【立田敦子のカンヌ映画祭2025 #9】公開が待ち遠しいカンヌで話題&高評価された作品5選。
Culture 2025.05.27
2025年のカンヌ国際映画祭では、「監督週間」や「批評家週間」など併設部門も含めると150本以上が上映された。過去最多となる156ヵ国からの2,909本の応募作品の中から選出されたものだ。選出されるだけでも狭き門を通り抜けたクオリティが担保されている映画ともいえる。ということで、コンペの受賞作以外で注目された作品を5本厳選して紹介してみたい。
1『Highest 2 Lowest』 スパイク・リー監督 アウト・オブ・コンペティション部門
スパイク・リーが黒澤明監督の名作『天国と地獄』(1963年)を現代のニューヨークを舞台に再解釈するという注目作が、カンヌ・プレミア部門で上映された。
かつて音楽業界で名を馳せたレコードレーベルの創設者デヴィッド・キング(デンゼル・ワシントン)だが、現在はその影響力が衰えている。そんな中、旧知の仲である運転手(ジェフリー・ライト)の息子が誤って誘拐され、デヴィッドに多額の身代金の支払いが要求されるが、ビジネス上の理由から支払いを躊躇し、倫理的なジレンマに直面する。
街を見下ろす豪華な高層マンションとスラム街。黒澤版でもあった視覚的ヒエラルキーの対比は引き継がれ、ニューヨークの文化的背景を織り交ぜることでより効果を発揮する。プエルトリコ・デイ・パレードの人混みや地下鉄の中でのでの身代金受け渡しなど、アクション映画並みのスリリングな展開もあり、クライムスリラーとしてエンターテイメント性も高い。またAIやソーシャルメディアが音楽業界にもたらす影響、さらにはアーティストの創造性や倫理観に及ぼす影響まで批評的な視点が投げかけ、現代の複雑性を描ききる点はさすがとしかいいようがない。ジャズやヒップホップを融合させた音楽はハワード・ドロッシンが担当し、エイサップ・ロッキーが若手ラッパー役で出演している。
A24とApple Studiosの共同制作で、米国では2025年8月22日に劇場公開。9月5日からはApple TV+での配信が発表されているが、映画賞レースでも注目されそうだ。ちなみにデンゼル・ワシントンは、今年のカンヌ映画祭で名誉パルムドールも受賞した。

2『Pillion』 ハリー・ライトン監督「ある視点」部門
内向的な交通景観の若者コリン(ハリー・メリング)が、カリスマ的なバイカー集団のリーダー、レイ(アレクサンダー・スカルスガルド)と出会い、レイの"サブ(服従者)"となり、ふたりの関係はBDSMを通じて深まっていく。クィアコミュニティを背景にひとりの青年のアイデンティティの模索と成長を描いた本作は、ハリー・ライトンの長編デビュー作。アダム・マーズ=ジョーンズの小説「Box Hill」をベースに、ライトン自身が脚本も手がけている。生々しい性行為ではなく、愛と欲望における力関係をユニークな視点で掘り下げていて、この監督の可能性を感じさせる。
ライトンは、オックスフォード大学で文学を専攻しながら、短編映画の制作を始め2017年の短編『Wren Boys』で第71回英国アカデミー賞(BAFTA)短編映画賞にノミネートされるなど、注目を集めた期待の新人だ。本作は米国での配給権をA24が取得したことも話題になったが、日本の配給も決定している。

