新時代のヒーロー、人種も国籍も超えて熱狂を生む大谷翔平。

Culture 2021.11.25

 From Newsweek Japan

文/グレン・カール(ニューズウィーク日本版コラムニスト)

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オールスター戦前日のホームラン競争でファンの大声援を浴びる大谷。翌日の試合には投打の二刀流で先発し、勝利投手となった。photo: AARON ONTIVEROZーMEDIANEWS GROUPーTHE DENVER POST/GETTY IMAGES

歴史を塗り替える二刀流というだけじゃない。大谷翔平のMVP獲得で、アメリカは「純真なヒーロー」を取り戻した。

大谷翔平を見ていると、私は10歳の頃に戻れる。ヒーローは実在すると信じていたあの頃に。

年齢を重ねれば、人は純真さを失うものだ。私はもう何十年も前に思い知った。本当のヒーローなどいるわけがない、無邪気な笑顔の裏には邪悪な意図が潜んでいるものだと。

だが、そこに大谷が現れた。彼はアメリカ大リーグ(MLB)の誰よりも速く走って盗塁を成功させ、特大のホームランを打ちまくり、時速160キロの剛速球で相手チームの強打者をねじ伏せる。いつも爽やかな笑顔で、少年少女のファンと気さくに言葉を交わす。こんなに純真なヒーローは見たことがない。球聖ベーブ・ルースだって、こんなではなかった。

私のようなベビーブーム世代は、ヒーローの存在を信じて育った最後の世代だ。当時はまだ、第2次大戦で世界を救った兵隊たちが生きていた。軍服を脱いで大統領に転身したドワイト・アイゼンハワーは「国民的おじいちゃん」だった。その後を継いだジョン・F・ケネディも格好よかったし、アメリカ人を月に連れていくと約束してくれた。

少年時代の私は素直に信じた。アメリカはどんな問題も解決できるのだと。子どもの勝手な思い込みではない。国全体がそう信じていた。
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それがどうだ。その後のアメリカはベトナムで戦争の泥沼に足を踏み入れた。公民権運動が盛んになり、各地で衝突が起きた。1970年代にはウォーターゲート事件が起き、国民はリチャード・ニクソン大統領が悪人であることに、そして政府が国民に嘘をついてきたことに気が付いた。

大好きな野球選手も嘘をつき、危険な薬物を使っていた。わが愛するボストン・レッドソックスの名投手ロジャー・クレメンスでさえ、筋肉増強剤を用いていたという。何度もサイ・ヤング賞を受賞したが、それも製薬業界のおかげだったか。ああ、世の中はアンチヒーローばかりだ。

そう嘆く日々が続いていたところに、大谷翔平が現れた。おかげで私たちは幼い頃の夢と感動を取り戻すことができた。60年前の栄光が戻ってきたのか?

アメリカ国内での報道も過熱している。大谷の活躍には誰もが雷に打たれたように驚き、目を丸くし、うっとりしている。こんな状況を、いままで私は見たことがない。

MLBの監督やスカウトも、まるで初めてプロの選手を見た野球少年のような言葉で大谷を称賛している。レッドソックスの監督アレックス・コーラは「彼のすべてに圧倒される。彼は違う種類の生き物だ」と絶賛したし、所属するロサンゼルス・エンゼルスのジョー・マドン監督でさえ「次元が違う。ベーブ・ルース以来だ」と手放しで喜んでいる。

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選手たちも同じだ。大谷のチームメイトで強打者のマイク・トラウトは「こんなの見たことない。すご過ぎるし、人間としても素晴らしい」と評した。ニューヨーク・メッツのマーカス・ストローマン投手は大谷を「生きた神話的レジェンド」と呼び、ニューヨーク・ヤンキースの元投手C・C・サバシアは「自分の知る限り最高の野球選手」と絶賛してみせた。

