パリのミレニアル世代が、催眠療法に注目しているワケ。

Culture 2020.12.27

障害やトラウマを短期で改善、身体と精神の再統合、薬や化学物質に頼らない治療……催眠には、若い世代にアピールできるポイントがいくつもある。ナントの美術館では、催眠をテーマにした興味深い展覧会も開催中だ。法の整備も待たれる催眠療法について、体験者の証言を集めた。

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催眠はいまや単なる治療法ではなく、日常を生きやすくするためにも利用されている。photo : Getty Images

ナント美術館で催眠をテーマにした驚くべき展覧会(1)が2020年10月半ばに始まった。これまでにない企画だが、展示室を巡ってみると、クールベやダリといった芸術家たちが催眠にのめり込んだのも納得できる。トニー・オースラーのインスタレーションでは催眠状態を没入体験することも可能だ。怖い? おもしろそう? セクトの儀式みたい? そんな感想を持つ人は、そろそろ認識を改めるべきかもしれない。手品やセラピーグッズの一種などと思ったら大間違い。2020年のいま、催眠は、優れた有効性で注目を浴びているからだ。

ドイツの医師フランツ=アントン・メスメルによって18世紀に考案され、当初はエリートだけの魅惑的な行為(モーパッサンも小説『オルラ』のなかで当時の状況を描いている)だった催眠術は、医療機関で治療法として認可されるまでになった。1930年代にアメリカの精神科医ミルトン・エリクソンによって進化をとげた睡眠療法は、いまや催眠療法士、心理学者、免許を持つ医師たちの手で、診療所や分娩室(産通緩和に)、手術室(麻酔の代替や補助に)また緩和ケアにと、さまざまに活用されている。ユーチューブでも、すぐに試せる自己催眠動画が視聴できる。自分自身の力を開拓したいと考えるミレニアル世代の間で支持を得る催眠は、単なる治療法の枠を超え、毎日をもっと生きやすくし、未来への不安を軽くするために役立つものとして、再び注目を集めているのだ。

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新しいアプローチ

29歳のジャン=バティストが日常的に催眠を行うようになったのは、ちょっとした偶然から。パリに住む彼はロックダウン直前に恋人にふられ、孤独な状況で不安感に直面した。「自己評価は最低レベル」に落ち、眠れなくなった彼は、寝つきに効きそうなリラックス動画を探してユーチューブを検索。膨大なコンテンツをザッピングするうちに、アメリカ人マイケル・シーリーが配信する登録者数130万人という自己催眠動画を発見した。煙草をやめるため、トラウマを乗り越えるためなど、友人たちが催眠を試しているのを知っていたから、自己催眠もとくに奇抜とは思わなかった。「動画の評価もよかったから、信用できると思った」と彼は回想する。動画の中からセルフケアを勧める催眠療法士の穏やかな声に包まれて横になり、指示に耳を傾けながら、天井の一点を見つめ、深く呼吸し、そして眠りについた。奇跡? というよりはむしろ、これが長期間にわたる心の作業の始まりだった。最終的に彼はクリニックでのセラピーを決意。失恋の悲しみよりもっと古くて重いトラウマを解きほぐし、自分の感情をうまくコントロールする方法を身につけるためだ。

催眠を実践する多くの若者たちと同様、ジャン=バティストも、催眠は、ホームドクターの診察や、症状―診断―薬の処方という従来の治療パターンとはアプローチの違う治療法のひとつ、ととらえている。上の世代と違い、ミレニアル世代は伝統的な医療の限界や欠陥に気づいている。大規模な医療スキャンダルが後を絶たず、最近でも、子宮内膜症のように、なかなか認知されずに患者を苦しめる疾患が取り沙汰されるからだ。

過敏性腸症候群を患う36歳のクレマンティーヌは、通っているニューヨークの大学で、苦痛緩和のためとして催眠治療の受診をごく自然に提案されたものの、当初はかなり疑っていたという。「薬のほうがいいのにと思いました」と彼女は回想する。「ところが、やればやるだけ成果が出たのです。まず話をし、ゆっくりとカタレプシー状態になり、それから少しずつ現実の世界に戻っていく。綿毛に包まれたような、それでいて身体が軽くなったような感覚でした。その後、自宅や地下鉄の車内でも、あなたはいま無人島にいます……”というタイプのイメージトレーニングを続行。リラックスできるようになりました」。それ以来、彼女は複数の療法を取り入れ、包括的な治療を始めた。「薬の服用、瞑想、催眠、どれも一緒に行ってうまく機能しています」と彼女は話す。

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心の作業

催眠治療とは、実際どんなものなのか? 専門家に聞くと、もっぱら自我の内部で行われる作業。まさにそれがミレニアル世代に訴えかけるポイントだ。「ここは奇跡の場所ではありません。作業を行う場所です」。パリのサン=ルイ病院の集中治療医兼麻酔科医で催眠士のマルク・ガリー医師は患者にそう繰り返す。催眠療法の権威で、『ここにいる』(フラマリオン出版)の著者でもあるガリーは、自宅でも自己催眠を行えるように、患者に処方箋を渡している。書かれているのは、不安症のための抗不安薬や、不眠症のための睡眠導入剤ではなく、各患者の症状に合わせたこうした簡単な指示だ。「絵を見なさい。音楽を聞きなさい。足元の地面を感じなさい……」ガリーはこう続ける。「催眠の基本は、自分の過去や現在から出発して、自分の未来に直接影響を与えることです。つまり私は過去につまずいた。私は自分が抱いている恐怖を理解する。私は自信を持っていい。そして、もうつまずかない”というように」

