禁忌を打ち破るアーティスト、リル・ナズ・Xってどんな人?
Culture 2021.10.15
2018年にリリースされて世界的ヒットとなった「オールド・タウン・ロード」以来、力強いイメージと大胆な(マーケティングの)動きによって、ピューリタンなアメリカに揺さぶりをかけることに余念がないミュージシャン、リル・ナズ・X。彼の軌跡を紹介しよう。
METガラでのミュージシャン、リル・ナズ・X (ニューヨーク、2021年9月13日)photo : John Shearer/WireImage/Getty Images
9月に発売されたファーストアルバム『モンテロ』のリリースにあたり、リル・ナズ・Xは非常にシンプルなアイデアを思いついた。若い親が赤ちゃんを迎える準備をするように、ベビー・シャワー風のケーキやプレゼント、キャンディ、そして「妊娠した」男性の大きいお腹の写真をインスタグラムに投稿し、このイベントを演出するというものだ。
その数週間後には「ザッツ・ワット・アイ・ウォント 」のビデオクリップを発表。ピンクのユニフォームを纏ったアメリカン・フットボールの選手に扮(ふん)し、ハーフタイム中ロッカールームでチームメイトと熱い時間を過ごし、最後に教会でウェディングドレスを纏う、という内容のビデオクリップだ。
22歳のラッパーは数カ月の間に母性、宗教、そして全能のスポーツといった神聖不可侵な制度を粉砕することが得意になった。新しい世界のミューズの役割を担う彼は、古めかしいものを喜んで敵に回している。
リル・ナズ・Xが、イメージが持つ力をうまく使いこなすことができるのは、幼い頃から彼自身がその中に入っていったから。リル・ナズ・X、本名モンテロ・ラマー・ヒル(母親が手に入れることを夢見ていた三菱のモンテロ(注釈:日本名はパジェロ)からインスピレーションを得た)は、1999年、アトランタ郊外の労働者階級の居住地区で生まれた。彼はそこで5人のきょうだいに囲まれ、母親と曽祖母に育てられて成長する。
両親は彼が6歳の時に離婚した。3年後、母親がドラッグ中毒になり、父親が彼らの親権を得る。 より裕福な街リチア・スプリングスに向かったモンテロは当惑し、その土地になかなか馴染むことができなかった。
末っ子のエネルギーを発散させるために、ゴスペル歌手の父親は彼を頻繁に教会に連れていった。少年はそこで音楽や小天使など聖書が持つバロック的な魅力を発見し、後にそれらをジャケットやビデオクリップに使うことになる。しかし、それらの魅力との不協和音もあった。モンテロは男の子が好きなのだ。そのことが彼を羞恥と苦痛を伴う疑問の淵に追いやった。後に彼は、自分のセクシュアリティを受け入れる前、自殺を考えたこともあったと告白している。
そのかわり彼はスクリーンに映し出される世界に夢中になった。そこで彼はSNSを使いこなし、ツイートやミームを量産してバイラルを起こす魔法使いのようなテクニックを習得する。大学で情報科学を学んだ後、ニッキー・ミナージュのファン(彼女のファンアカウントを作っていたこともある)だった彼は、音楽の道に進むことを決意する。アーティスト名は、崇拝するラッパーの一人であるナズへのオマージュ。自分の部屋で一人で作曲、作詞、実験を行った。そしてある日、インターネットで数ドルで購入したリズムループから「オールド・タウン・ロード」を作り上げた。伝統的なバンジョーとトラップビートをミックスしたこのトラックは、2018年12月3日にリリースされた。
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ヒップホップかカントリーか?
「オールド・タウン・ロード」はTik Tokで広がり、瞬く間に話題になった。馬に乗ってぶらつくカウボーイの(ソーダとコデインを混ぜた「リーン」で膀胱を満たし、恋人を裏切ったという)愉快の物語についた振り付けを、すぐにシェアして楽しんだのは子どもたちだった。この曲は全米シングルチャート1位に最も長く(19週間)君臨した曲として、歴史に刻まれた。
そして、ある論争を巻き起こす。翌年3月、レコードセールスとストリーミングチャートを管理するビルボードが、この曲はカントリーの要件を満たしていないとして、ランキングから除外したのだ。CNNが報じたとおり、これに対し彼のファンは人種差別的だと非難の声を上げたが、アメリカのカントリーのスターであるビリー・レイ・サイラスが参加したリミックスによって、これらの声はすぐに一掃された。サイラスの参加により、リル・ナズの聴衆はさらに広がり、ドレイクが保持していた全米史上最もストリーミングされた曲の記録を更新した。現在、「オールド・タウン・ロード」はSpotifyで10億回以上再生されている。
2019年6月30日、リル・ナズ・Xはビリー・レイ・サイラス(と彼の娘マイリー)とグラストンベリー・フェスティバルのステージに上がり、その数時間後にツイッターでカミングアウトした(家族にはその数カ月前に告白していた)。ヒップホップの世界で活躍する黒人アーティストとして、彼はフランク・オーシャンに続き、同性愛を告白したアーティストとなった。そして男らしさの明白なしるし(暴力、裸の女性、金)に誓いを立てたラップコミュニティの一部から激しい怒りを買う。