3『Sorry, Baby』 エヴァ・ヴィクター監督 「監督週間」
主演・脚本も努めたエヴァ・ヴィクターの初監督である『Sorry, Baby』は、『ムーンライト』(16年)でアカデミー賞を受賞しているバリー・ジェンキンスが、プロデュースで参加していることでも注目を集めたヒューマンドラマだ。
主人公は、ニューイングランドの小さな大学で英文学を教えるアグネス(エヴァ・ヴィクター)。過去に指導教授デッカー(ルイ・キャンセルミ)から性的暴行を受け、そのトラウマに苦しんでいるが、親友のリディ(ナオミ・アッキー)や隣人ギャヴィン(ルーカス・ヘッジズ)との関係を通じて、心の傷と向き合っていく。非線形の5章構成で描かれ、過去と現在が交錯しながらアグネスの内面が丁寧に描写されるが、ユーモアとリアリズムを織り交ぜた脚本と演出が高く評価されている。
エヴァ・ヴィクターは1994年パリ生まれで、1歳で両親とアメリカに移住。ノースウェスタン大学で演劇と脚本を学び、卒業後はフェミニスト風刺サイトでスタッフライターとして働いた経験もある。その後、ドラマ『Billions』や『Super Pumped』などに出演し、女優としてのキャリアを築き、本作で初長編デビューを飾った。
本作は今年1月に開催されたサンダンス映画祭でプレミアされ、脚本賞を受賞。カンヌで「監督週間」のクロージング作品に選出された。米国では、6月27日にA24によって配給されることが決定している。日本でも早期の公開を期待したい。

また、下記2本は筆者はスケジュールの関係で未見なのだが、注目していた作品なので紹介したい。
4『Homebound』ニラージ・ガイワン監督 「ある視点」部門
ひとつ目は、「ある視点」部門で上映されたインドのニラージ・ガイワン監督の『Homebound』。上映後に9分間のスタンディングオベーションを受けるなど、批評家からも高い評価を得た。主演のジャーンヴィ・カプールやイシャーン・カッターの演技も称賛されている。
ガイワン監督は、2015年にインド社会の階級や宗教的タブーを描いた長編映画デビュー作『Masaan』が「ある視点」部門に選出され、「国際映画批評家連盟賞(FIPRESCI)」を受賞した経歴を持つ。自身がダリット(被差別カースト)出身であることを公にし、カースト、ジェンダー、宗教といったインド社会のテーマを積極的に取り上げ、国際的な注目を集めている。『Homebound』は、前作を評価しているマーティン・スコセッシがエグゼクティブプロデューサーとして参加していることも話題となった。

5 『左撇子女孩(Left-Handed Girl)』シーチン・ツォウ監督 「批評家週間」
また、併設部門の「批評家週間」で観客賞である「Prix du Rail d'Or」を受賞した台湾出身で米国在住の女性監督シーチン・ツォウの『左撇子女孩(Left-Handed Girl)』は、去年『アノーラ』でカンヌのパルムドールを受賞し、その後アカデミー賞でも作品賞など4冠を獲得したショーン・ベイカーがプロデューサーおよび共同脚本を務めている。映画は台北の夜市を舞台に、シングルマザーと娘ふたりが新たな生活を始める姿を描いた家族ドラマ。
シーチン・ツォウは、1998年に米国に留学し、2004年に当時新人だったベイカーとふたりでインディペンデント映画『Take Out』を制作。その後20年にわたり、プロデューサーや共同脚本などの形で『タンジェリン』(2015 年)やベイカー監督の作品に参加してきた。本作は『Take Out』の頃から長年温めてきた企画で、脚本とプロデュースもベイカーとともに手がけるとともに、長編監督としてデビューを飾った。
台湾、アメリカ、イギリス、フランスの国際共同制作の本作は、カンヌでの注目も後押しし、世界的に配給されることになるだろう。日本への上陸も期待したい。
映画ジャーナリスト 立田敦子
大学在学中に編集・ライターとして活動し、『フィガロジャポン』の他、『GQ JAPAN』『すばる』『キネマ旬報』など、さまざまなジャンルの媒体で活躍。セレブリティへのインタビュー取材も多く、その数は年間200人以上とか。カンヌ映画祭には毎年出席し、独自の視点でレポートを発信している。
text: Atsuko Tatsuta editing: Momoko Suzuki