バブルを生きた元証券ウーマンが振り返る、日経平均の30年。

Culture 2021.05.26

From Newsweek Japan

現在、多くの人の保有株は大して上昇しておらず、バブルの実感などないはず。日経平均株価は今、30年前のバブル期とはもはや「別物」になった。明るい材料も暗い材料もあり、大きな変化があった。

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画像はイメージ photo:eclipse_image_istock

文/岡田禎子 ※株の窓口より転載

世の中みんなバブルだった

「日経平均株価、本日も最高値を更新しましたー」

威勢の良い声とともにドッと拍手が沸き起こる──これは、30年前のとある証券会社でのワンシーン。日経平均株価は1989年11月に36,000円を超えると連日のように高値を更新、急ピッチで駆け上っていきました。

その様子を、実際の株式相場の中から眺めていた筆者。日本中が文字どおり沸いていた空気を、懐かしく思い出します。そんなバブルから再び3万円台をつけるまでの30年間を振り返ってみます

証券会社もキラキラしていた30年前

2021年2月、日経平均株価が30年ぶりに3万円台をつけました。「バブル再来か?」との議論も市場に飛び交い、現役の若い世代は初めての経験で戸惑っている、とも聞きます。

しかしながら、30年前のイケイケドンドンの時代を経験した筆者からすれば、今とは空気感が全く違うと感じてしまうのです。

前回の3万円台をつけた当時、東京株式市場は「強い日本経済」を背景に高成長し、1988年にはニューヨーク証券取引所の時価総額を抜いて世界最大の市場に成長。1989年の年末には、日経平均株価は38,915円87銭と史上最高値をつけました。

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筆者が証券会社に入社したのは、まさにバブル絶頂期の1989年の4月。デザイナーズブランドの制服に身を包み、茅場町のお洒落な本社ビルで「ソバージュ」の髪を振り乱して、慣れない仕事に奔走していました。

先輩女子たちは、父親より多いかもしれないボーナスをもらい、夏の旅行はハワイかヨーロッパ、週末は会社の保養所に泊まりがけでテニスに行ったり、決算明けには上司に新宿高層ビルのお洒落なピアノバーに連れていってもらったり。

毎日残業で仕事はキツイけれど、ちゃんと人生も謳歌している。そんな彼女たちはキラキラと眩しく見えました。ここで頑張れば私もそうなれる......と本気で信じていました。

NTT上場で加速した「財テク」ブーム

バブルだったのは証券会社だけではありません。

1987年のNTT(日本電信電話<9432>)上場で一般の人を巻き込んだ「財テク」と呼ばれる投資ブームが加速し、日本中が株式投資に熱狂していました。

ここに、当時の新聞記事があります。

農業を営むAさんが営業マンにソニー株を勧められ、100万円の利益を手にした。Aさんの株式投資成功の極意は「営業マンと親しくすること」。営業マンの心を掴むコツは誠意を見せること、ノルマに困っていたら僅かでも買ってあげるなど親しくすることで耳寄りな情報を持ってきてくれるようになる──

今でこそ金融庁に怒られそうな話ですが、つまり、そういう時代だったのです。

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日経平均株価の今昔比較

あれから30年の時を経て......

2021年現在、世界的にワクチン接種は始まったものの、新型コロナウイルスの脅威による深刻な状況は続いています。日経平均株価が3万円台に乗せたといっても、ファーストリテイリング<9983>やソフトバンクグループ<9984>など一部の値がさ株が指数を大きく押し上げている感が歪めません。

30年前とはもはや「別物」になった日経平均株価

2021年2月時点でのNT倍率(日経平均株価÷TOPIX)は高水準ですが、これは、日経平均株価が一部銘柄に引っ張られている一方、TOPIXは追いついていない状態を表しています。つまり多くの人の保有株は大して上昇しておらず、ましてやバブルの実感などないのが本当のところではないでしょうか。

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現在の日経平均株価は、上位3社(ファーストリテイリング、ソフトバンクグループ、東京エレクトロン<8035>)で構成比率の4分の1を占めているため、これら銘柄の動きが大きく反映されます。

そもそも、1989年の日経平均株価と2021年の日経平均株価では、構成銘柄の3分の2以上が入れ替わっており、もはや「別物」と言ってもいいでしょう。

こうした点から考えても、単純に昔と今の日経平均株価を同じ「3万円」という土俵に上げて議論するのは疑問が残るところなのです。

バリュエーションで見ても現在はバブルではない

次に、30年前と今のバブル度をバリュエーションで確かめてみましょう。

現在の日経平均株価のPERは22倍です(各構成銘柄のPERを平均化したもの)。過去の推移を見ると約12~15倍であり、現在の水準は確かに高いといえます。

しかし、1989年12月末には、実に60倍を超えていました。これは、資金を投じても回収には60年かかるということ。バブル絶頂期には80倍まで達したのです。

グローバルで比較してみても、当時アメリカやヨーロッパなど他市場のPERは20倍以下で、日本株だけが超割高水準でした。会社同士が相互に株式を所有し合う「持ち合い株構造」という日本市場独自の問題が背景にあったとはいえ、いかに高い水準だったかがわかるのではないでしょうか。

銀行株はいずこ? 激変した時価総額の顔ぶれ

時価総額上位の顔ぶれも、この30年で様変わりしました。

東証1部の時価総額を上から見てみると、1989年は日本電信電話<9432>、日本興業銀行(現・みずほ銀行)など上位10銘柄のうち銀行が6銘柄を占めています。

対して、現在では銀行の姿は消え、トヨタ自動車<7203>、キーエンス<6861>、日本電産<6594>など、世界で高シェアな商品を持つ企業が並んでいるのが特徴です。