2021年9月、タイム誌の「世界で最も影響力のある100人」にリル・ナズ・Xが入った時、同じくラッパーのキッド・カディは、リル・ナズ・Xは「ヒップホップ界を覆っているホモフォビア(同性愛嫌悪)の雲を(……)壊している」とし、彼を擁護した。「ゲイの男性が数々の記録を打ち破っていくことは、俺たちや(黒人の素晴らしさをたたえる)ブラック・エクセレンスにとって大きな意味がある。人を不愉快にさせることも恐れない彼の方法は、まさにロックンロールだ。彼は本物のロックスターだ」
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マーケティングと挑発
その間、リル・ナズ・Xはおそらく最大の注目を集めることになる。2021年3月26日、ある男性の欲望を歌う「モンテロ(コール・ミー・バイ・ユア・ネーム)」をリリース。併せて発表されたビデオクリップは、リル・ナズが地獄に下り、サタン自身に向かって悩ましげなラップダンスを踊った後、悪魔を殺し、その角を自分の頭に載せるという異端のにおいがするものだった。
リル・ナズ・Xはそれだけで終わらない。数日後、彼はアメリカのアーティスト集団MSCH とコラボレーションし、一足1018ユーロ(約14万円、1018は聖書のルカによる福音書10章18節「わたしはサタンが電光のように天から落ちるのを見た」という箇所にちなんでいる)で、ナイキのバスケットシューズをカスタマイズしたエクスクルーシブ・コレクションを666足(666は悪魔の数字といわれている)限定で制作。このシューズの赤いソールの部分には、人間の血(彼のではなく集団のメンバーの血)が入っていると言われている。
挑発者の(穏やかな)マーケティングに対し、人々はとうとう怒りだした。ナイキはサタン・シューズの制作者を告訴し、ピューリタンのアメリカは金切り声を上げた。それでもリル・ナズ・Xはうろたえなかった。サウスダコタ州のクリスティ・ノーム知事が「『エクスクルーシブ』なものとは、子どもたちの神聖な魂」であり、「祖国の魂のために闘わなければ」ならないとツイッターで発言した際、彼はこう反論した。「あんたは知事だが、呪わしい靴についてツイートをしている。仕事しろ!」
そして別のラッパーであるジョイナー・ルーカスがビデオクリップが子どもたちにショックを与えるかもしれないと嘆くと、彼はこう答えた。「俺は『オールド・タウン・ロード』で文字通りリーンと不貞について歌った。あんたは子ども達にそれを聞かせることに決めた。自分自身を責めるしかない」
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シンボルとしてのモード
リル・ナズ・Xは決して諦めない。「サタデー・ナイト・ライブ」で新しいヒット曲を演奏した際、ポールダンスを披露している最中にレザーパンツが破れてしまった時も、股間に手を当て、いたずらっぽい笑みを浮かべて、パフォーマンスを終えた。
その数日後、ジミー・ファロンの「トゥナイト・ショー」でこのエピソードを振り返った時にはスカート姿で登場した。なぜならば、リル・ナズ・Xにとって、モードとはジェンダーを手玉にとり、クイアであることを主張する最も美しい武器の一つだからだ。
ホノグラムのテキスタイル、パイソンのプリント、蛍光色のカウボーイブーツ、ヴェルサーチェのピンクのハーネスベルト(700時間の作業が必要だったようだ)、6月のBETアワードで着用したクリノリンにMTVビデオ・ミュージック・アワードで纏ったスパンコールのついたライラックカラーのトレーンスーツまで、全てがリル・ナズ・Xに似合っている。彼のスタイリストであるホド・ムサが手がけたルックだ。ソマリア生まれの彼女は、祖国で内戦が勃発した時に家族とスウェーデンに逃れ、そこで育った。 彼のように、彼女もアイデアの力で自分の地位を確立したのだ。この歌手のための彼女のインスピレーションの源は、それぞれの時代に大衆文化と社会を覆した2人の黒人スター、プリンスとグレイス・ジョーンズだ。
MTV VMA 2021のレッドカーペットにライラックカラーのトレーンのついたスーツで現れたリル・ナズ・X (ニューヨーク、2021年9月12日)photo : Abaca
イメージ、、服装、シンボル——リル・ナズ・Xは全てをミックスする。最も常軌を逸したルックの代表的な場所であるMETガラでそれは証明された。ミュージシャンは王室の戴冠式にふさわしいケープ姿で登場し、2人のアシスタントがそれを取り払った。服の下には黄金に輝くの鎧が隠されており、さらにそれを脱ぎ捨てると、スパンコールが刺しゅうされた、身体にフィットしたジャンプスーツが現れた。
(カメラマンの注目を3倍集めたかったという事実を除いて)ヴェルサーチェによるこのストリップの説明は? このスタイルは、精神的な殻や古めかしい禁忌から少しずつ解放され、心の奥底から自分自身となり、妥協することなく、ありのままの姿を見せるというアーティストの軌跡を象徴している。「今年、本当の自分が出てきたように感じてるよ」と彼はヴォーグ・アメリカで告白している。「すべてが、いまの自分につながるものだった」。すべては、ポップスと世界とを変えるために。
text:Pascaline Potdevin (madame.lefigaro.fr), traduction : Yuko Tanaka