かの幻想文学を変奏した、軽妙かつボーダーレスな世界。

Culture 2022.10.29

『フランキスシュタイン ある愛の物語』

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ジャネット・ウィンターソン著  木原善彦訳 河出書房新社刊 ¥4,180

生と死、人間と人間以外、女と男、過去と未来、現実と虚構。『フランキスシュタイン』は、さまざまな境界を超越するトランス文学だ。著者のジャネット・ウィンターソンは、カルト的な信仰を持つ家庭で育った少女が同性と恋に落ちたことをきっかけに外の世界へ旅立つ『オレンジだけが果物じゃない』などで知られる。

本書には語り手がふたりいる。まず、1818年に『フランケンシュタイン』を刊行した作家メアリー・シェリー。そして『フランケンシュタイン』誕生から約200年後、人工知能をテーマにしたテックエキスポに招待されるトランスジェンダーの医師ライ・シェリー。19世紀と21世紀を行き来しながら、登場人物の愛の行方と、身体から解放されたい「人間の夢」を描いていく。

19世紀のパートでは、メアリーの伝記的事実にもとづいて『フランケンシュタイン』の成り立ちが語られる。ちなみに、フランケンシュタインとは、死体を材料にしてホムンクルス(人造人間)を創造した科学者の名前であり、創られた怪物には名前がない。名もなき怪物は自分が何者かわからず孤独に苛まれ、フランケンシュタインを憎む。21世紀のパートでは、この恐ろしくも切ない名作が、作品の背景も含めて変奏されるのだ。

変奏するときに、思いきりヘンテコで笑える話にしているところが、ウィンターソンならではの魅力だろう。例えば、19世紀イギリスを代表する詩人バイロンと似た名前の人物が、21世紀のパートで自ら開発したセックスボットを売り込む場面。詩人とロボット性具屋はかけ離れているように見える。しかし、女性を侮っているという意味で、ふたりの愚かさの本質は同じということが、鋭いツッコミによって暴かれてしまう。メアリーの異母姉妹と同名の人物が、バーベキュー世界選手権について熱弁するくだりも楽しい。言葉は人間が身体から自由になるための唯一のツールだと感じる。

文:石井千湖/書評家・ライター
1973年、佐賀県生まれ。早稲田大学卒業後、書店員を経て執筆活動に専念。近著に『名著のツボ 賢人たちが推す! 最強ブックガイド』(文藝春秋刊)、『文豪たちの友情』(新潮文庫)がある。

*「フィガロジャポン」2022年11月号より抜粋

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