「生まれ変わりの儀式」を経て生まれた蜷川実花の新境地。

Culture 2022.07.21

現在、東京・目黒の東京都庭園美術館で蜷川実花の展覧会「蜷川実花 瞬く光の庭」が開催されている。コロナ禍に1年半を掛けて、日本全国で撮影した花の写真はどれも光に彩られているものばかり。四季折々の花たちが光を受け、美しく咲くその瞬間を切り取る蜷川氏の視線は、やわらかく、愛おしさに満ち溢れていた。この展覧会を通して、蜷川実花の新章が始まったと語った彼女に、その真意、そして今、見えている世界について話を聞いた。

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― この展覧会のために約4万枚の写真を撮影されたと伺いました。

「そうなんです、びっくりですよね。何かに取り憑かれたかのように撮っていました。これまでもずっと花は撮り続けていましたが、こんなに根を詰めて撮影したことはかつてなく、最後には腱鞘炎になってしまうくらいで。もう体もボロボロで“重い、カメラが重い……”って、ゼエゼエ言いながら撮影していました。ずっと春に花の写真が撮りたくて、でもここのところ常に映画の撮影と被っていて、春に思う存分、花を撮れなかったという期間が4~5年続いていました。で、そのあと新型コロナウイルスの蔓延であまり外出できなくなってしまった。そんな時を経て、花の撮影なら外出してもいいかな?と思い行動を起こした1年半だったんです。だからこそ、いろいろな創作意欲が蓄積されていたのかも知れません。

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― その1年半を掛けて撮影した写真はこれまでと違っていましたか?

「そうなんです。自分が変化すると写真が変わるんだと気付かされました。自分の生き方や感じ方がそんなに変わっていた気はしていなかったのですが、出来上がってくる写真が明らかに今までと違っていたので、それが面白くて。ずっと花を撮ってきたにも関わらず、まだこんなに変わるのかと。終わってみると、ちょっと何だか“生まれ変わりの儀式”みたいな感じもあったというか。まるで生まれ変わったみたいに世界の光り方や捕まえ方が変わったような気がしたんです。もっともまだ花を撮ること自体は終わってなく、続いているんですけど」

― その新境地に辿り着いた経緯は?

「なんでなんだろう?そんなに大きな出来事があったわけではなくて、でもアーティストって、そんなものかなとも思います。私はコロナ禍で大変でとか、不安でとか、仕事が激変してって状況ではなかったんです。多少、仕事は減った気もするけど、あまり影響なく日々を過ごしていました。もちろん、外食したり、人と会う機会は減りましたが。でも何となく、世界全体が変わったじゃないですか、今は少し通常に戻ってきたと言っても変わったままの部分もあるし、大いに引きずってますよね。そういう変化が毛穴から入ってきてたんだな、というか、自分の中で地殻変動が起きるほど、染み込んでいたんだなと思う。そのことは、この展覧会の写真を撮っていて、すごく実感しました」

― それは今、世界で起きている大きな畝りみたいなものに自然と飲み込まれていたと?

「そうですね。今、起きている戦争もそうですけど、世界が不穏な空気になっていて。世界が音を立て目まぐるしく変わっているタイミングで、その渦の中にいるからこそ、大事なものは何だろう?とか、今、目の前にあるものの美しさだったり、尊さだったりとか、そういったものがなくなってしまうかもしれないと考えると、その愛おしさを以前より、より強く感じるようになってきたなと。そんなことを自分が撮影した写真を見ながら、回想しましたね。そもそも写真は私にとって、残しておけないその時の煌めきだったり、自分の感情を焼き付けられるものなので、今回の自分の変化ともとても相性が良かったんだと思います。例えば、手で掬った水が流れて、こぼれてしまうように、なくなってしまうその瞬間の美しさを嘆くのではなく、だからこそ、すごく大切にしようと思ったりだとか、今、この瞬間に対する意識がさらに強くなったような気がしていて。その瞬間の積み重ねが未来に繋がっていくのかな・・・と思いながら、撮影していた気がします」

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― 何か大きな変化じゃなく、気づいたら変わっていた、といった感じですかね?

「そうなんです。これまでは年間に12~13回は海外ロケに行ってましたが、それがなくなり、日本にずっといるようになって、日本の各地を旅するようになったという変化はあったんですが。それでも私を変える何かが毛穴から入ってきたみたいな。意外と空気感みたいのを繊細に感じ取っていたのかな?なんて思ったりもします。それには私自身も気づいてなくて、コロナ禍や世界を流れる不穏な空気に私は負けません、大丈夫です、と思っていたところもあるんだけど。でも否応なしに起きた変化が写真に出てきたところが自分なりにも面白かったですね。そして、ある程度撮ってまとまった写真を見て、これはすごく変わっているなと自分で気づくことで、よりブーストしていくんです。変化を認識し、言語化していくことで。なので、夢中になって撮影をしていました。

― この写真たちは、今回の展覧会の話があって、撮影を始められたものなのですか?

