イギリスの国民的人気サッカー選手が挑む真の食育とは?
Culture 2021.05.01
文/坂本みゆき(在イギリスライター)
サッカーチーム、マンチェスター・ユナイテッドのスタープレイヤーで、イングランド代表でもあるマーカス・ラシュフォード。2020年彼は、パンデミックによる低所得層へのさらなる経済的打撃が懸念されるなかで、春休み中の子どもたちへの給食提供の打ち切りを決めたボリス・ジョンソン首相に異論を唱え、その決定を覆したことで大きな話題を集めた。学校が休みの間も無料で提供される給食を、1日の大切な栄養源とする子どもは決して少なくないのだ。
イギリスでは子ども30人のうち9人が経済的弱者層出身とされており、企業や個人から受けた食品の寄付を必要な人に届けるフードバンクを利用する家庭が近年121%も増えている。ラシュフォードは「エンド・チャイルド・フード・ポべルティ(子どもの食の貧困を終焉へ)」という団体を立ち上げて、厳しい環境下で過ごす子どもたちへの支援を続けている。その功績から昨年秋には弱冠22歳にしてエリザベス女王から大英国勲章MBEを賜り、バーバリーも賛同して資金提供をしている。
そんな彼がこのたび、セレブシェフのトム・ケリッジとタッグを組んで新たに「フルタイム:ゲット・クッキング・ウィズ・マーカス&トム」をスタートした。ケリッジはガストロパブとして初めてミシュラン二ツ星を獲得したハンド・アンド・フラワーのオーナーシェフとしても知られている。
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このキャンペーンではケリッジによる安価な食材を使った手軽なレシピを紹介。それを通して、子どもも大人も生涯に渡って役に立つ料理の基本スキルを身につけ健康的なライフスタイルを築けるようサポートする、将来を見据えたプログラムとなっている。
また、妊婦や4歳以下の幼児がいる家庭が政府から受け取るバウチャー制度「ヘルシースタート」とも呼応している。毎週配布される4ポンド25ペンス分のバウチャーで買えるのは、ミルク、生もしくは冷凍の野菜やくだもの。しかし、それらの食材を手にしても、調理法が分からなければ戸惑ってしまう。そんな人たちにも役に立つ情報を提供するのも目的だ。
動画を含むキャンペーンのブランディングは、ブランドコンサルティング会社のThe Clearingが手がけている。
「経済的に厳しく家族での娯楽が制限されてしまっていても、彼らが保護者とともにキッチンで価値ある時間を過ごしてくれたら素晴らしいと考えています」とラシュフォード。
いっぽうケリッジは「たとえ経験がなくても料理は楽しめるんだとマーカスと一緒に伝えていきたい。たくさんの時間や道具を使わなくてもおいしくて、お腹いっぱいになる一皿は作れる。またひとつのレシピを覚えたら、それを発展させて自分のレシピもできる。料理をすることで、人生が豊かになる。実はマーカスはニンジンすら剥いたことがなかったんですが、いまは上手にできるようになりましたよ!(笑)」と語る。
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協賛するフェイスブックとインスタグラムを通して毎週日曜日にひとつレシピがアップされ、1年間にわたって52種を紹介予定だ。いくつかのスーパーマーケットの店頭では、レシピカードも配布。そこにあるQRコードからインスタグラムにアクセスすれば、作り方の映像を見ることができる。世界的なサッカー選手のラシュフォードが慣れない手つきで料理にトライする姿は、多くのクッキング初心者を励ましてくれることだろう。
「すべての子どもたちのために立ち上げたキャンペーンです。家庭の状況に関わらず料理を楽しむことで、人々の持つ経済的弱者への偏見を打破していきたいとも考えています」。
これからはブロッコリー&カリフラワーチーズ、トルティーヤ・ピザ、クリーミーチキン・パイなど、おいしそうで気になるレシピが続く。イギリス内で絶大なる人気を誇るラシュフォードの笑顔が人々の心に明るく照らして、多くの国民を巻き込みながら今回のキャンペーンも大成功となるのは間違いないだろう。
東京生まれ。95年に渡英後、ブライトン大学院にてファッション史を学びながらファッション業界紙やファッション誌への寄稿を始める。現在は男性誌、女性誌、専門誌など多方面に渡ってイギリスに関する記事を執筆。好きな分野は英国文化と生活、アート、音楽、食べ物&飲み物。サセックス州在住。ティーンエイジャーの母。madame FIGARO.jpで「England's Dreaming」を連載中。
texte:MIYUKI SAKAMOTO