野球担当の記者たちも、今シーズンの大谷は「史上最高」で「前代未聞、この活躍を再現できるのは大谷だけだ」などと書き立てている。

そんなスーパースターの大谷が、驚くほど謙虚で無欲に見えることにも感嘆の声が尽きない。彼はフィールドにゴミを見つけたら、必ず拾う。折れたバットはバットボーイに手渡しする。バスで敵地へ移動する際には、人気ラテンポップ曲「デスパシート」をカラオケで歌う気さくな面もある。

02-02-211125-shohei-ohtani.jpgサインを求めるファンには丁寧に応対。photo: JEFFREY BECKERーUSA TODAY SPORTSーREUTERS
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大谷はいつだって礼儀正しく、誰にでも分け隔てなく接する。こうした美徳は、大谷を育てた日本社会の功績と言うべきかもしれない。アメリカ人が日本を訪れると、まず例外なく現地の人の礼儀正しさや慎み深さに感銘を受ける。そういう場所で育ったから、いまの大谷がある。

言うまでもないが、MLBでは何十年も前から日本人の選手が活躍している。殿堂入り確実のイチローを筆頭に、松井秀喜や野茂英雄、そして私の好きな松坂大輔などだ。しかし彼らの時代といまとでは、アメリカ社会にも大きな違いがある。

イチローがシアトル・マリナーズに入団した2001年当時、アジア系アメリカ人の数は1200万人前後だった。イチローもその後継者たちも、その才能ゆえに球界ではスターになれたが、その国籍と人種ゆえにアメリカ社会の一員とは見なされなかった。しかしいま、アジア系アメリカ人は約2300万人に達している。アジア系もアメリカ社会の立派な一員だ。

時代は変わった。いまは白人の多くが、民族的・人種的な多様化の進行を脅威と感じている。ドナルド・トランプ前大統領の中国敵視や人種的偏見のせいで、アジア系アメリカ人に対するヘイトクライムが激増しているのも事実だ。しかし全体として見れば、みんな「アメリカン」という言葉の意味を広げようとしている。

7月13日のオールスター戦の前にはテレビの人気スポーツコメンテーターが、通訳を必要とする大谷にはMLBの「顔」となる資格がないと語った。これにはメディアもファンも猛反発した。国籍や人種で大谷の業績を評価するのは「アメリカンじゃない」、選手の評価は技量と実績、そして人柄だけで決めるべきだと。

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アジア系アメリカ人にとって、大谷の活躍はアジア人の強さの証拠であると同時に、自分たちがアメリカ人であることの証しでもある。大谷の技術と身体能力、際立って慎み深い態度は、アジア人に関する「引っ込み思案」で「小柄」だといった年来の偏見をひっくり返すに十分だ。いまアジア系の人たちに聞けば、大谷翔平は「われら異国で暮らす誇り高きアジア人社会の代表格」だという答えが返ってくる。

そのとおりだろうが、今年の大谷フィーバーで特筆すべきは、彼の人種や国籍を気にするファンがほとんどいない点だ。私も含め、アメリカ人はみんな、大谷を見て彼こそ当代随一のプレーヤーだと思った。今年のようなプレーをあと何年か続けたら、史上最高の選手と呼ばれてもいい。彼にはその資格がある。

彼が日本人かどうかは、彼が右投げ左打ちか、左投げ右打ちかという程度の問題でしかない。いまのアメリカ人はそう思っている。イチローがアメリカにやって来た頃と比べたら、いまのアメリカははるかに多様性に富み、懐が深くなっている。その変化の重さを、日本人の大谷が華麗に体現している。

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試合前の練習でも常に笑顔を忘れない photo: ORLANDO RAMIREZーUSA TODAY SPORTSーREUTERS

この60年で、私の子ども時代のヒーローたちは死んでしまった。しかしいまは大谷翔平がいて、全身で「ヒーローここにあり」と叫んでいる。

そうだ、私に素敵な夢を見させてくれたアメリカの神話はまだ生きている。ヒーローは健在なのだ。大谷の卓越したプレーと素晴らしい立ち居振る舞い、そしてその人種のおかげで、アメリカ人はまた一歩、前へ進んでいける。もう人種など気にしない社会に向かって。

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text: Glenn Carle

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