「東京都庭園美術館で展覧会を開くことは決まっていました。庭園美術館だから、何となく植物がいいなとか映像も作りたいなと言うのはふんわりと考えていて。でも、それをどんな風に撮影するかは最初から決まっていたわけではなかったんです。去年、上野の森美術館で、大きな展覧会(「蜷川実花展ー虚構と現実の間にー」)を開いたんですが、今までのいろいろなテーマの作品を一挙に集めた回顧展のような内容のものだったんです。それはすごくエネルギッシュな展覧会だったのですが、一度、過去の作品をまとめることで、すごくスッキリしたというか。よし次の一歩だと思って、この展覧会に取り組めたんです。大きな展覧会を東京で立て続けに行うのは、なかなかタフなことでした。それなら、東京都庭園美術館では、新しい私をお見せできたらいいなと思ったし、とにかく私がやりたいことがこれだったので、しっかり振り切れたかなって言うのはあります」

― この展覧会は、蜷川さんにとっての新章だと?

「毒っぽさだったり、極彩色とか、エロティックなムードやどこか怒りを感じさせる表現は、私の個性ですごく大切なものだと思っていました。もちろん、またこの先、そんな気分になる時もあると思いますが、一度、それを濾過した気がしていています。そうすると自分の中の芯にあるものって、こういうものだったんだというのが今回の写真に出ているなと思う。東京都庭園美術館の建物はとても美しく、そのスペースで私の写真を展示させてもらい、両方が素晴らしく見える方法を模索したいと考えました。なので、本館での展示は私にしてはミニマルなんです。少し前の自分だったら、この美術館を私色に染めたいと言うか、空間の美しさを私の写真の力で、ネジ伏せたいと考えていたかもしれない。展示場所が重要文化財であろうが何だろうが“どうも、蜷川実花です!”といったテンションでやってきたんですけど(笑)。とにかく、私の作品を見てくださいと言う気持ちで走って来て、それは展示方法だけでなく、制作活動も生き方自体もそうだった気がしています。それは年齢的にも時代的にも、人数も多い世代なので、そうしないと生き残ってこれなかったとも思う。それを否定するわけではないんですが、次のフェーズに入って来たのかなと。もっとひき目で全体が見られるようになってますね。
これまでは主語が全部“私”だったのが、それが“みんな”や“私たち”に変わってきた。そういう感じも展示に表れているかと思います。
言葉にするのは躊躇してしまいますが、希望の光を捕まえたい、なくなってしまうかも知れないけど、それも捕まえることはできると信じたい。まずは信じることから始めたい……そんなこと恥ずかくて、絶対、言えなかったですよ、若い頃は。それが大人になったというか……。世界の変化や自分の気持ちの変化もそうだし、ある程度、やり切った感じもあるのかも知れないです。それで今、何を表現したいかと言ったら、さっきお話したような、少し照れくさい内容だったと。それに自分が一番、驚いていたりするんですけどね(笑)」

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― 写真に込められた自分の気持ちを咀嚼しながら、編集していく作業は大変だったのでは?

「とにかくそれが大変でした。今まで花を撮影していた時は、ある程度、ルールに則って編集していたので、ある程度は軽やかにできたのですが、今回は言ってみれば、4万回、全てが心の動いた瞬間しかシャッターを切ってないので、捨てるカットがない。何を持っていい写真とするのかのところから始めなくてはいけなくて、並べてみたら、どっちもいいなと思うものばかりで。以前だったら、これを選んだな、みたいな部分とも向き合わなくてはいけなかったので。撮ることも大変だったけど、それ以上にセレクトに時間が掛かりました。1年中、パソコンを開いて写真をみていた状態でしたね。特に春は、見るのが追いつかないスピードで撮影していたので」

― 心が動いた時しかシャッターは切らないと話されていました。今回はそれが4万回。作品はどれもゆったり美しいものばかりですが、とても心が落ち着く暇がなかったようにお見受けします。

「本当に気持ちが忙しかった。かなり体育会系なハードなスケジュールで、“己の限界を突破せよ”みたいな心意気で撮影してました。周りにも「今日も行くんですか、撮影!?」ってよく言われてましたしね。この1年半で、行動範囲が広がりまして。これまでは東京で咲いている花を時期見ながら撮影に行ってたんですけど、今では日本全国、行ったっていいんじゃん!!ってなりまして。天気予報や桜の開花予想、その他のSNSで調べた情報を下に、「明日、青森が晴れなので、撮影に行くぞ!」みたいな感じで、前日に決めて、全国へ出掛けてました。「蜷川さんが撮影される日はいつも晴れてますね」なんて言われたりしたんですが、「違うんです、晴れている場所を探して、出向いてるんです」って(笑)。それも全部、日帰り。子供のためにお弁当を作らないといけないし。なので、どこに行っても、地元グルメを満喫するわけでもなく、コンビニのものとか食べてました(笑)。お土産で名産品を買ってきて、東京の自宅で食べるみたいな(笑)」

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― ハードなスケジュールの中、自分と向き合った日々だったんですね。

「気持ちは充実しているんですが、とにかく時間的にハードで。飛行機で行ってレンタカーで移動、2時間撮影して、4~5時間かけて帰るみたいな忙しい日々を送ってました」

― 自然に咲いている花よりも、人の手が入った庭園などの花を撮影された理由は?

