ドラァグ・クイーンは新時代のファッションミューズ?
Culture 2022.07.17
エキセントリック、豪華絢爛、そして深刻な顔は決してしない。女装パフォーマンスのスターたちがファッションブランドの新たなミューズとなっている。フランスでも、「ル・ポールのドラァグ・レース」のテレビ放映が始まった。最新ファッションに精通した彼女たちについて、フランスのマダム・フィガロがレポート。
ル・ポールズ・ドラァグ・レース・フランスにジェルマニエのドレスで登場したラ ・グランド・ダム。
6月25日、フランス版ドラァグ・クイーン・コンテスト「ル・ポールのドラァグ・レース」の第1回戦が France Tv Slash で放映された。芝居気たっぷりの12人の出場者の中でモードファンの視線を釘付けにしたのは、ラ・グランド・ダム。番組に最初に登場する場面で彼女が着用したのは、舞台衣装ではなく、目下注目のスイス人若手デザイナー、ケヴィン・ジェルマニエが手がけたパールビーズのドレスだった。
「友情から生まれた」と、デザイナー自らが個人的なつながりに言及しているが、近頃ドラァグ・クイーンに熱を上げているクリエーターは彼ひとりではない。それどころかブームと言ってもいい熱狂ぶりだ。最近もヴァイオレット・チャチキがリチャード・クインのショーでランウェイを歩いたり、アメリカ版ドラァグ・レースのファイナリストたちがランジェリーブランド、サヴェージ X フェンティのショーに出演したり。ローズ&ピュナニはクローディ・ピエルロの広告に起用され、ジジ・グッドとシモーンはモスキーノのミューズに……。枚挙にいとまのないほど多くのコラボレーションが誕生して、ファッション界はドラァグ・クイーンをめぐる争奪戦の様相を呈している。
とはいえ、この熱狂を単なるロマンスと言っていいのだろうか? ファッション・クリエーターたちは、以前からこの世界へ愛着を寄せてきた。特にティエリー・ミュグレーとジャン=ポール・ゴルチエのふたりは、女装パフォーマーたちと常に緊密な関係を結んできた。
スペクタクルの世界と切っても切れない関係にあったミュグレーは、自ら手掛けたレビュー「ミュグレー・フォリー」に、ドラァグ・クイーンたちを起用した。
映画監督ジョン・ウォーターズのミューズであったディヴィーヌへの傾倒ぶりがよく知られているゴルチエは、2015年にコンチータ・ヴルストをランウェイショーのモデルに起用している。ファッション界の恐るべき子どもと呼ばれたゴルチエは、フランス版「ル・ポールのドラァグ・レース」の第1回戦の審査員も務めている。多くのドラァグ・クイーンと同様、ゴルチエのショーからヒントを得て自分の芸術に活かしてきた出場者たちにとって、まさに夢のキャスティングだ。
イギリス人デザイナー、リチャード・クインのショーでランウェイを歩くヴァイオレット・チャチキ。(ロンドン、2022年2月19日)
photography: Abaca
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ボールルームかからランウェイへ
というのも、女装パフォーマンスは常にファッションからインスピレーションを受けてきたからだ。両者は持ちつ持たれつの密接な関係にある。「確立したコードに疑問を投げかけるファンタスティックと、ファンタスムの対象、という女性のふたつのビジョン」とローズ&ピュナニは分析する。
ファッションとその神話は、ドラァグ・カルチャーの集大成である「ボール」の土台をなすものでもある。1920年代にアメリカのホモセクシャル・コミュニティで生まれたボールは、ドラァグ・クイーンたちがパフォーマンスを競い合うコンテストだ。出場者はカテゴリーごとに、見た目、身のこなし、ヴォーギングのステップといった点を審査される。マドンナの楽曲「ヴォーグ」で一般に知られるようになったヴォーギングと呼ばれるダンスは、かの有名な雑誌「ヴォーグ」に見られるモデルのポーズの模倣から生まれた。イベントを主催するグループは「ハウス」と呼ばれ、著名なファッションブランドにちなんで、ハウス・オブ・ランバン、ハウス・オブ・グッチ、ハウス・オブ・サンローランなどと名付けられた。ハウスはまさに家族のように運営され、グループに所属するメンバーはハウスの姓を名乗っていた。ここまでがいわば序章だ。
長い間、アンダーグラウンド的存在だったドラァグ・クイーンを表舞台に押し上げたのが、アメリカ人のル・ポールが主宰する番組だ。2009年に放映が開始され、これまで合計24のエミー賞を受賞している「ル・ポールのドラァグ・レース」は、メイク、演劇、ダンス、歌、そしてもちろんファッションと、さまざまなファセットを持つこの総合パフォーマンスにスポットを当ててきた。もっとも優れたファッションセンスを発揮した出場者には、「ファッション・クイーン」の称号が与えられる。
