「舞台に立ったら、脚が自然に上がったんです」バレエダンサー上野水香が語る『新章 パリ・オペラ座』の魅力。
Culture 2022.08.18
コロナ禍のバレエダンサー、関係者、そしてパリ・オペラ座を追ったドキュメンタリー『新章 パリ・オペラ座 特別なシーズンの始まり』が8月19日に公開。それに先駆け8月11日、先行上映とバレエダンサー・上野水香によるトークショーが渋谷ユーロスペースにて開催された。パリ・オペラ座の舞台に立った経験もある上野にしか語れない、とっておきのトークから一部をお届けする。
73分のドキュメンタリーは、コロナ禍で閉鎖されたパリ・オペラ座の久しぶりのダンスレッスンのシーンから始まる。これまで経験したことのない不安、葛藤、期待を抱きながら、ダンサー、振付指導者、芸術監督が協力し、ひとつの舞台を作り上げていく。しかし、再びの感染拡大に伴い、開幕目前に無観客配信が決定。初日が千秋楽となる幻の公演となってしまう。心技体が揃う絶頂期が短く、42歳でバレエ団との契約が終了となる彼らにとって、それは落胆の決断であった。そんな激動の中、新エトワールが誕生する……。
上映終了後、上野水香が壇上に上がると、観客は大きな拍手で迎えた。上野は5歳からバレエを始め、1993年、ローザンヌ国際バレエコンクールでスカラシップ賞を受賞。モナコのプリンセス・グレース・クラシック・ダンス・アカデミーに留学し、首席で卒業。97年『くるみ割り人形』の金平糖の役で主役デビューを果たす。2004年東京バレエ団に入団。故モーリス・ベジャールに直接指導を受け、彼の代表作『ボレロ』を踊ることを許された世界でも数少ないダンサーのひとりとなった。世界の著名なバレエダンサーとの共演も多い、日本が誇るトップバレエダンサーだ。
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さっそく『新章 パリ・オペラ座』を観た率直な感想を上野に聞いてみた。「バレエを知っている方も知らない方も、情熱をもってコロナ禍を乗り越えていく物語に元気をもらえると思います。本当にみなさんにオススメしたい作品です」
上野自身、コロナで大きな影響を受けた舞台芸術に携わる第一人者だ。彼女はコロナ禍をどのように過ごしていたのだろうか。
「私は知人の伝手で小さな稽古場をお借りして、毎日クルマで通って、誰にも会わずに練習を続ける毎日でした。狭い空間でいかにして自分のスキルを保ち続けることができるか、本当に苦しかった期間でした」
だからこそ、公演の復活が決まったの喜びはこの上ないものだった。
「映画の中で、ダンサーたちの表情がすごくうれしそうで、笑顔が止まらないというか……。私もバレエ団で久しぶりに踊れるようになったときは、『広いスタジオで思いっきり踊れる!』と喜んでいたのを思い出しました。世界中で公演がストップするなど同じシチュエーションにおかれて、もしかしたら世界のバレエダンサーがつながった瞬間だったかもしれない。いまはSNSなどつながれる方法があって、ダンサー同士の心の絆が深まったような面もあったかもしれません」
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ドキュメンタリーの舞台となったパリ、そしてオペラ座とは、上野にとってどのような存在なのだろうか?
