是枝裕和&松岡茉優が登壇!「ウーマン・イン・モーション」完全レポート。<前半>
Culture 2022.12.05
去る10月31日、第35回東京国際国際映画祭のオフィシャルプログラムであるトークセッション、ケリング「ウーマン・イン・モーション」が是枝裕和監督と女優・松岡茉優を迎えて開催された。
「ウーマン・イン・モーション」はラグジュアリー・ファッションブランドを傘下にもつケリングが2015年にカンヌ国際映画祭のオフィシャルパートナーとなったことをきっかけに、映画業界で働く女性たちに光を当てるべく創設したプロジェクトだ。俳優、監督、プロデューサー、脚本家などが登壇するトークイベントは、男女平等や賃金格差、ジェンダーバイアスといった女性を巡るさまざまな問題に関する議論を活発化することを目的とし、カンヌを起点に世界中のさまざまな都市で開催してきた。
中央に映画監督の是枝裕和、右に女優の松岡茉優。ふたりは映画『万引き家族』で監督と俳優として信頼関係を築いた。進行役を務めたのは、本記事の執筆も手がける映画ジャーナリスト、立田敦子(左)。カンヌやヴェネツィアなど国際映画祭にも20年以上訪れ、映画人のインタビューや映画批評などを執筆。フィガロジャポンやmadamefigaro.jpでも多数記事を掲載。
東京国際映画祭は、世界の映画業界の男女平等を推進する国際的な活動「コレクティフ・フィフティフィフティ」に、2021年にアジアの映画祭として初めてこれに賛同した。データ的に見ても、今年は全部門の審査員13名のうち6名が女性であり、事務局で働くスタッフにおいて女性は約6割を占めるなど、目標を達成しつつある。そうした背景を踏まえて、今年は2019年に続き、東京国際映画祭の公式プログラムとして開催されることになった。
ゲストは、日本を代表する監督のひとりである是枝裕和監督と若手実力派の女優の松岡茉優。「ウーマン・イン・モーション」の登壇者は、これまで女性が中心であったが、#MeTooムーブメントから5年が経った現在、女性たちが声を上げるだけに留まらず、男性側の意見にも耳を傾け、さらに対話を深めることが大事であることは間違いない。社会的弱者に寄り添った物語を描いて定評のある是枝監督が、映画界の女性をどのように捉えているのかは多くの人々の興味をそそるし、また、女性監督の宝庫ともいえるフランスや韓国といった海外での映画制作を経験談も興味深い。
『万引き家族』で是枝映画に出演した松岡茉優は、子役から活動しており、27歳という年齢ながら長いキャリアを誇るが、平成生まれの新世代が、長い間男性社会だった映画界の変化にどう向き合うのか。その真摯な姿勢と衒いのない発言は、男性社会の中で生き辛さを実感する若い女性たちの共感を呼ぶだろう。
ベテランの男性監督と若い女性俳優という組み合わせに対して、当初は違和感を持った人もいるかもしれない。年齢的にも、映画界における権力構造においても、男性監督と演出される側の女性俳優では明らかに“対等”ではないからだ。けれど、お互いに対する絶大な信頼の元繰り広げられるふたりの率直な会話からは、“壁”や“格差”は感じられず、むしろ性別や年齢、立場を超えて交換し合うことの大事さを痛感させられた。松岡からも、「『闘い』ではなく『対話』こそが大事」という言葉は何度か出たが、まさにこうした会話こそが、日本映画界に明るい変化をもたらす突破口のひとつとなることは間違いないだろう。
しかしながら、こうしたジェンダーやハラスメント問題などセンシティブなテーマにまつわる発言をすることは、インターネット時代においてはある種のリスクを伴う。文脈を解することもしない悪質なネット民に、言葉尻を捉えられSNSなどで一方的に叩かれる可能性があるからだ。是枝監督も松岡も多かれ少なかれ、こうした“炎上”の被害にあった経験がある。そうした背景がありながらも、公の場で「正解」が定まらないテーマに関して、迷いや混乱も含めて、思いを語るのは勇気のいることだったと思う。
