チャールズ皇太子とカミラ夫人の隠し子?の奇妙な物語。

Culture 2021.05.22

サイモン・チャールズ・ドラント=デイは、数年前から、自分がプリンス・オブ・ウェールズとコーンウォール公爵夫人の息子だと主張している。インタビューで語り、フェイスブックのアカウントに投稿する画像を「証拠」にあげて、このオーストラリア人男性は、「王家の出身」であることを認めてもらおうと絶望的な努力を続けているのだ。

サイモン・チャールズ・ドラント=デイ、55歳。チャールズ皇太子とカミラ夫人の息子だと主張している。

彼の名前はサイモン・チャールズ・ドラント=デイ。55歳で、オーストラリアのクインーズランドに住んでいる。彼こそが、チャールズ皇太子とその妻カミラ・オブ・コーンウォールの隠し子だと主張する人物だ。彼は自身のフェイスブックをフォローする12000人に対し、次から次へと「自分の実の両親」についての「調査」を報告している。この闘いを、オーストラリアの裁判所にまで持ち込み、メディアに語るチャンスは絶対に逃さない。

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生後8カ月で養子に

サイモン・チャールズ・ドラント=デイは1966年4月5日、イングランドの南海岸に位置するゴスポートの街で誕生した。現在55歳、エンジニアで、妻の名前はエルヴィアナ。子どもは9人で、オーストラリアのクイーンズランドに住んでいる。

彼は生後8カ月でカレン&デーヴィッド・デイの養子となるが、自分の出生証明書は「意味のないもの」であり、自分の生物学上の両親はほかでもないチャールズ皇太子とカミラ・オブ・コーンウォールだと断言している。彼によれば、養祖父母であるウィニフレッドとアーネストは女王のために仕事をし、養祖父はその職務によって、褒賞を受けているとも語っている。しかしながら、いかなる公式記録にも、このことを証明する記載は残されていない。彼がこれまでに行ってきたほかの発表についても同様だ。

王家の一員だと信じ込んでいる彼は、オーストラリアの母の日である5月9日、フェイスブック上で、この日は自分にとって「とてもつらい」と告白している。その前日、彼は「母がいなくて悲しい思いをしている人、母と話すことも母に触れることもかなわない人、母の顔を知らない人、そして、子どもを失ったり、手放したりせざるを得なかった母親たちに向けて」のメッセージを発信している。

その1カ月前、フィリップ王配が亡くなった後には、彼はフェイスブックのフォロワーに、お悔やみに対するお礼の言葉を述べ、こう書き込んだ。「私たちふたりも、失われた機会を悼んでいます。祖父と語ることができればどんなに良かったか。でもドクター・エルヴィアナ(編集部注:妻のこと)が言うように、祖父のDNAは私自身と私の子どもたちを通して受け継がれていきます。祖父の足跡は私の人生の至る所に残されています。つらく感じることはありますが、それがいまの私という人間をつくったのです」

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隠された妊娠期間

彼によれば、チャールズとカミラが出会ったのは、公式のストーリーが語る1970年のポロの試合ではなく、それより5年も前だという。当時エリザベス女王の長男は17歳、カミラ・シャンドは18歳。そしてカミラは妊娠し、それを隠すことになる。サイモン・デイが言うには、その証拠に、チャールズがオーストラリアにいた期間にあたる9カ月間、カミラは公の場に姿を見せなかったのだそう。だが実際には、彼女はこの年、1965年3月25日のロンドンで行われたバル・デビュタントをはじめ、何度も写真に撮られている。妊娠している様子はない。サイモンはまた、カミラが彼を生後8カ月間、自分のそばに置いていたと主張している。

チャールズ皇太子とカミラ・パーカー・ボウルズは2005年4月9日に結婚し、互いに前のパートナーとの間にふたりの子どもがいる。一方にはウィリアム王子とハリー王子、カミラの方には、前夫で英国軍人だったアンドルー・パーカー=ボウルズの子どもであるローラとトム・パーカー=ボウルズがいる。