「パリは東京の次に好きな街かもしれません。14歳の時、フランスで踊れることになって、初めて降り立った海外がパリだったんです。2~3日滞在して、舞台を観たり、セーヌ川沿いを歩いたりして……。その後モナコに留学することになった時も、必ずパリ経由で移動してますし、多分いちばんよく訪れている街ですね」
2012年には東京バレエ団の海外公演で、初めてパリ・オペラ座の舞台を踏むことになった。演目は恩師モーリス・ベジャールが1986年に東京バレエ団のためにつくった『ザ・カブキ』だ。「東京バレエ団のレパートリーで、いちばんお見せしたかった舞台をパリのお客様に届けられた」という上野。オペラ座・ガルニエ宮について、次のように語る。
「本当に特別な空間だな、という思いがあります。歴史の重みがあるというか……。はじめて練習で舞台に立った時、観客席がものすごい暗闇で、そこに吸い込まれそうになるんじゃないかと思ったくらい、特別なものを感じました」
特別感の要因のひとつとして、上野は「斜舞台」を上げる。傾斜の付いた舞台を持つ劇場は世界にもいくつか存在するが、パリ・オペラ座ではその角度が他に比べてかなり急なのだという。そこで、上野は「奇跡的な」体験をしたのだという。
「水を入れたボトルを横向きに置いたら、転がって行っちゃうくらい。始めのうちは踊っていてかなりバランスを崩しそうになって、とても怖かったです。でも、練習を重ねて本番を迎えた時、片足立ちの状態で真横に伸ばしたもう一本の脚を、体幹の筋肉を使って静かに真上に持ち上げる振りがあるのですが、何も意識せずに自然に脚が持ち上がったんです。まるで上から糸に引かれるみたいに……。『ここ、なんかいる』と思いました(笑)」
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「1日休めば自分が気づき、2日休めば教師が気づく。3日休めば観客が気づく」という、予告編でも印象的だったエトワール、マチュー・ガニオの言葉も、上野にとって見逃せない場面だった。
「子どもの頃からいちばん憧れていたダンサーの森下洋子さんが、常々同じ言葉をおしゃっていて。フランスでも同じお話が伝わっているとは知りませんでした」
「自分で取る休みと、コロナ禍のような休まなきゃならないという状況の違いはあると思います。普段はやれていることができない、精神的な辛さから出たのが『1日休めば~』というコメントだったのかなと感じました。その気持ちは、ものすごくよくわかります」
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「オペラ座の作品は超高難度の振り付けだ」というコメントもあった。上野にとって、彼らのダンスはどのように映ったのだろう?
「映画の中で取り上げられていた『ラ・バヤデール』という作品ですが、ルドルフ・ヌレエフの振り付け版でした。ヌレエフ版はすごく難しいステップだったり、トリッキーな動きが加えられていて……。難易度の高さでヌレエフ版の振り付けを苦手にされるダンサーも多いんですが(苦笑)、ヌレエフの振り付けを見ると『あ、こういうことがやりたかったんだ』っていう思いが伝わってきて、とても楽しいんです」
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上野の次回の舞台は10月、ナタリア・マカロワ版の『ラ・バヤデール』だ。ヌレエフ版とはまた違い、ストーリー性、音楽性に重きをおいた演出も見どころだという。
「『ラ・バヤデール』は個人的に大好きで、もう少ししたら練習が始まるのでまたさらに好きになると思います。個人的に、その時その時で取り組んでいる作品がいちばん好きになってしまいますね(笑)」
トークショーの終盤、上野はパリ・オペラ座でどうしても成し遂げたいという自身の夢について語ってくれた。
「ぜひ、ガルニエ宮で『ボレロ』を踊りたいと思っています。『ボレロ』も『パリ・オペラ座』も、どちらも自分にとって究極の憧れで。もしこのふたつが合わさったら、いつにもない踊りをお見せできると思うんです」
上野が「なにかいる」と感じたオペラ座で、モーリス・ベジャールによる振り付けの『ボレロ』、まさに夢のようなひとときになるに違いない。究極の舞台を、絶対に観たい……。観客からの祈りにも似た万雷の拍手で、トークショーの幕は下りた。
●監督/プリシラ・ピザート
●2021年、フランス
●73分
●配給/ギャガ
2022年8月19日(金)よりBunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー
https://gaga.ne.jp/parisopera_unusual/
メゾン・ディセット(ロゼッタ ゲッティ)
Tel:03-3470-2100
ピアジェ コンタクトセンター
Tel:0120-73-1874
photography: Mirei Sakaki, text: madame FIGARO japon