-01-201102.jpg●ハン・ガン著 斎藤真理子訳 晶文社刊 ¥1,980

母親を亡くし、離婚の裁判で一人息子の養育権もなくした主人公は外界とうまく繋がれない。外を歩けば車の轟音に身震いし、偶然触れてくる歩行者の肘に怯える。こんなことじゃいけない。彼女はカルチャーセンターで古典ギリシャ語を習い始め、その複雑な文法体系に安心を覚えるようになる。教師はドイツ帰りで、徐々に視力を失いつつある。自分が書く黒板の字さえ読めないから、彼は教科書を全文暗記してくる。社会に居場所のないふたりが出会い、おずおずと惹かれ合う。自分だけは決して相手を傷付けないでおこう。その優しさが切ない。

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輝かしい青春時代、それは痛みと隣り合わせ。

『アンダー、サンダー、テンダー』

koria-book-02-201102.jpg●チョン・セラン著 吉川凪訳 クオン刊 ¥2,750

舞台は北朝鮮との軍事境界線近くの町、坡州(パジュ)だ。90年代にソウルのベッドタウンとして開発が始まったここで、主人公はキラキラした青春をおくる。彼女が憧れたのは、インドからの帰国子女ジュワンだ。まるで外国人のようにスニーカーのままソファやベッドに上がってしまう彼に、主人公は恋をする。だが幸せは続かなかった。国境を警備していた脱走兵が隠した銃を近所の小学生の男の子が見つけ、試し撃ちした銃弾に偶然あたってジュワンは死んでしまう。日本やアメリカのアイテムに満ちたお洒落な生活に、戦争の暴力が絡む傑作。

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変わりたくても変われない若者たち。

『あまりにも真昼の恋愛』

koria-book-03-201102.jpg●キム・グミ著 すんみ訳 晶文社刊 ¥1,980

ピリョンは会社で降格になる。退職するしかないのか。どうしていいかわからない彼は偶然、大学時代の友人ヤンヒが小劇場でパフォーマンスをしているのを見る。全身タイツで顔も隠した彼女は舞台上で椅子に座り、もうひとつの椅子に座った客と無言で向かい合う。ただ薄暗い中、時間が過ぎていく。気付けばピリョンはこの舞台に通い詰めている。だがどうしても舞台に上がれない。大学時代もそうだった。愛を告白してくれたヤンヒに、彼は向かい合えなかった。いまこそ変わりたい。でも勇気が出ない。現代の若者が抱える困難をキム・グミは描く。

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人気の女性作家が、本当の韓国をいま描いたら……。

『誰でもない』

koria-book-04-201102.jpg●ファン・ジョンウン著 斎藤真理子訳 晶文社刊 ¥1,980

短編「上京」で、主人公がオジェに唐辛子を摘みに行こうと言われる。車に乗り込んだふたりはトマトを食べ、ヘタを窓から捨てる。「音もなく宙を飛び、うしろに消え去っていく」。たどり着いたのは、貧しく寂しい田舎の畑だ。どうしてここに畑があるのか。オジェの母は朝鮮戦争の最中に、混乱を避けて南下してきた。そして頼れる人もいないここで必死に生きてきたのだ。だがいまでは人手不足で荒れ果てている。きらびやかな都会から離れてみれば、半世紀以上経っても、戦争の傷は癒えることがない。韓国社会の暗い部分をえぐった作品。

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日本と韓国、交差する女性たちの人生。

『ショウコの微笑』

koria-book-05-201102.jpg●チェ・ウニョン著 牧野 美加、横本麻矢、小林由紀訳 クオン刊 ¥2,750

ソユの家に笑顔がない。だが日本からショウコがホームステイにくると、家の雰囲気は変わってしまう。何十年も家に引きこもったままの祖父はショウコと楽しげに日本語で話す。あんなに日本が嫌いだと言っていたのに。奇跡のような1週間が終わり、ショウコは日本に帰っていく。だがふたりの女性の人生はその後、苦難続きだった。映画監督を目指したソユはまったく芽が出ない。ショウコは鬱病になり、ソユや彼女の祖父に何百通も手紙を送ってくる。苦しみを抱えた者同士が、国境も言語も超えて支え合う。結局大事なのは、相手を思う気持ちなのだ。

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歴史の中にある悲しみを、美しく、詩的に綴る。

『アンニョン、エレナ』

koria-book-06-201102.jpg●金仁淑著 和田景子訳 書肆侃侃房刊 ¥1,760

表題作で主人公の女性は、船乗りの父親が世界中の港で作ったかもしれない娘たち、「エレナ」のことを思いながら暮らしている。ほかの短編にも、アメリカに行き韓国語を忘れる人々や、ブラジルに渡った母親が死んだ、という手紙を受け取る娘が出てくる。韓国に残った人々は崩壊した家庭で惨めに暮らし、海外に渡った者たちは望郷の念に苦しむ。こうした海外離散の歴史は長い。かつて朝鮮の貴族の女性たちは、暴力で元に連れ去られた。そしていまは経済という暴力が人々をバラバラにする。常に強国の隣にあり続けた韓国の悲劇を詩的に綴る作品。

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ヒットメーカーが贈る、衝撃のデビュー作。

『三美スーパースターズ最後のファンクラブ』

koria-book-07-201102.jpg●パク・ミンギュ著 斎藤真理子訳 晶文社刊 ¥2,200

受験で頑張り、大企業で頑張ってきた主人公。だがIMF不況でリストラされ、同時に家庭も失ってしまう。今後どうやって生きればいいのか。その時思い出したのが、中学時代に好きだった三美スーパースターズだ。「打ちにくいボールは打たない、取りにくいボールは取らない」三美は負け続け、3年後には野球リーグから消えてしまう。だが勝者にはない魅力が確かにあった。そしていまの自分もそうだ、と主人公は思う。たとえば、以前は目に入らなかった空を見上げて、ふと息をつけるじゃないか。競争社会で主人公が自分自身を見つけていく名作。

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彼は善人なのか、あるいは悪人なのか?

『走れ、オヤジ殿』

koria-book-08-201102.jpg●キム・エラン著 古川綾子訳 晶文社刊 ¥1,980

短編「コンビニへ行く」で主人公は、通りで女子高生が車にはねられるのを見てしまう。そして混乱する店内で、男がこっそり宝くじを盗むのを目撃する。だが店の外に出た彼は、道路に倒れたままの女子高生に近づき、胸までめくれ上がったスカートを丁寧に下ろしてあげる。彼は善人なのか、悪人なのか。どちらともわからぬまま、主人公は突然、男が示した優しさに深く打たれる。そしてそれに比べれば、ずっと幸せに生きてきただろうコンビニ経営者夫婦の笑顔なんて何ほどでもない、と思う。IMF危機以来の人々の苦しみに作者は寄り添っている。

都甲幸治| Koji Toko
翻訳家 / 早稲田大学教授

著書に『今を生きる人のための世界文学案内』、『世界の8大文学賞』、『きっとあなたは、あの本が好き。』『読んで、訳して、語り合う。都甲幸治対談集』(すべて立東舎刊)、訳書にジュノ・ディアス『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』(共訳、新潮社刊)など。今年7月に『「街小説」読みくらべ』(立東舎刊)を上梓する予定。

*「フィガロジャポン」2020年8月号より抜粋

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photos : YUTO KUDO (OBJETS), ALAMY STOCK PHOTO/AMANAIMAGES, texte : KOJI TOKO

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