日本映画界の未来に向けて前向きな姿勢で、難しいテーマに挑んでくれた真摯な姿勢に改めて敬意を評したい。
以下は、トークイベントのほぼ全文である。
立田 まず、お二人からご挨拶いただけますでしょうか。
松岡 今日はお集まりいただいてありがとうございます。いろいろな考え方の方がいらっしゃると思いますが、若手女優としてお話しできることをお話ししたいと思ってます。よろしくお願いします。
是枝 上映後のトークはよくやっていますが、今回はちょっと趣が違うので、どういうお話ができるか期待半分、不安半分ですけれども、よろしくお付き合いください。
立田 本日は映画界における女性をテーマにしてお話をさせていただきたいと思います。是枝監督と松岡さんは2018年の『万引き家族』で一緒にお仕事をされて、2023年1月から配信スタートとなるNetflixの『舞妓さんちのまかないさん』で再びお仕事されています。気心知れたおふたりならではのお話を今日は楽しみにしております。是枝監督は『万引き家族』で2018年にカンヌ映画祭のパルムドールという最高賞を受賞され、その後は『真実』をフランスで撮影されました。そして今年6月に日本でも公開され、カンヌでソン・ガンホが男優賞を受賞した『ベイビー・ブローカー』は韓国で撮影されてます。2作品は海外のスタッフ&キャスト、そしてシステムの中で作品をつくられています。インタビューなどでもそのことについてお話されていると思いますが、今日は特に女性の働き方や女性の働く環境についてフォーカスし、どんな体験をなさったか、その辺りからお話うかがえればと思います。
『万引き家族』 ●監督・脚本・編集/是枝裕和 ●出演/リリー・フランキー、安藤サクラ、松岡茉優、池松壮亮、佐々木みゆ、樹木希林ほか ●2018年、日本映画 ●120分 ●DVD ¥4,180 Blu-ray ¥5,170 発売元:フジテレビジョン 販売元:ポニーキャニオン ⓒ2018 フジテレビジョン ギャガ AOI Pro.
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フランスと韓国の映画撮影現場の事情。
是枝 (フランスと韓国は)女性に限らず、働き方改革が非常に進んでいる国で、フランスはもともと8時間労働が原則なので、基本的には晩ご飯前に(撮影が)必ず終わります。夜に撮影があれば翌日は昼から開始で、きちんと管理されています。土日は基本的には撮影しない。もし「土曜日撮影をします」ってなると、スタッフに200%のギャラを払わなければいけないので。
松岡 200%?!
是枝 そう。日曜日は300%。なので基本やらないんですよ。要するに、土日は働かない前提で設定されているので、週末は確実に休み。韓国は1週間52時間の労働上限時間が決まっているので、それを超えては絶対に働けないから、現場で働く人たちの環境は整えられている。それが日本との大きな違い。2作品を経験して、日本で自分の撮影現場をどう改善していくか、いちばんの課題でした、この一年。
松岡 時間もですけど、給料も日本に比べると多かったりするのですか?
是枝 僕の?
松岡 いや〜、違いますわよ(笑)。スタッフさんたちの!
是枝 スタッフのギャランティは日本よりも多分高い。しかもフランスだと2週間ごとに週末にちゃんと支給されるのよ、小分けで。
松岡 スパンが短いんですね!
是枝 短いの。日本でも、自分の現場ではなるべく早めに払うようにようにプロデューサーがやってくれているとは思いますが。フランスは本当に2週間毎の週末にきちんと現金で払われていた。(日本では)撮影が全部終わってからギャラ交渉……みたいなこともよく聞きますね。
松岡 事前にいくらか示されずに?
是枝 示されず。そういうことがまだあると聞くけれど、(フランスでは)それはありえないし、韓国もそうです。
立田 男性と女性でギャラは一緒なんですか?