「アメリカ人はラベルを貼るのが好き」と、フランス人として初めて番組に出場し、ファッション・クイーンの称号を獲得した初のフランス人でもあるニッキー・ドールは笑う。スタイルを競い合うバトルは数週間に渡り、コンテストの覇者には人気と世界的な名声が約束されている。視認性向上を追求するブランドにはぜひともコラボレーションしたい相手だ。
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ほぼ普通のイットガール
ヴァイオレット・チャチキ、ミス・フェイム、ジジ・グッド、シモーン、アクエリア……。こうしたファッションに精通したドラァグ・クイーンたちは、誰もがインスタグラムに100万人以上のフォロワーを持つ。ファッションブランド各社は新たな切り札として、豪華絢爛な衣装を着こなす人気者の彼女たちをキャンペーンに起用したり、ショーの最前列やランウェイに招待している。
ニッキー・ドールもローズ&ピュナニも、ドラァグ・クイーンはいまや「ほぼ」普通のイットガールになったと口をそろえる。ほぼ、というのは、大部分の人気インスタグラマーと違って、ドラァグ・クイーンは独自の美の宇宙を築き上げ、着脱可能な架空のキャラクターを作り出したアーティストだからだ。「私自身がブランド」とニッキー・ドールは言う。
ビジネス上のパートナーとして、この新たなスターたちと良好な関係を築くために、ファッション界は彼女たちのアイデンティティを尊重する心構えが必要だ。当のファッション界はこのことをしっかり自覚している。「ドラァグ・クイーンを服を着るだけのマネキンとして利用することにはまったく興味がない」とケヴィン・ジェルマニエは言う。「クリエイティブな対話なのです。彼女たちのキャラクターや芸術を尊重しなければなりません」
たとえコラボレーションが軽妙さや笑いといった雰囲気を伴っていても、ドラァグ・クイーンの側には常に不信感がある。パトゥやルージュともコラボレーションを行ったローズ&ピュナニは、自分たちに白紙委任状を与えてくれるブランドは大歓迎だと話す。「それでも注意はしています。逸脱はあるものですから」とふたりは強調する。
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新たな男性性
「ファッションブランドがこのブームに関心を持っているのは、ブランドがより柔軟できらびやかな新しい男性性を求めているから」と、トゥールーズ大学ファッション記号学教授のキャロリーヌ・クルビエールは分析する。ただしそれだけではない。「私たちは笑わせ、考えさせ、インスピレーションを与える……。それから、私たちには視点がある。私たちはアクティビストなのです」とニッキー・ドールは言う。
ドラァグ・クイーンとコラボすることは、イメージ向上を狙うブランドにとって格好のチャンスではないだろうか? 上部だけの表現と正しく適用することの差は紙一重だ。LGBTQI+コミュニティの名声を利用する目的でコミュニティの人物や出来事を参照することは、「ピンクウォッシング」と呼ばれる。彼女たちとブランドのコラボレーションで最も懸念される逸脱はこれだ。しかしドラァグ・クイーンたちはそうした事態に巻き込まれないよう、しっかりと目を光らせている。
「ノンと言ったこともあります。“操り人形”のように扱われたくはない」とローズ&ピュナニは言う。ドラァグ・クイーンを擁護し、パートナー事業の展開を図る彼女たちを支援するエージェントも増えている。たとえば、数カ月前に設立されたばかりのポップ・モデルズは、「ドラァグ・アートのプロ化を促進する」という理念を掲げる。このエージェントには「ル・ポールのドラァグ・レース・フランス」出場者の多くが所属している。突然スポットライトを浴びたドラァグ・クイーンたちはいま、自分を運営する方法を模索している最中なのだ。
いずれにせよ、クリエーターとドラァグ・クイーンが両者の関係を話題にする時、彼らは多くの「同志」や「ミューズ」が住む、「楽しさ」に満ちた「交流」の世界を描き出そうとしている。ルールを守れない人に参加資格はない。こうした制約を受け入れた上で、それでもファッションに心を震わせる人がいて、ブランド側にもスペクタクルを夢見るクリエーターがいるかぎり、ドラァグとファッションはこれからも素敵なロマンスを紡いでいくに違いない。
text : Matia Bernetel (madame.lefigaro.fr)