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ちなみに、ソフトバンクグループやファーストリテイリングの上場は1994年。30年前当時は、まだ株式市場にいなかったのです。

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ソニーと歩んだ30年。その天国と地獄

バブルとその崩壊を経て、数々のショックや震災も乗り越えて、多くの"盟友"が姿を消していく中でも、変わらずに日経平均株価に採用されている銘柄、それがソニー<6758>です(2021年4月1日の社名変更により「ソニーグループ」に)。筆者がこの30年間ずっと持ち持ち続けている銘柄でもあります。

そんなソニーがたどった30年の変遷を追ってみましょう。

アメリカのアップル<AAPL>の創業者であるスティーブ・ジョブズが憧れていたという逸話でも有名なソニー。創業者の盛田昭夫氏はアメリカの有名ニュース雑誌「TIME」の表紙を飾ったこともあり、30年前の同社は「世界のソニー」として飛ぶ鳥を落とす勢いでした。

1989年にアメリカのコロンビア・ピクチャーズを買収、1994年に「プレイステーション」を発売、1997年にはパソコンの「VAIO」が大ヒット。

筆者は、そんな憧れのソニー株を株価5,000円で手に入れました(5,000円は分割修正後の株価。同社は2000年3月末に1:2の株式分割を実施しており、分割前の実際の購入価格は10,000円。本記事ではすべて分割修正後の数字で表記しています)。

2000年のITバブルではハイテク株の代表として株価は16,950円をつけ、3倍になったと大喜び。

しかしながら、2003年4月の決算で2004年度の見通しが大幅減益であると判明、いわゆる「ソニーショック」が起こり、株価は2,500円まで暴落します(筆者の損益はマイナス50%)。

2008年9月にはリーマンショックが起こり、ヒット作もないまま、2012年には株価は700円台へ......。売るに売れない地獄の塩漬け状態が続きました。

ところが、2010年頃からのスマホブームや2013年の「プレイステーション4」の大ヒットで、ソニーはゲーム&スマホの勝ち組となります。現在はゲーム・映画・音楽といったコンテンツメーカーとして再評価され、株価は1万円台を回復。さらに上場来高値の16,950円を目指して爆進中です。

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ソニー株で株式投資の天国と地獄を味わった筆者ですが、日経平均株価の構成銘柄ひとつを取り上げても、これだけの浮き沈みがあるのです。30年の間には新しく加わった企業、去った企業、それぞれにドラマがあるのだと思うと、まさに万感胸に迫るといった心境です。

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短命だった日経平均株価3万円

さて、1988年12月に初めて3万円台に突入した日経平均株価は、1989年は一年を通して上昇を続け、12月に38,915円87銭という史上最高値で大納会を迎えます。

明けて1990年、年初恒例の相場予想では「日経平均株価は年末に44,000円前後」が大方の見方でした。

ところが、いざ蓋を開けてみれば円相場の急落で大発会から日銀が介入、日経平均株価も大幅に反落する事態となり、波乱の幕開けとなります。

その後も弱い展開が続き、わが証券会社の営業部では拍手の代わりに「カネ取ってこい!」という怒号とともに灰皿が飛び交うようになります。

そして、1990年8月のイラク軍によるクウェート侵攻を受けて、日経平均株価はついに3万円台から陥落。滞在期間わずか1年8か月。急ピッチで始まり、急ピッチで終わった3万円台でした。

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ただ、そこから再び3万円という大台に戻ってくるまでには、実に30年という長い時間を要したのです。

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日経平均株価が描く新たな世界に期待

この30年の間に起こったことは、暗いことばかりではありません。バブル崩壊を機に持ち合い株構造は解消され、日本株を保有する海外の機関投資家の比率は1990年代の5%から約30%に増えました。つまり、グローバル経済が反映されやすい状況に変化したのです。

また、コロナ禍によって、組織から個の時代に相応しい新しいサービス・商品を提供する企業が加速度的に業績を伸ばしているのも頼もしいところです。

個人投資家の投資環境もITの普及で大きく変わり、営業マンに頼らなくても自分の判断で取引ができるようになりました。

足元では、2021年3月に日銀がETF購入の方針を変更したことで、日経平均株価は激しい値動きとなっていますが、「金融相場」から「業績相場」への過渡期が過ぎ、景気回復の動きも鮮明となれば、再び3万円台へと向かうでしょう。

そこでは、30年前とは違う「3万円台の世界」があるはず。一体どんな展開を見せてくれるのか、30年前を経験しているひとりとして大いなる期待を胸に抱きつつ、今からしっかりと準備しておこうと思うのです。

2021/04/15

[執筆者]
岡田禎子(おかだ・さちこ)
証券会社、資産運用会社を経て、ファイナンシャル・プランナーとして独立。資産運用の観点から「投資は面白い」をモットーに、投資の素晴らしさ、楽しさを一人でも多くの方に伝えていけるよう活動中。個人投資家としては20年以上の経験があり、特に個別株投資については特別な思い入れがある。さまざまなメディアに執筆するほか、セミナー講師も務める。テレビ東京系列ドラマ「インベスターZ」の脚本協力も務める。日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)、ファイナンシャル・プランナー(CFP) 【株窓アワード2020

※当記事は「株の窓口」の提供記事です
 

 

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texte : SACHIKO OKADA

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