子どもの頃、サイモン・デイは何度も、英国の南海岸にあるブロードランズをはじめとするさまざまな王家の領地にカミラを訪ねたと主張している。「養父母がハンプシャーの邸宅に連れて行ってくれたことをよく覚えています」と彼は4月30日のテレビ番組「This Morning」で司会者に語っている。こうした秘密の対面は、彼が5、6歳の頃に終わりを告げたようだ。祖母が、養母にこう語るのを聞いたという。「もう訪問するのをやめなければ。子どもの記憶に残ってしまうわ」。しかも、彼に出生の秘密を明かしたのは、この祖母なのだ。

チャールズ皇太子と同じ耳

血の繋がりを証明するために、サイモンはフェイスブックのアカウントに、王家のメンバーの写真を投稿し、彼自身や子どもたちの写真と比較している。1990年に撮影されたサイモンの写真は、ネット上の興味を呼び起こし、アンドルー王子(サイモンより6歳年上なだけだ)の顔立ちとの共通点が取り沙汰された

5月5日、サイモンはさらに、ウィリアム王子と自分の写真を並べて、似ている点を主張してこうコメント。「これが、私の目を引いたもう一枚の写真です。そして、言わせてもらうなら、彼が私に似ている、私の方が先に生まれたのだから...」。加えて、自分は子どもの頃、このように王家のメンバーに似ていることを隠すためにいろいろな外科手術を受けたとも断言している。

例えば耳だ。「子どもの頃に、立ち耳の手術をした記憶はありません。でも、写真を見ると、以前とは耳が随分違っていて、どこかの段階で手術を受けたに違いないと思う」と4月28日、彼は7Newsに告白している。この身体的特徴は、彼の子どもたちに受け継がれたという。ことに、娘のクロエの耳が、彼に、王家との血の繋がりを確信させた。「3カ月の時、娘の耳は立ち耳でした。耳のカーブと傾きは、チャールズ皇太子とそっくりだった。耳の形は、医学的には指紋と同じくらい、遺伝的な信憑性があると聞いています」と彼は理論づける。

サイモンはまた、目の手術もしたといい、そのせいで彼の目は両親のようにブルーではなく、茶色なのだと主張している。手術は8歳の時に行われたが、それは「ポーツマス(編集部注:彼が育った街)で流れはじめていたうわさを打ち消すため」。だが、手術には後遺症が残ったようだ。「腫瘍学の医師に聞けば、私の片目の水晶体は完璧に丸いのに、他方がラグビーのボールのように楕円形だというでしょう。そのせいで視力に問題があるのです」と、彼は科学的根拠もなく、メディアにそう説明している。

証拠として、彼は、自分の子どもたちのブルーの目を主張している。それは生まれた時はブルーだったが、「数年経つうちに全員目の色が変化した」とのことだ。

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「ダイアナがもう少しで暴露するところだった」

自分が王家の血を引くことが認められるはずだと考えるサイモンは、オーストラリアの裁判所に何度も申し立てをしている。彼が望むのは、DNAテストが行われることだが、いまのところ、その要求はいずれも却下されている。

彼によれば、唯一、真実を暴露しようとした人物は、レディ・ダイアナ、チャールズ皇太子の最初の妻その人だったという。「ダイアナは自分の人生について、答えを見つけようとしていたと思います。自分がだまされたことで、彼女はこの真実を暴露しようとしているところだった」と彼は表明している。

彼はまた、かの有名な英国のスパイで、第二次大戦中にレジスタンスに参加していたオデット・サンソンの美容師が、ある日彼に連絡を取って情報をくれたという。その美容師は「オデットは、カミラの子どものうちの一人がチャールズの子だということが明るみに出そうだから、チャールズは早く結婚相手を見つけるように言われている、と言っていました」と、彼に告げたという。

王室のメンバーは、いまのところ、誰一人としてサイモン・デイの申し立てに反応を示していない。彼はといえば、自分の闘いを続けていく決意のようで、欲しいのは真実だけだ、と断言している。「結局のところ、私は、血の繋がった両親を探すひとりの人間でしかありません。ただ、すべての道が、チャールズとカミラに向かっているということなのです」。

彼にしてあげられるアドバイスはただひとつ、エリザベス女王の格言を引用することだけだろう。「落ち着いて、そして続けなさい」

texte : Camille Lamblaut (madame.lefigaro.fr)

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