【立田敦子のカンヌ映画祭2025 #2】10作品が示す日本映画の多様性。
Culture 2025.05.19
第78回カンヌ国際映画祭は、日本作品が10作品が上映され、その存在感が際立っている。コンペティション部門に選出されたのは早川千絵監督の『ルノワール』。1980年代を舞台に、重い病に侵された父(リリー・フランキー)と、そんな父の世話と仕事により多忙を極める母(石田ひかり)と暮らす11歳の少女フキ(鈴木唯)のひと夏を描く本作は上映後、6分間にわたるスタンディングオベーションを受けた。主演の新人・鈴木唯の繊細な演技は最年少での主演女優賞受賞の期待さえ囁かれている。

「ある視点」部門では、石川慶監督がカズオ・イシグロのデビュー作を映画化した『遠い山なみの光』が上映された。戦後長崎と1980年代の英国を舞台に喪失と記憶を交差させる本作は、文学と映画の幸福な交差点を体現する。広瀬すず、二階堂ふみ、吉田羊ら実力派が揃い、イシグロ自身も製作総指揮に名を連ねる。


ミッドナイト・スクリーニングでは、川村元気監督の『8番出口』が観客を幻想と戦慄へと導いた。人気ゲームを原作とする本作は、主演・二宮和也の緊張感溢れる演技とともに日本発ホラーの進化形を提示する。

独立部門の「監督週間」には2本が選出。李相日監督の『国宝』は、吉沢亮、横浜流星、渡辺謙ら豪華キャストを迎え、日本の伝統と現代を往還する壮大な叙事詩。監督の作家性が重要視されるこの部門は一般客もチケットを購入できるが、監督、キャストが登壇した公式上映でも映画ファンたちの熱い歓待を受けた。

初監督作品で「監督週間」に選出されるという素晴らしいデビューを飾った壇塚唯我監督の『見はらし世代』は、現代日本の若者たちの閉塞感と希望をミニマルに描き、清新な風を吹き込んだ。

後半は、カンヌ・プレミア部門に選出された深田晃司監督の『恋愛裁判』の上映もある。日仏合作となるこの法廷劇は、タブーとされる"アイドルの恋愛"を「裁く」ことで個人の自由と制度の境界線を探る野心作だ。
また、クラシック部門では押井守監督の『天使のたまご』(1985年)が4K修復版で蘇り、改めてその幻想美が再評価された。さらに、成瀬巳喜男の傑作『浮雲』(1955年)も上映。戦後日本のメランコリックな情感を湛えたこの作品は日本映画の原点を世界に再提示する。
学生映画部門のシネフォンダシオンには田中美希監督の『ジンジャーボーイ』が選出。さらに、「批評家週間」の特別上映では、フランス映画ではあるがMomoko Sato監督(日本出身、フランス在住)の短編『Dandelion's Odyssey』がクロージング作品に。自然界の微細な生命をとらえた映像詩が上映される予定だ。
ベテランから新人まで、商業作から実験作まで、日本映画の多様性とその広がりを示すラインナップは、カンヌというアート映画の殿堂で日本映画の新たなる可能性を示すだろう。
映画ジャーナリスト 立田敦子
大学在学中に編集・ライターとして活動し、『フィガロジャポン』の他、『GQ JAPAN』『すばる』『キネマ旬報』など、さまざまなジャンルの媒体で活躍。セレブリティへのインタビュー取材も多く、その数は年間200人以上とか。カンヌ映画祭には毎年出席し、独自の視点でレポートを発信している。
text: Atsuko Tatsuta editing: Momoko Suzuki