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効果的な手法

マテオは13歳の時、サッカーの試合中に強度の偏頭痛の発作を経験した。身体がぐらりと揺れ、痙攣に襲われた。この出来事の記憶は彼の身体の全細胞に刻印され、偏頭痛に対する恐怖心は24歳になったいまもマテオの日常に影を落とし、頭痛そのものの痛みよりも強烈だという。「実際家」を自任する彼は、この重荷を捨て去るために、手に入るツールを片端から試してみようと決意。妹のアドバイスもあって催眠療法士の診療室にたどり着いた。最初のセッションで、彼はさっそく偏頭痛のエピソードを打ち明けたという。「両手を肘掛けに置いて、椅子にゆったり座っているうちに、少しずつ自分の脳が柔らかくなっていく感じがしました。視界がぼやけてきて、身体が勝手に動いて、記憶と繋がっている感情を追い払うような身振りをしていた」。何度かセッションを重ね、偏頭痛は完全に治ったわけではないが、恐怖の方は消え去った。「偏頭痛は特別なものではなくなった」とマテオは話す。その後も、ロックダウン生活の不安に対処するために、改めて催眠療法士の診察を受けることにした。「僕たちの世代はとても瞬発的で、積極的で、実利的だけど、同時にセラピーのような手段にもオープン。こだわりもないから、軽い気持ちで始められる。とくに催眠療法はわかりやすいから、僕たちの世代に受けているのだと思う」

催眠療法士で『万人のための催眠術:家族生活、夫婦生活を楽にするためのもうひとつの道』(パイヨ出版)の著者でもあるニコル・プリウールの診療室には、多くの若者がやってくる。彼女によると、短期間で結果が出ること、そして身体と精神の再統合という2点が、若者に訴える理由だという。「催眠はある種の内面の変化を加速させるので、さまざまな症状の緩和に短時間で効果を発揮します。その点が30代に受けている一番の理由だと思います。悩みや心配をくどくど話す必要もありません。とくにこの作業は知的な理解という過程を経ずに、身体や感覚や想像力に直接働きかけます。若い世代は試すことにちゅうちょがないので、なおさら、このアプローチが心に響きやすいのでしょう」

31歳の企業オーナー、ローラのケースはその一例だ。合理主義者の彼女は、摂食障害の原因を探るために、まずは栄養士のカウンセリングを受け、その後に催眠療法士の扉を叩いた。「伝統的な医療に対して限りない敬意を抱いてはいますが、飛行機恐怖症の友人が飛行機に乗れるようになったので、私もやってみようかなと……。セッションを重ねるうちに、いくつかの食べ物に対する嫌悪感がなくなりました」。だからといってローラは催眠を奇跡的な解決法とは考えていない。「催眠療法は相手を信頼することが前提です。それは決して簡単なことではない。そして、自我を掘り下げることを恐れないことも必要です」

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絞り込まれたニーズ

今回インタビューをした若者たちは、顕在化しにくい心の奥底に潜んだ問題に取り組む時は、今日ではだいぶ神話性も薄らいだ精神分析に助けを求めることもあるし、リラックスしたい時は瞑想やヨガも活用する。彼らが催眠や自己催眠を利用するのは、往々にして社会的プレッシャーに起因する具体的な苦痛や不安を鎮めるためだ。

プリウールはこう続ける。「彼らが私のもとを訪れるのは、自分自身、そしてとりわけ親に対する信頼を取り戻すため。彼らは経済的に自立する年頃で、魂が柔軟で、神経症にもそれほど悩まされていない時期です。また、カップルの場合、将来のことや子どもを望むかどうかという問題について考える時でもあります」

ローラがたどった道のりはまさにそれだ。「摂食障害の問題に取り組む私をサポートするために、催眠療法士はいろいろな例え話を使いました。そのなかに、なかなか子どもができない女性の話があった。その時、子どもができないという苦痛に、どれほど自分自身を重ね合わせているかに気づいたのです。特に私はレズビアンなので。そして、そのことが私の人生に大きな影響を及ぼしていたのかもしれないと気づきました」

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避けるべきリスク

ミレニアル世代の間で催眠が人気を集める一方、若者たちをターゲットにしたセッションや治療メニューをネット配信するクリニックやトレーナーも現れている。「有名ビジネスマン、才能のある俳優、偉大な写真家……自分の限界を超えれば、なりたい自分になれる」と、グーグル検索で上位に表示される30代向けの自己研修サイトは呼びかける。信用できないマーケティング目的もある、催眠業界にはセラピーをかたった詐欺も横行していると注意を促すのは、前述のガリー。「催眠を施す技術は10分もあれば習得できますが、安全に効果的な治療を行うには、多くの経験と医療知識が必要です。催眠は安易に行うものではありません。医師がひとりひとりに適した方法で行うべきものです」

催眠士のステファン・ルエは、催眠に関する法的な枠組みを構築し、利益以上に損害をもたらしかねない偽専門家を締め出すために、活動を続けている。その彼も、「精神障害のような疾患を抱えた人に催眠を施すのは危険」と警告する。催眠を試してみたいミレニアル世代も、目はしっかりと開いておくに越したことはないようだ。

texte : Anne-Laure Pineau (madame.lefigaro.fr)

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