没後25年......誰も知らないダイアナ妃に、新作映画を通して触れる。
Culture 2022.09.22
ダイアナ妃が1997年8月31日未明に亡くなってから、今年で25周年を迎えた。今月19日に営まれたエリザベス女王の国葬を目にして、当時の記憶が生々しく蘇った人も少なくないだろう。25年前と同じように葬列に加わったダイアナ妃の長男ウィリアム皇太子は、いまや40歳。王位継承権1位という立場になり、あれから確実に時が経っているという現実を我々につきつけた。
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そして、チャールズ新国王が即位したこのタイミングで、ダイアナ妃に関わる映画『プリンセス・ダイアナ』『スペンサー ダイアナの決意』が日本で立て続けに2本公開されるのも、不思議な運命を感じずにはいられない。前者はドキュメンタリー映画、後者は実話に基づくフィクションだが、いずれも知られざるダイアナ妃を浮き彫りにした意欲作だ。いま改めてダイアナ妃を知ることで、英国王室の新たな側面を知ることになる。
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アーカイブ映像のみで綴られた、ダイアナ妃の半生を追体験する。
ダイアナ妃を題材にした映画やTV番組は数多あれど、アーカイブ映像のみで構成したドキュメンタリー映画というのはなかった。『プリンセス・ダイアナ』では、従来のドキュメンタリー作品によく見られるナレーションやテロップによる解説や分析を交えることなく、時系列に沿って、当時の映像をコラージュで見せる手法をとることで、ありのままのダイアナ妃を捉えることに成功している。
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ダイアナ妃のちょっとした瞬間や何気ないボディランゲージの映像を改めて見てみると、いかに彼女が無防備で、自然体の人だったかがよく分かる。そもそも王族とは、自らの感情を露わにしないことをよしとする人種だ。それによって大衆と一定の距離を保つという狙いもあるだろう。そのような神秘的なヴェールに包まれた王族に、ただひとり、丸腰で感情をさらけ出したダイアナ妃は、脆いけれども、素直で純真。人として魅力に満ちあふれている。
婚約内定前に取材攻勢にあった時の、伏し目がちでちょっと前かがみになって歩く姿からは動揺と警戒、チャールズ皇太子と手を繋いで臨んだ婚約会見では、あふれんばかりの幸せが感じ取れる。たとえ口数は少なくても、妃の目はどんなときでも雄弁に自身の心情を物語るのだ。
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印象的な場面がある。後日、記者に結婚式に自分らしさを出せそうかと問われた際、しばらく考え込んだ末に「友人や恩人を招待することでできると思います」と、控えめで模範的な返答をするのだが、よき妻になりたいという健気な想いと配慮が感じられる切り返しだ。このときまでのダイアナ妃は、屈託のない笑みが印象的だが、たとえ重責を担い、報道陣に追い回されたとしても、将来は明るいと信じて疑わなかったことだろう。
ダイアナ妃の様子に変化が表れるのは、世界中が固唾を飲んで見守った結婚式からだ。この日を境に、ふたりの仲は急速に暗雲が立ち込めていくのが映像を通して伝わってくる。
ダイアナ妃が、チャールズ皇太子とカミラ・パーカー・ボウルズの関係に気づいたのは挙式直前だと後に本人が認めているが、どれほど複雑な想いで結婚式に臨んだことだろう。晴れの舞台だというのに、どこか目に暗さが灯る。人の目が届かないところでは、皇太子と視線を合わすこともなく、物憂げな表情を晒しているのが切ない。
ウィリアム王子誕生後に、ロイヤルファミリーが一堂に会した場面では、王子が泣き止まず、困り果てたダイアナ妃はとっさに自身の小指をくわえさせる。その際、皇太子がハンカチを渡そうとするが、不信感露わに皇太子を凝視する瞬間も胃がキリキリするシーンだ。
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メディアが祭り上げた、“スーパースター”としての役割を全うする。
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いっぽうで、おとぎ話のプリンセスとして一躍注目を集めるようになった美しいダイアナ妃に、メディアも人々も夢中になった。誰とでもフランクに言葉を交わす飾り気のなさ、そして常に最先端のトレンドを纏ったファッションアイコンとしての存在が、ダイアナ妃を“スーパースター”に持ち上げる決定打となった。そうして王室への人々からの視線はダイアナ妃が独占することになったが、皇太子にとっては当然、妻のスターぶりは不本意なことで面白くない。人前でも露骨に不機嫌な表情を見せている。立場が変わってしまったことで、夫婦関係はさらに複雑化してしまうが、これについては、歯止めをかけることなく猛追し続けたメディアと、それを是として享受してきた我々にも責任がある気がしてならない。
