『燃ゆる女の肖像』でふたりの女性を繋ぐ音楽とは。

Culture 2021.01.14

新しい季節を予感させて、 夏の終わりを告知する音楽。

『燃ゆる女の肖像』

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女性画家は伯爵の娘の肖像画を描くために小舟で島へ。潮騒と炎、オルフェ神話が女の情動を揺さぶる。カンヌ国際映画祭脚本賞&クイア・パルム賞受賞。

ヴィヴァルディ『四季』の、「春」冒頭の華やかさや「冬」の寂寞としつつも微かな高揚感を持ったメロディは知っていた。しかし「夏」を知ったのは随分後のことだった。初めて聴いたとき、色々な土地で過ごしたどの夏にも感じることのなかった、狂おしさを感じた。この音楽が描く夏を私は知らない、と思った。まだ見ぬ夏があること、その感覚は鮮烈だった。本作は夏の太陽とは無縁に見える、強風が吹き荒ぶブルターニュの孤島を舞台にしている。望まない結婚を目前にしたエロイーズと彼女のポートレイトを描くためにエロイーズの母親に雇われた画家マリアンヌ、そして女中のソフィの、わずか数日のフィジカルな繋がり、そしてその後を描く。時代は18世紀、女性同士の親密な関係は許されない。

劇中、『四季』の「夏」をマリアンヌが断片的に弾く。それは彼女によって島にもたらされ、制作中のポートレイトに加えて彼女とエロイーズを近づける音楽だ。もう一曲、夜の島で彼女たちを繋ぐ音楽が紡がれる。実際には今作のために作曲されたものだが、閉じられた島にあったかもしれない豊かな音を想像させる。旅をする音楽と留まる音楽。関係性を繋ぎ、記憶を留めるためのふたつの音楽、その対比は鮮やかだ。

しかし、と私は思う。彼女たちを繋げた「夏」を作曲したのは男だ。それでも、マリアンヌが画家として男性中心主義的な美術界でしたたかに活動を続けているように、繋がりの先に新しい音楽が生まれ、新しい季節が見えるかもしれない。登場人物とともに再び「夏」を聴きながら、嵐のような音の裂け目に、そんな希望を見た。

文/ミヤギ フトシ 現代美術作家

故郷・沖縄や留学先のニューヨークでの記憶や体験を始点に、人種や性差をまたいだ関係の可能性を探る映像、写真、オブジェを発表。著書に小説集『ディスタント』(河出書房新社刊)。
『燃ゆる女の肖像』
監督・脚本/セリーヌ・シアマ
出演 /アデル・エネル、ノエミ・メルランほか
2019年、フランス映画 122分
配給/ギャガ
12月4日より、TOHO シネマズシャンテほか全国にて公開
https://gaga.ne.jp/portrait

※新型コロナウイルス感染症の影響により、公開時期が変更となる場合があります。最新情報は各作品のHPをご確認ください。

*「フィガロジャポン」2021年1月号より抜粋

 

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