「それも実は人に言われるまで、全然、私は気づいてなくて。高山植物とか道端に咲いている花とかは撮ってないんですよ。全国に幾つか強く惹きつけられる植物園があって、それらは大体、長い時間、一族で庭や山を守ってきてらっしゃるところで。とても強いパワーが溢れていて、何度も通いましたね。日本国内をあちこち訪ね歩いて、とても面白かった。どうしても行きたかった弘前の桜も、今年のゴールデンウィークにやっと撮影にいけました。本当にすごかったです。まるでこの世じゃない感じの場所でした」

― この展覧会のキーワードとも言える、光彩色とはどんなものですか?

「今回はとにかく光を追っていました。撮影でもセレクトでも。とにかく光にフォーカスしていたんですよね。パステルトーンとも違うし、カラフルだけど、極彩色とも違うなと。光を受けた時に花たちが見せる鮮やかな色を光彩色と呼ぶことにしました。その花のエネルギーとか、そこに惹きつけられた私の気持ちを写真に封じ込められたらいいなと思っていました」

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― この展覧会の構成を考えるときに重要視した点は?

「自分の中で区切りがあって、この1年半で撮影したものでまとめようと決めてました。なので、それが結局、新しい表現に繋がったし、割と近しい人たちも口を揃えて「こんなに変わったのか!」と言ってくれる内容になりましたね」

― その新しい表現というのは写真のみならず、今後の映画や映像作品にも影響を与えそうですか?

「今回の映像はチームで作りました。これまでアート作品の制作にチームで取り組んだことがなかったんです。写真って、とても個人的なことだし。でも、その制作プロセスがチーム戦になったときの面白さみたいなのがとても新鮮でした。通常、映画でやっているようなことを自分のアート作品を作るときにトライしてみたり。色々と循環しているなと感じました」

― 東京都庭園美術館での展覧会はチャレンジングだったとか。

「すごく好きな美術館で、学生の頃もよく通っていました。このお屋敷自体にすごく力があるので、展示する側としては難しいんですよ。勝ち負けではないのですが、このインテリアに負けないで、どのように共存するべきか、お互いにいい部分を引き出せるかがすごく難しい。いたずらに自分色に塗るのも違うなと。それをしたい訳でもなかったし。割といろいろな場所で展覧会をやらしてもらっているのですが、これまでで一番、真剣に向き合った場所だと思います。写真の色調整にも時間を掛けて。これまで以上に繊細に色調整して、通常よりナチュラルな色味に仕上げています。細い光もしっかり拾い、自分の印象、そして、その写真で何を表現したいかなどを何度も打ち合わせしながら、仕上げました。撮った後に、この写真のどこを良しとして私は選んでいるのかを考えることとか、それをスタッフと共有しながら、色の調整をする作業自体が今までと全然違ってて、どこをいいとするかのポイントも今までとは変わっていましたし。シンプルに言うと、寄りのカットが減って、もっと引きで花を捉えているものが増えましたね。写真のポイントを一個ずつ丁寧に拾いながら、色の調整をするのは、本当に大変な作業でした」

― 何か新しいことが始まったなと実感された1年半だったんですね。

「希望の光って、どうしたの私って思ったりしますが、すごくシンプルに言うと今回、展示している写真はそう説明できると思います。長らく着ていた鎧的なものを脱ぐことができる年齢になったのかも知れないし、それができるだけやり切ったと思えた上野の森美術館での回顧展までの道のりだったのかも知れないし。全ては後々ですが、いろいろなことのタイミングが良かったんだと思う。この展覧会自体もコロナ禍がなければ、もっと早い時期に開催する予定だったので。今では、絶対に場所は、この東京都庭園美術館じゃなくてはダメだった気がするし、去年、開催していたら、また違う内容だったと思う。今はこのタイミングにこの場所で、展覧会が開けたことがすごく良かったなと思ってます」

蜷川実花 『瞬く光の庭』
会期:2022年6/25(土)〜9/4(日)
会場:東京都庭園美術館 本館+新館
東京都港区白金台5-21-9
050-5541-8600(ハローダイヤル)
開)10:00〜18:00 *入館は閉館の30分前まで。
休)月 *7/18(月・祝)は開館、19(火)は休館。
入館料:一般¥1,400など
www.mikaninagawa-flickeringlight.com
*オンライン事前予約制。

text:Tomoko Kawakami

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