是枝 性別での格差はないと思いますよ、原則は。さっきフランスでプロデューサーとしてついてくれた人と話してたんだけど、現場では女性の人数割合は42%だったそう。ただ、いわゆる上に立つ人たちは、まだ男性が多い。
松岡 スタッフさんたちでいうとチーフクラスの人たちですね。
是枝 (松岡さんは)経験してわかると思うけど、僕の現場でも4割ぐらいは女性だと思うんですよね。
松岡 そうでしたね。
是枝 で、美術とか、メイクとか、衣装とかは女性がトップに立っている場合もありますから、割合で言うとそんなに変わらないとは思うけれども。ただ、日本に戻ってきてこの夏、撮影をしましたが、自分の現場を経験した後、結婚・出産・育児を経験して現場を離れていたスクリプターに、何とかその子育てをしながら現場復帰をしてもらいたいなと思って、尋ねていたんだけど、地方ロケになっちゃって。そうすると結果的に子育てとの両立は難しいっていう状況がある。スタッフだけじゃなくて、子育て中の女優が子育てと並行して撮影現場をこなせるような体制をどう整えていくかっていうのが、今回も実験的ではあるんだけれどもトライしてみた。保育士の資格を持っているスタッフに、女優が子ども連れで現場に来た時に面倒を見てもらい、撮休の日は母子ふたりで過ごすとか、ね。そういう形をプロデューサーが試みてくれた。取り組んでみてどういう形が可能なのかというのを、探っているところです。
松岡 ちなみに、フランスや韓国で4割ぐらいの女性スタッフがいたってことですけど、その方たちも家庭があったり、お子さんもいらしたり、両親が高齢で介護が必要とか、そういう場合って、助けてくれる機関があったりしましたか?
是枝 特別に映画の現場に女性を助けるシステムがあるワケではないんだけれども、社会全体がそういうことに完全に適応できている。
松岡 なるほど。じゃあ映画界が特別なことをしてるのじゃなくて、国のシステムでそれができている?
是枝 そうだね。あとは、撮影が晩ご飯前に終わるのがいい。撮影助手がシングルマザーで、確か3人お子さんがいたと思うんですけど、撮影が終わってから保育園に行けた。
松岡 間に合いますもんね、5時くらいに終われば。
是枝 そう。保育園に行って、晩ご飯を家で食べて、で翌朝は始まりが10時くらいでした。
松岡 始まりが10時!?
是枝 うん……主演女優が朝起きられないっていうのがあって(笑)
立田 それは例のフランスの大女優ですか?
是枝 そうです。カトリーヌ・ドヌーヴさん。朝はキツいというので。
松岡 日本ではだいたい8時とか9時に撮影開始ですけど。
是枝 朝6時集合でね。
松岡 メイク部や俳優さんたちは、5時出発とかじゃないですか。朝のシーンとか、人出が少ないうちに撮影しなくてはいけないなどならばわかるのですが。そもそもの労働時間が長すぎますよね。
是枝 そうですね。そこをなんとかしないとね。
松岡 頑張りましょう!
是枝 だから監督はさ、そういう意味で言うと働いている時間が短いじゃない?
松岡 編集作業があるのでは?
是枝 編集はあるけど、現場に入った段階で(スタッフが働き始めてから)もう数時間経っているわけで。
松岡 支度部さんと比べるとそうですね。
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日本映画の撮影現場は長時間労働?
是枝 それを考えると、一日の実質的な撮影時間が何時間が適切なのかというのが、多分まだ検証されてない。
松岡 日本では、ですね。
是枝 現場によっても随分違うじゃないですか。
松岡 2週間とか10日で1本映画を撮りますとか、っていうのもない話じゃないですよね。実際にそれを経験した身としては、伝え方がとても難しいんですけど、悪いことばかりでもなかったりする。みんなが寝られたほうが良いし、家族と過ごす時間があったほうが良い。絶対そのほうが良いんだけど、短い期間に超集中して全員で走り抜けたっていう達成感もあったりするんです。
是枝 一体感があったりするね。
松岡 でも、そういうことは、なくなっていくべきものだと思いますか?