最終的には、身も心も完全に離れてしまうふたりは、並んで公務していても、お互いの存在を無視し合う状態になる。インドでの外遊でも別行動をとるふたり。ダイアナ妃がタージマハールでひとりぽつんと背中を向けて腰かけている姿からは、孤独ともの悲しさが漂う。
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離婚後に人生の活路を見出すが、悲劇的なクライマックスへ。
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1996年に離婚が成立した後のダイアナ妃は、一転して吹っ切れたように溌剌とした表情を見せ、自らの使命に燃えるようになる。慈善活動やチャリティに加え、ホームレス、エイズ、癌、ハンセン病患者へのボランティア活動がその主軸となるのだが、どのような病人に対しても偏見を持つことなく、距離を狭めていく。慈愛に満ちた姿は全世界に感銘を与えたのだった。現在では息子たち世代が、気軽に市民に話しかける様子を見かけることが増えたが、そのルーツは間違いなく母親だろう。よく似たアプローチをとっているのも興味深い。
そうして呪縛から解き放たれたかのように、人生を謳歌するダイアナ妃だったが、これからというときに、突如人生の幕は閉じる。衝撃的な突然の死だっただけに、人々の嘆きは大きいが、この悲劇はダイアナ妃を食い物にしてきた私たちも加担してしまっているということを映画は突きつける。現在ではSNSが発展したことで、再び王室と一般人の関係、そして両者をつなぐメディアの報道が再び過熱しているが、悲劇を二度と繰り返さないためにもこの事実を受け入れ、干渉し過ぎることはあってはならない。その教訓となる記録映画だ。
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離婚を決意した91年のクリスマス休暇を描いた話題作。
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対して『スペンサー ダイアナの決意』は、チャールズ皇太子との離婚を決意したとされる1991年のクリスマス休暇を描いた、実話にもとにしたフィクションだ。見どころは、なんといってもダイアナ妃を演じたクリステン・スチュワートの憑依ぶりだろう。この役で、アカデミー賞主演女優賞に初ノミネートという栄誉に輝いているが、ダイアナ妃そのものの話し方や眼差し、立ち居振る舞いを習得しており、最初の一声で、観客の心を鷲掴みにする。
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当時、夫婦関係はすでに冷え切っていており、クリステンはダイアナ妃の孤独な内面を掘り下げるが、物語が進むにつれて、鬱屈した魂の叫びがひりひりした痛みとなって伝わってくる。
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全てが筒抜けで、常に誰かに見られている自由のない状態に葛藤し続けるが、ついに精神も限界に近づいたとき、今後の人生を自分らしく生きようと一大決心をする。自らのアイデンティティを確立するために一歩を踏み出す行為は、いま現在、さらに共感する人が多いだろう。もがき苦しんだ末に、王室を去ると決めたことで、ようやく呼吸できるようになる――。ひとりの女性のサバイバルを描いた物語だととらえると、また異なるメッセージを受け取ることができそうだ。そう、ダイアナ妃は自分のため、そして息子たちの自由のため、自らの意志で生きる道を決めた、“自立した女”のパイオニアだったのだ。
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シャネルが制作した数々の衣装も麗しく、回顧シーンでは、ウエディングドレスをはじめ、ダイアナ妃を語るに欠かせないアイコニックなドレスも再現されているので、一瞬たりとも見逃せない。
●監督/パブロ・ラライン
●出演/クリステン・スチュワート、ジャック・ファーシング、ティモシー・スポール、サリー・ホーキンス
●2021年、イギリス・ドイツ映画
●117分
●10月14日(金)、全国公開予定
https://spencer-movie.com
text: Eriko Kiryuin