女優が9月、ゲイル・キングとのインタビューでこの事実を明かし、その後、動画が拡散した。
Today is Julia Roberts birthday! 55 years ago MLK and Coretta Scott King paid for her parents hospital bill after she was born. Can’t stop thinking about this since I read it. Here she is talking about it with @GayleKing https://t.co/5HvpNSUIYb pic.twitter.com/147x6d807W
— Zara Rahim (@ZaraRahim) October 28, 2022
Twitter@ZaraRahim
ジュリア・ロバーツのゆりかごを、そっとのぞきこんだのはきっと良い妖精たちだったのだろう。そしてそこにはマーティン・ルーサー・キング・ジュニアと妻のコレッタもいたはずだ。夫妻は1967年10月28日にジョージア州のスマーナで未来の女優が生まれた時、母ベティ・ルー・ブレデマスの入院費を出してくれた。今年の9月、ヒストリートークスのイベントで、司会のゲイル・キングにジュリア・ロバーツが初めてこの事実を明かし、この時の動画はその後、拡散した。
10月30日にウェブサイトの「ビジネス・インサイダー」が記事にしたところによると、ジュリア・ロバーツはイベントの2日前に55歳になったばかりだった。イベントでは、両親がお金に困っていた時、親しい間柄だったマーティン・ルーサー・キング・ジュニアが助けてくれたことを語った。それは、まさしくジュリア・ロバーツが生まれた日のことで、「キング家が病院代を払ってくれて……おかげで我が家は救われました」と、『プリティ・ウーマン』(1990年)のヒロインは語った。
ロバーツ演劇スクール
キング家とロバーツ家が強い絆で結ばれるようになったのは、ジュリア・ロバーツの両親がジョージア州アトランタで子どもやティーンエイジャー向けの演劇ワークショップ、「アクターズ・アンド・ライターズ・ワークショップ」を運営していたことがきっかけだった。黒人の子どもは白人の学校に通うことができない時代に、ロバーツ夫妻はキング家の子どもたちを受け入れた。
「ある日、コレッタ・スコット・キングが母に電話をかけてきて、子どもたちの受け入れ先がなかなか見つからない、そちらのスクールに通わせてもらえないか、と頼んできたのです。すると母は『もちろん歓迎しますよ!』と言いました」とジュリア・ロバーツは語った。こうして、キング家と家族ぐるみのつきあいが始まった。このインタビュー動画は、バラク・オバマの元戦略アドバイザーであるザラ・ラヒムがツイッターでシェア、その後すでに180万回以上閲覧されている。
「この世の地獄」
ジュリア・ロバーツが人種差別問題について公に発言するのは、今回が初めてではない。1990年8月、ローリング・ストーン誌に、映画『ナイツ・ウィズ・マイ・エネミー』の撮影でサウスカロライナ州アベビルに滞在した時の体験について語っている。彼女は、この町が「ひどい人種差別主義」で「この世の地獄」のような場所だと言い、友人である黒人が肌の色を理由にレストランでのランチを断られたことをぶちまけた。「1990年代のアメリカに南部であれどこであれ、このような行為がまだまかり通っていることにショックを受けました」と、女優は後にオーランド・センチネル紙に語った。
text: Chloé Friedmann (madame.lefigaro.fr)
この記事の元URL: https://madamefigaro.jp/culture/221104-julia-roberts.html