是枝 寝食をともにし、寝る時間を削って一体感で祭りを執り行った感じというのかな、文化祭のノリでやってしまったことによって、すごくこう……仕事を一緒にした以上の繋がりが生まれることがあるじゃない?
松岡 ありますね。
是枝 それは財産にはなっていくんだけども、何かが犠牲になっている状況が看過できない状況になっている。それは改善されていくべき部分だとは思う。韓国で休みをきちんと取ったら一体感がなかったか、と言われるとそんなことはなかった。一体感って、寝ないでやったから生まれるものではないはず。多分まだ僕らの世代が引きずってるところなんじゃない? そういうものから一体感や良いものが生まれるという、ある種の精神論みたいなものが残っている世代なのかなと思うけど。
松岡 じゃあ私が10日とか20日で撮った作品も、もっと寝る時間があって、家族と過ごす時間があったら、もしかしたら、もっとみんなで豊かに撮れたのかもしれない。
是枝 これ難しいよね。難しいけど、でも、そこはもう変えないとね、職業として。この業界で自分の子どもたちや次の世代が働きたいって言った時、「やめなよ、そんなの」って言われないような環境を整えないといけない責任がある。僕もそういう年齢になってしまったので。
松岡 年齢を問わず、私にも背負わせてください!
是枝 (松岡さんは)キャリアが長いけれども、僕のほうが長いから。やっぱり、そろそろ整備する側に回らないといけないなと思って。
松岡 それで言うと、私たちの若い世代がそういうことを言うと、生意気だとか、固いとか言われるじゃないですか。
是枝 言われるの?
松岡 言われることもあります。背負ってておかしくない──だってもう27歳ですから。そりゃ12歳の子が言い出したら「ごめんね、そんなこと考えさせてしまって」って思うけど、いい大人である私たち同世代の、若い人たちがそういう発言をしても、びっくりされない世界になってほしいと思う。だからそれを背負いたい。
是枝 だいぶ変わってきたんじゃないの? まだまだな感じがする?
松岡 ゆっくり変わってると感じます。が、意見を言うとびっくりされるし、言わないほうがベターだと思われてる。
『ベイビー・ブローカー』 ●監督・脚本・編集/是枝裕和 ●出演/ソン・ガンホ、カン・ドンウォン。ペ・ドゥナ、イ・ジウン、イ・ジュヨンほか ●2022年、韓国映画 ●130分 ●DVD ¥4,180 Blu-ray ¥5,280 発売・販売元:ギャガ ⓒ 2022 ZIP CINEMA & CJ ENM Co., Ltd., ALL RIGHTS RESERVED
立田 フランスや韓国では女性が率直に話しても大丈夫な土壌っていうのがあるように感じましたか?
是枝 1本撮っただけで「フランスはさあ〜」、「韓国はね〜」ってなかなか言いにくいんだよね。でも、フランスのケースでいうと、やっぱり主演女優自体がとにかくポジティブで、思ったことは全部口にするし、彼女を中心に現場が動いていくから、そういう意味でいうと自由に発言できる現場だったと思う。韓国の現場は、もちろん女性の働く環境としても整っていると思うけれども、日本以上にやっぱりまだ社会全体としては非常に保守的な価値観を残している。地方に行けば家父長制みたいな考えも残っているし、ポン・ジュノ世代が映画業界の改革に着手して、急激に現場環境というのは変わってきているのは間違いないけれど、現場の上下関係を見ていると、上の言うことがやっぱり強い。もちろん、怒鳴ったり殴ったりってことは一発退場なので、なくなっているはずなんですけども。十年前までは映画業界のいろんなしきたりみたいなものって、軍隊を引きずってたっていう……日本と同じような状況が残っていたらしいんです。だからまだ上下関係みたいなものは良くも悪くも残っているなというのは時々垣間見えた。急激に改革された部分とそうでない部分とあって、男尊女卑みたいなところもたぶんなくはないだろうと思う。
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現場での怒鳴り声はそこにいる人たちを委縮させる。
松岡 是枝さんの現場『万引き家族』の時に、怒鳴ったり怖いことを言う人がひとりもいなかったんです。でもそれって、2017年の私にとって、ひとりもいないって珍しかったんです。いまは確かに、怒鳴るのはやめましょうって最初にプロデューサーからアナウンスされたりしますけど。当時、ひとりも大声出さないなんて、監督が注意しているところ聞いたことはないですけど、どうやって作られた環境なんですか?
