アメリカを牽引する、Z世代のミュージシャンたち。
Culture 2021.02.27
文/中村明美
たとえばビリー・アイリッシュを筆頭に、アメリカのZ世代と言える新世代のミュージシャンたちは、これまでになかった独自のサウンドで、アメリカを、世界を席巻している。しかし彼らは音楽のみならず、政治的にも、または活動家としてもいまの新世代の意識の高さを象徴し、牽引する存在となっている。
2020年の大統領選挙の最中に、「政治について語るなら死んだほうがマシ」と、語ったのはビリー・アイリッシュだった。
Billie Eilish
「そんな私ですら政治について語らなくちゃいけないくらい、それが大事だという証拠」「私には巨大なファンベースがあるから、語ることが責任だと思った」とまで彼女は発言した。12月に19歳になったばかりのビリーは今回初めて投票したが、「地球温暖化、コロナなどの問題を否定するのではなくて解決してくれる、人種差別と闘ってくれるリーダーが必要」「命がかかっていると思って投票しよう」と必死に呼びかけていた。彼女が言うように、いまの世代は実際その必要性に迫られている。今回の大統領選挙で、18歳から29歳の若者が投票する際の最も大事な要素として挙げたのは、1位が地球温暖化、2位は人種差別だった。事実、ふたつとも彼らの未来がかかった重要な問題だ。カーディ・Bやリゾなどの大スターも必死に投票を呼びかけ、結果、なんと若者の投票率は史上最高を記録した。さらに黒人をはじめとするマイノリティの投票も、ジョー・バイデン勝利の重要な決め手となった。
一昨年ビリーにインタビューした際には、現在18歳の環境活動家であるグレタ・トゥーンベリにインスパイアされたと言っていたし、グレタはドキュメンタリー映画『アイ・アム・グレタ』(20年)の中で、銃乱射が起きた後に立ち上がったフロリダの高校生に影響されて活動を開始したと言っていた。つまり、いまの10代、20代にとっては、選挙前から社会的な活動を展開するのはむしろ当たり前になっているように思うのだ。
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たとえば、現在22歳のジェイデンもVマガジンで「この国に人種差別がいまだあると考えるだけで眠れなくなる」と語り、「音楽で語るべきことを語り、世界へ変化を訴え、人の目を開けていきたい」と明言していた。彼はペットボトルによる海の汚染を減らすために紙の容器のジャストウォーターを発売したり、ホームレスにヴィーガン料理を提供するアイ・ラヴ・ユー・レストランというフードトラックを作ったりしていた。そのうえで、Vote.org と協力して若者への投票を訴えていた。
Jaden

『CTV3:クール・テープ・ヴォリューム3』ジェイデン
3作目は、10年ぶりのジャスティン・ ビーバーとのコラボ曲も収録。16、17歳の頃の初恋や失恋を思い出して描いた曲で、いまの自分がいかに形成されたのかを振り返る。
●ユニバーサルミュージック デジタル配信/ストリーミングのみ
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また26歳のフィービー・ブリジャーズは、昨年発表したセカンドアルバム『パニッシャー』がグラミー賞で4部門ノミネート。批評家たちにも高く評価されるフォーク界の新星だが、彼女も普段からとりわけ黒人のトランスジェンダーの女性へのチャリティ活動を行っていた。今回は新作発表の際に、ジョージ・フロイドの殺害を受けて、ブラックライブズマターを支援するために発売を繰り上げた。「私は、すべてが『これまでどおり』に戻るまでアルバムの発売を延期したりしない。なぜなら『これまでどおり』に戻るべきではないと思うから」と「警察制度を見直せ」とツイートし、アルバムのリンクで人種的公平を訴える活動を行う団体への寄付するように呼びかけていた。
Phoebe Bridgers

『パニッシャー』フィービー・ブリジャーズ
昨年のベストアルバムに軒並み選出され、グラミー賞にもノミネートされた2作目。エモ・フォークとも呼ばれ、孤独や破綻した人間関係を赤裸々に告白する。
●ビッグ・ナッシング/ウルトラ・ヴァイヴ ¥2,640
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今回初めて投票した21歳のキング・プリンセスは、星野源とも交友があるプロデューサー、マーク・ロンソンが作品を手がける大型新人だ。曲は王道ポップにしてクイアを公言し、 ライブには最先端なファッションに身を包んだクールな若い男女が集まる。ゲイ、ストレートに関係ないカリスマ的な存在なのだ。彼女は「いま独裁政権下にいるようなもので、女性、黒人、トランスジェンダーやクイア、移民……つまり白人男性でなかったら全員が危険に晒されている」「私たちの未来がかかっているので投票しなくちゃいけない」と発言していた。
King Princess

『ペイン』キング・プリンセス
マーク・ロンソンとの共同プロデュ ースで、昨秋リリースされた最新シングル。ダンサブルなサウンドながら、歌詞には愛情を痛みに変えてしまう自分について綴られている。
●ソニーミュージック ¥255〜
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またビリーの友人で、13歳の時にDIYでネットで曲を発信し人気を獲得した現在22歳のクレイロは、ネット上でライブを行って投票登録を呼びかけ、アルバムの売り上げをトランスジェンダーのチャリティ団体へ寄付したりと盛んに活動していた。彼女もネットで音楽を配信するのと地続きで、社会活動を行っているように思える。
Clairo

『イミュニティ』クレイロ
初スタジオ作はアコースティックギターの透明感ある曲からオルタナロック、バラードまで多彩な楽曲。矢野顕子など1970〜80年代日本のシティポップに影響を受けている。
●キャロライン・インターナショナル ¥2,088
今回の大統領選では、若者や黒人などマイノリティの投票の記録的な投票率が大統領決定の決め手となった。それは若いアーティストたちの命がけの訴えのほかに、この後がないという危機感を持ったZ世代の普段からの意識の高さや活動の結晶でもあったように思う。
*「フィガロジャポン」2021年3月号より抜粋
texte:AKEMI NAKAMURA