是枝 僕が怒鳴り声が嫌いなのね。
松岡 私もです。
是枝 基本的には、2本目の『ワンダフルライフ』という映画を撮った時に、現場に一般の方たちと子どもがいたことが大きい。(当時は)大きな声を出すことで気合いを入れるみたいな感覚もなくはなかったけど、一般の人はそれは分からないから、怒鳴ったりすると自分が怒られていると思うだろうから、怒鳴るのはなしにしてという話を(スタッフに)してた。現場で徹底したのは、それが最初。
松岡 なるほど。
『ワンダフルライフ』●監督・脚本・編集/是枝裕和 ●出演/ARATA、小田エリカ、寺島進、内藤剛志ほか ●1999年、日本映画 ●118分 ●DVD¥4,180 Blu-ray¥4,180 発売・販売元:バンダイナムコフィルムワークス
ⓒ1998 ワンダフルライフ製作委員会
是枝 で、明らかに変わってきたなと思ったのは、2008年の『歩いても 歩いても』の時。これは申し訳なかったんだけど、どうやら監督は大きな声が嫌いらしいよっていうのが事前にスタッフ間で浸透していて、照明部の方が「じゃあ大声出さないように全部ワイヤレスのマイクをスタッフに付けて、指示はマイクを通そうか」ってやってくれた(笑)。気を遣ってくれたから、子どもがとても自由に“怒られながら撮影をする”感覚ではなく現場にいられた。それで「あっ、やっぱり演出に大きく影響するな」と思ったので、そこからは多分今まで、10年……15年、やってこられてるかなという気はしてる。
松岡 だから怒鳴る人もいないし、きつい言い方をする人もいないんですね。やっぱり誰かに何かを教えたり、先輩が後輩に教える時にきつい言い方になることって現場ではあるじゃないですか。それが(『万引き家族』撮影現場では)なかったから、私も穏やかな気持ちで撮影できてたんです。
『歩いても 歩いても』●監督・原作・脚本・編集/是枝裕和 ●出演/阿部寛、夏川結衣、YOU、高橋和也、樹木希林、原田芳雄ほか ●2007年、日本映画 ●DVD¥4,180 Blu-ray¥4,180 発売・販売元:バンダイナムコフィルムワークス
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女優ってどんな存在なのだろう?
立田 松岡さんは現在27歳ですが、子役からお仕事されてもう17年ほどのキャリアがありますよね。先程も若い女優が意見を言うと「生意気だ」とか言われてしまうという現状はまだあるという話でしたけれども、これまで女性だからと差別を受けたりとか、若い女性としての生きづらさのようなものを感じたことはありますか?
松岡 っていうとまた是枝さんに質問になっちゃうんですけど。日本で「女優さん」っていうと、清楚か、清潔感があるか、はたまた色っぽいとか……憧れ的な言葉で表現される、私にはそんなイメージがあって、だから自分で名乗る時は「俳優」って言いたいです、という時期があった。それは「女優さん」っていう言葉が私に当てはまらないと思っていたから。でも、樹木希林さんと安藤サクラさんと一緒に(『万引き家族』で)お芝居して、「私、女優さんになりたい」って思ったんです。それは、二人の、女の人として生きてきた肉体がそこにあったから、「あぁ〜、私、女優になりたい」って。その時、私の中でずっとあったこうじゃなきゃいけないというイメージがなくなり、肉体としてそこに在るのが女優だって思ったんですね。是枝さんが、フランスと韓国で感じた女優さんの立場とはどんなものなんですか? 清楚じゃなかったり色っぽくないから、「女優らしくないね」って言われることもあったから、「女優らしいって何ですか?」ってずっと思ってきたんです。海外では、女優はどういう扱いなんですか?
是枝 これまた難しい……カトリーヌ・ドヌーヴは特別だからなあ。カトリーヌ・ドヌーヴは女優とか俳優じゃなくて、カトリーヌ・ドヌーヴなんだよ。
松岡 カッコいいです。
是枝 もう、カトリーヌ・ドヌーヴである、ってことだから、彼女の言動を女優さんとして捉えるのはちょっと難しいかもしれない。ジュリエット・ビノシュとか、仕事はしてないけどもイザベル・ユペールとか、そういう世代の役者たちが、多分フランスのある種の女優像を非常にポジティブに体現してるのかな。演じることだけではなくて、現代を生きるひとりの生活者として、社会問題に対しても政治問題に対してもいろんなことに対して積極的にステートメントを出したり、デモしたり。そのあたりはすごく、女優であるということを上手に――言葉が難しいけれど“利用”しながら、社会的な存在である自分を意識して影響を与えていく、ちゃんと社会と関係を持っていく、ってことにとても自覚的。それは、役者だけではなくて、関わっているスタッフ全員──これは男女分けなくてもいいと思うんだけども、撮影をしていても週末休みに、結構みんなデモに行っているの。フランスでは、いろんなデモがいろんなところで開催されていて、「昨日何のデモに行ったの?」っていうのが現場で月曜日の朝の会話だったりする。やっぱりとても正しい社会との関わり方だなと思った。だから清楚だからとか美しさとか、そういうことばかりにこだわる以上に、女優がそういうことに対して発言したり行動したりすることを、日本では「女優なんだからお芝居してればいいじゃん」っていう目線で捉えてるところがまだあるでしょ?
松岡 はい。
photo L. Champoussin © 3B-Bunbuku-Mi Movies-FR3
『真実』●監督・脚本・編集/是枝裕和 ●出演/カトリーヌ・ドヌーヴ、ジュリエット・ビノシュ、イーサン・ホークほか ●2019年、フランス・日本映画 ●108分 ●DVD \4,180 Blu-ray ¥5,280 発売・販売元:ギャガ ©2019 3B-分福-MI MOVIES-FRANCE 3 CINEMA
是枝 それがもっとも遅れてる部分じゃないのかな、とは思ってますけど。だから、全然気にしなくていいと思う。はみ出して色んなことを言ったりしていいと思います。
立田 松岡さんのような世代の俳優の悩みに対しては、是枝さんはどのように考えられるのでしょうか?
松岡 是枝さんは、私のことを清楚とか色っぽいに当てはめたことないもの。
是枝 僕は、松岡さんはさ、それこそ希林さんとサクラさんに連なる系譜だと思っている。
松岡 「DNAをくれる」っておっしゃいましたもんね。
是枝 そうそう。だから会わせたかったんだよな。20代であの二人と会わせておくと、多分それは松岡さんの財産になると思った。
松岡 なりました!
是枝 演じるということに対する何かがきっとこう変化するだろうっていうような気がしていたので。
松岡 そう言っていただいて、私はどれだけのことを受け取れただろうかって少し悩んだこともあったんですが、入ってきたものは時を経て羽化するから、いまになってわかったこともある。だから、きっと私がもっと大人になっていく過程で、開いていくものだと思うので、いただいたDNAは大事に受け取っていきます。
まだまだ盛り上がっていくふたりのトークセッションは後半に続く。
text: Atsuko Tatsuta